IT社会

明転。

男一人がパソコンで作業している。

男A「ダメだ!解除できない!くそ!なんて固いやつなんだ!」

男A、ものすごい勢いでタイピング。

男A「なんとかしてこいつを突破しないと……!俺にはもう後がないんだ……!」

男A、激しくタイピング。

男A「うぉおおおー!いっけー!」

男A、パソコンをシュタタタタン、シュターン。

男A「……いったか?」

男A、自分のパソコンを凝視する。頭を抱える。

男A「もうだめだ!これ以上はどうしようもない!」

絶望する男A。少し間をあける。

下手から男Bが登場。

男B「ポカリ買ってきましたよー」

タイピングしている男Aを見て、男B、あきれ顔。

男B「ちょっとー、いつまでパスワード入力してんですか。まだログインできないんですか?」

男A、何事もなかったかのようにしれっと普通にタイピングをする。

男A「いやー、なかなかねー……」

男B「まぁ、ぼくはもう諦めてますけどね」

男B、どっかりと地べたに座る。

男A「はー、なんだっけなあ、パスワード。もうこのパソコンを使うことはないと思ってたからなー」

男B、パシャリとスマホで写真をとる。

男A「ちょっとー、何とってんだよ」

男B「システムエンジニア、パスワード忘れて困るの図」

男B、ニヤニヤする。

男B「なんか諺みたいですね。猿も木から落ちる、河童の川流れ、SEのパス忘れ」

男A「若干、語呂がよくないけどな」

男B「猿、河童、SE」

男A「ん?」

男B「この並び、西遊記になぞらえると、SEは豚のポジションですね」

男A「ぶーぶー」

男B、急に真顔になる。

男A「おい、覚めるな。お前が言い出したんだろ」

男B「しかしですねー。いくらしばらく使ってないパソコンとはいえ、本職のSEがパスワード忘れます―?年ですかー?」

男A「弱みをみせたら、一気にくるね、キミ。別に、SEだろうがなんだろうがどわすれすることはあるさ。まあ、実際、俺もいい年だけどな」

男B「ホントかなー。パソコンの中身を見られたくないがために、ややっこしいパスワードにしたんじゃないですかー?」

男A「なんだよ。見られたくない中身って」

男B「エロですよ。エロ。ドエロイやつがはいってんでしょ!」

男A「残念。そんなの入ってませーん。俺はスマホ派だからな」

男B「うわ!まじですか。実はちょっと期待してたんですけど」

男A「はは。まあ、無理もないか。もうそんなものも手に入らない世の中だもんな」

男B「ほんとですよー。ネット上のコンテンツは全部だめ。みーんなウイルスの餌食ですよ。個人持ちのパソコンでもネットに接続した瞬間にアウト!人類の叡智は失われました。もちろんエロも」

男A「エロは叡智か」

男B「もちろんですとも。文化でもあります」

男A「まだペーパーの本や固有の記憶媒体のものが少しは残ってるだろ?」

男B「いつの時代の話してんですか。そんなの博物館にしかないですよ。僕が子供の時分にはとっくに……、どうかしましたか?」

男A、目を見開く。

男A「……そうか」

男A、再びパソコンに向かってタイピングする。パソコンが起動する音。

男B「やった!思い出したんですね」

男A「ああ。……子供の誕生日をもじったやつだったよ」

男B「……すいません。ヤなこと思い出させちゃって」

男A、微笑む。

男A「そんなことないさ。そろそろちゃんと向き合わないとな。あの子にも、ウイルスにもな」

男B「……不甲斐なくも、僕はもう祈ることしかできませんが。がんばってくださいよ。そのパソコンと先輩が人類の最後の希望なんですから」

男A、目を閉じて深呼吸する。

男A、タイピングを始める。

最後まで読んでくれてありがとー