ポラリス
A:田中、ナレーション、LINEメッセージ
B:白石
A 深夜2時過ぎ、吉野からのLINEに気づいたのは、
炭酸入りの清涼飲料水を買ってコンビニを出たところだった。
「ごめん! 今日行けなくなっちゃった!」
簡潔な文章の裏に、彼女なりの思惑が滲んで見える気がした。
これは、もしかするとそういうことなのだろうか。
少し苦笑いを浮かべながら、返信しようとした矢先に、
田辺君からもメッセージがくる。
「俺もムリ! 急でごめん!」
これで確信が持てた。
どうやら彼女たちは私に気を遣っているようだ。
なぜなら、四人中二人が欠席となると、
二人きりにならざるを得ないからだ。
白石君と私の、二人きりに。
急に緊張してきた。早る気持ちを抑え、
とにかく、学校へ足を向ける。
私が白石君のことを好きなのは、望む、望まざるに関わらず
周知の事実らしい。
不思議なもので、私自身、
そんなことを喋った覚えはないんだけど、
顔の表情と態度でバレてしまうようだ。
自分の表情筋の安直さが恨めしい。
そして、そんな状況に関わらず
白石君が私の気持ちに気づくことはない。
こちらが告白したわけでもないのだから、
残念に思っているということはないんだけど、
私に興味がないのかな、
と思うと少しだけ胸が苦しくなる。
学校に着いて、屋上に向かう。
白石君のことだから、早めに準備を終えて、
天体観測を始めているはずだ。
これまで、遥か遠くの惑星を望遠鏡で覗く彼の視界に
私が入ることはない、
そんな風に思ってきたけど、
今夜は、チャンスなのかもしれない。
深夜2時30分、屋上は、彼と私だけの空間になる。
屋上につながる階段を昇っていくその先に、
白石君がいることを強く意識する。
もうすぐ、、、もうすぐ彼のいる所に辿り着く。
自分の心臓が強く脈打っているのがわかる。
階段を一段、一段上がるごとに脈拍が加速していく。
もうすぐだ。
屋上扉のドアノブを捻り、金属の軋む音を立てながらドアを開くと
天体望遠鏡を覗き込む青年の後ろ姿が見えた。
集中している彼に声をかけるのは躊躇(ためら)われたので
真横に回り込んで、話しかけるタイミングを伺うことにした。
間近で見る彼の横顔は、鼻梁(びりょう)が高く、睫毛がすらっと
伸びていて、、、
それはまるで芸術品のようで、何時間でも見ていられる気がした。
B 「わっ! 田中さん、来てたの!?
ごめんね! 気がつかなくて」
A 白石君の目が望遠鏡から離れて、真横にいた私を捉えた。
嬉しいような、少しだけ怖いような。
心臓が跳びはねそうになるのを堪(こら)えて、
なんとか目と目を合わせてみる。
「、、、だ、大丈夫。今、来たところだから」
B 「あー、いつの間にかこんな時間かー。
あれ? 吉野さんと田辺は?」
A 「少し前に連絡があって、
、、、二人とも今日は来れないみたい」
B 「え、そうなの?
、、、あ、ほんとだ。
グループLINEに連絡きてた。吉野さんはともかく、田辺め、、、
またサボりやがって」
A 「仕方ないよ。田辺君、サッカー部と兼部してるから
疲れてると思うし、、、
それに、、、私は白石君と二人になれて、
その、、、
嬉しい、、、っていうか、、、その、、、」
B 「え、、、?」
A 「え、、、えと、、、今! 今何の星観てたの!?」
B 「ええと、夏の大三角からポラリスを探してたんだよ」
A 「へ、へー。どうやるの?」
B 「うん。夏の大三角はわかるよね? うん、そう、それ。
で、ベガとデネブを結んだ線で
アルタイルを折り返した辺りがポラリスなんだよ
、、、ほら、見える?」
A 「あ、わかったかも。、、、そこ?」
B 「そうそう」
A 「、、、私、星の中ではポラリスが一番好き」
B 「へぇ、それはどうして?」
A 「かわいい名前だし、星言葉も好きだし、
好きな曲の名前だし、
その、、、初めて教わった星だから(小声で)白石君に」
B 「そっか、俺もポラリス好きだよ。
見つけやすいし」
A 「、、、私のことは?」
B 「え、、、?」
A 「、、、あの、ちょっと話してもいいかな?」
B 「うん、、、。どうぞ」
A 「あのね、、、」
曇りのない星空の下、
夜の静寂に包まれたままで、
物語は閉じられてゆく。
始まりから終わりに至るまで、その物語は二人のためにある。
最後まで読んでくれてありがとー