新歓コンパ

10min  A:先輩 B:僕
<○:編集点、1秒間以上間を空ける>


A 「何考えてるか、当ててあげよっか?」


その先輩は、急に僕の前に現れた。
映画サークルの新歓コンパが始まって、 10分ほどで、すでに会場は大騒ぎになっていて、 ○影の薄い新入生が一人、いなくなったところで、 誰も気づかないだろうと思っていたが、 どうやら、そうもいかないらしい。


B 「なんですか? 急に、、、」


A 「君さぁ、自分以外、ばかだと思ってるでしょ?」


B 「別に、、、そんなこと、、、」


A 「うっそだぁ! 顔に書いてるよ?」


B 「え、、、」


僕は思わず、顔を触った。


A 「ははっ! 嘘でしょ!? ほんとに書いてあるわけないじゃん! 君、そのキャラで天然!? マジ!?」


B 「、、、僕、帰ります」 僕は、ポケットの財布から4千円を抜き出して、先輩に突き出した。


A 「いらないよ? 君、新入生だよ? 歓迎会なんだから、新入生はタダ」


B 「いいです。払います」


僕は、4千円を強引に先輩に握らせて、会場を後にした。
○まだ宵の口の街中では、若者たちがはしゃぐ甲高い声が目立った。
街の空気も澱んでいる。嫌な夜だ。

A 「待ってよぉ!」


B 「、、、なんで、ついてきてるんですか?」

A 「え? 知りたい?」


B 「別にいいです」


A 「ちょっ! 待ってってば!」


B 「しつこいですよ」


A 「いや! ね! 私、君の顔がタイプなの! ね!?」


B 「え、、、」


A 「あ、本気にした?」


B 「、、、なんなんですか、一体」


A 「ちょっとだけ、、、話さない?」


先輩は、にっこりと笑って、公園のベンチを指さした。


B 「はぁあぁあー」


僕は、深くため息をついて、
○たっぷりと不満を表明してから、従うことにした。


A 「私の名前、ちょうちょ、っていうんだ」


B 「そうですか」


A 「変わってるでしょ?」


B 「少し」


僕が、素直に感想を告げると、先輩はカラカラと明るい笑い声を上げた。


A 「やっぱり! 君はそういう反応だと思った!」


先輩は、ひとしきり笑ってから、会話を続ける。


A 「私ね、ずっとこの名前が嫌で、どうすればいいのか、ずっと考えてたの」


B 「はあ」


A 「それでね、最近、やぁっと解決策が見つかったんだ! 先月、渋谷でスカウトされたの!」


B 「はあ」


A 「私、相原ちょうちょは、明日付けで、芸能人になります!」


B 「、、、なんで、そうなるんですか?」


A 「え? 何でって?」


B 「いや、だって、、、フツーに区役所いって名前変えれば?」


A 「そんなのルール違反じゃない!?」


僕は、ルールってなんだよ、と思いつつ、 だんだん先輩のペースになりつつある会話を妨げるため、 しばらく黙っておくことにした。


A 「芸能人になったら、芸名をつけられるでしょ? そうしたら、世間からはその名前で認知されるわけじゃない。
それがいいの。 そうして、どんどん、有名になって、 今の名前が全然呼ばれなくなったら、私の勝ち!」


先輩は拳を握って、天に突き出した。


A 「どうよ!?」


B 「知りませんけど」 

僕は、ベンチから腰を上げた。


B 「知りませんけど、いいんじゃないですか? 僕は向上心のある人は嫌いじゃないです」


A 「へへ! ありがと!」


先輩は、ベンチから跳ねるようにして立ち上がると、 驚くほど、近くで笑顔を見せてくれた。 そして、そのまま、顔を近づけて、
顔を近づけて、
僕に、 キスをした。○


B 「な、なな、な、、、!」


A 「お礼だよ? あ、言っとくけど、初めてのやつだから、 、、、あ、いや、初めてじゃないけど、
まぁまぁ初めてのやつだから」


先輩、ぴょんと、後ろへ飛び跳ねた。


B 「な、な、なな、、、!」


A 「私のこと、覚えていてほしいんだ。 

 ほら、ちょうちょって名前は、嫌いなんだけど、
一人くらいには、ちゃんと覚えてて欲しいから。 

 ここまでしたら、ちゃんと覚えててくれるでしょ?」


僕は、首をせわしく縦に振る。 

A 「よかった」


先輩は、笑顔で手を振りながら去っていった。


それから、数ヶ月後、先輩は芸能人として、 TVの向こう側の人間になった。 雑誌の表紙や広告で先輩を見かけると、 僕はむずむずと落ち着かない気持ちになる。


あの日、僕は先輩に伝えられなかった。 

B「ちょうちょ、って名前。僕は嫌いじゃないですよ」


いつか、先輩を目の前にして、伝えよう。

 そうして、キョトンとした先輩の顔を、全国に晒してやる。 

その日まで、僕はカメラを持ち続けることにした。

最後まで読んでくれてありがとー