見出し画像

「順調」と言う

「なかなか数字が伸びないなあ」
 僕は自分の販売実績を眺めながらため息をついた。
「やるべきことはやってるんやろ」
「そうなんですけど」
「じゃ、何も心配することないやんけ。『順調、順調』って言ってると本当に順調になるで」
「言うだけでいいんですか?」
「そう、言うだけでええんや。もちろんやることやってやけどな」
「でも、なぜ『順調、順調』って言うだけでいいんですか?」
「『順調、順調』って言っていると、頭が勝手に順調になるように考えだすんや」
「でも、やるべきことはやっているんですよ」
「でも数字は伸びてないんやろ。と言うことは、何かが足りないんや。その足りない何かを勝手に考えてくれるんや」
〝順調、順調〟ねえ。
「昔、『絶好調、絶好調』って言ってた野球選手がいましたよね。あれも同じ効果を期待してですか?」
「どうやろなあ。あれは自分の気分を良くしようとしてたんとちゃうかな。気分良くバッターボックスに立てば、それだけヒットを打てる確率が高くなるんちゃう。ついでに言うと、『ついてる、ついてる』と言うと本当にツキが良くなるんやで」
「宝くじに当たるとか」
「う〜ん。そうじゃなくて、『ついてる、ついてる』と言っているとついていると思えるようになるってことや。自分に起こった物事はどう思ったとしても変えられへんやろ。悪い事が起こっても、それで何かを学べたなら、それは〝ついてる〟ってことやろ。それを〝運が悪かった〟と思ってしまうと進歩がなくなんねん」
「〝運が悪い〟なんて思っちゃダメなんですね」
「そう、何が起こっても〝運が悪い〟なんて思ってはダメや。常に〝運がいい、ついてる〟って思わへんと」
「俗に言う、ポジティブ思考ってやつですか」
「そやな」
 太郎さんが、「順調、順調」と言いながら体をくねくねさせている。
「何が順調なんですか?」
「さっき食べた卵が順調に消化されているんや」
「そんなの分かるんですか?」
「分かる分かる。あっ、今殻が全部溶けた。次に膜が溶けて中身が……」
 その感覚だけは理解できない。でも、太郎さんはすっごく幸せそうな顔をしている。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?