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「サクラノ刻」感想とか考察とか

はじめに

・本記事は『サクラノ詩』『サクラノ刻』と刻の特典小説『凍てつく7月の空』のネタバレを含みます。ご注意ください。
・タイトルに考察と書いてますが、私自身哲学論も芸術論もさっぱりなので学術的背景に基づいた考察は一切なく、あくまで作品から私が感じた主観的な感想がメインになります。より精度の高い考察を求める方は他のサイトを見ることをお勧めします。

8年越しの大作、どうでした?

↑こんな偉そうな書き方をするとお前ゲーム制作者じゃないだろ何様だよってお叱りを受けてしまいそうですね。スイマセン。
私の第一印象としては、直哉視点中心の「弱き神、人に寄り添う美を愛する者達の物語」という印象を受けました。

『詩』Trueエンドでは、圭の死というショッキングな出来事に心の整理をつけ、藍と共に思い入れある夏目の家でこれからも歩んでいく、というシーンで終わりでした。本作『刻』はその続きで、直哉が主人公となり圭の生前の思い出に触れたり、生前の圭を知る人たちが話を動かしていく構図となってます。
そして藍先生が大正義過ぎる。分かり切ってたことではありますが、『刻』Trueも藍エンドでしたね。『詩』Ⅵ章で傷つき迷える直哉に優しく寄り添ってくれたシーンも家族の絆を感じられて非常に感動しましたが、本作でも直哉を健気に支える藍先生の慈悲深き愛にやられてしまいました。『刻』パッケージ絵の御姿が神々しい・・・
あと新キャラや前作でモブだったキャラが特に活躍してる、という印象を受けた方も多いと思います。中村麗華や長山香奈は『詩』の個別√ではヒール役として描かれましたが『刻』では彼女たちなりに抱えてきた過去や苦しみがあり今の生き様を形成してることが明かされました。紗希校長は相変わらずのキレ者っぷりでうまく立ち回ってくれましたし、桜子達弓張美術部の教え子も攻略できないのが惜しまれるぐらい魅力的でしたね。
逆に前作『詩』メインヒロインの扱いはあまりよくなかったですね。タイトル画面に出てくるしラスボスみたいな扱いなのに過去の出来事が『刻』本編で一切語られず謎のまま終わる稟、まともな出番がほぼない雫、ラストバトルで稟の二番煎じをやろうとして長山香奈に返り討ちに合って見せ場ゼロの里奈、自制的なレズで里奈と結ばれたのに負の感情から直哉に逆レイプ未遂してしまった印象最悪の優美・・・前作ヒロイン推しの方はショックだった方も多かったのではないかと思います。

あまりにも救われない『サク詩』Trueに込められた意味を考える

『刻』の感想記事ですが、前作についても一つ先に語らせてもらいましょう。
前作『詩』では、Ⅲ章の個別√ではヒロイン達と結ばれ幸せな結末を迎えますが、Trueエンドでは圭の死というショッキングな出来事を通じて直哉は目標を見失い落ちぶれ惨めな境遇に至ります。稟や雫、里奈など直哉が救った女の子達も彼の元を去っていきます。(個別√でただの直哉大好きムッツリ女の子だった稟が突然覚醒し、喪失感で呆然とする直哉を残して海外へ羽ばたいていったところは先入観を裏切る衝撃的展開で上手かったですね。)
美術部員の教え子たちや長山香奈との交流を経て、久々の芸術作品を作る喜びに触れた直哉は、苦しくて惨めに見える時でもしっかりと前に進んでいたことを再確認し、圭の死を乗り越えて前に進んでいくことを決意したのでした。
ざっくり雑に要約するならば、『サク詩』Trueエンドは現実を生きる人に向けた物語であり、絶望の中にもわずかな希望と幸福を見出す物語ではないかと。エヴァ最終回の「おめでとう」ではないですが、創作ながらプレイヤーへの自己啓発的なメッセージが含まれているという言い方もできるでしょうか。

するとここで一つ矛盾が生じます。
普通はTrueエンドって一番救いのあるエンドですよね?なんで直哉は善行を積んだにも拘わらず誰にも助けてもらえずこんなに落ちぶれてるのでしょうか。
個別√の救済要素をかき集めて全ヒロインを救うとか、一番皆が救われる最大公約数的な展開になるのが一般的なエロゲのTrue。しかし本作は、彼があれだけ苦労して救ってきた女性達は藍以外誰も手を差し伸べてくれず、誰とも付き合うことなく終わります。因果応報でありハッピーエンドであるべきという普通の物語の常識からすれば実に不可解ですよね。
だから、『詩』は夢を見ているような幸せなⅢ章個別√との対比によって、Trueエンドの現実の苦しさをより浮き彫りにしている、と思うのです。Ⅲ章は身に余る幸福であり現実感がない(あるいは本当にただの都合の良い夢のようなものでそんな現実は存在するわけない)、Trueのように時に苦しみながらも現実を生きていくことが我々にとっての「正解」であると。
これはなんの根拠もない個人の妄言だと思って読んで頂きたいのですが、上の推測をさらに一歩発展させるとⅢ章の個別√はヒロイン達の願望が滲み出た夢オチ、と考えると色々うまく収まりがつくように思えます。

「Olympia」は頭が良くて才能もあり他人を見下した目でしか見られない稟が、もし絵も上手くなくて馬鹿っぽく媚びるのが上手な「普通の女の子」として大好きな男と対等な関係で結ばれ、絵画のしがらみもなくずっとイチャイチャできていられたら、という夢。
(※私は初プレイ時にはあまり理解できてなかったのですが、本当の稟はメチャクチャ傲慢な子です。ガキの直哉が自分の絵を見たら呑まれて筆を折ってしまうだろうとか、直哉が成長すれば至高の天才の私の隣に唯一並ぶことが出来るかもしれんとか好き勝手言いまくってます。『刻』で里奈がブチギレたのも納得ですね・・・)
「ZYPRESSEN」は、大好きな異性である直哉と自分に想いを向ける優美との三角関係に縛られ想いを告げられず、精神的妹などという形で現状維持に逃げることしかできない里奈が、直哉から都合よく告白され稟や優美も許してくれて自分から選ぶことなく何もかも上手くいったら、という夢。「Marchen」は、大好きな里奈と結ばれるも里奈自身の負い目からくる同情の愛であることを察してしまい最後は自嘲気味に吐き捨てる、という夢。

こう考えると、『詩』Ⅲ章と『詩』Ⅴ・Ⅵ章(True)~『刻』のヒロインの性格や言動があまりにズレていることの説明もつくし、一見不幸に見える『詩』Trueが夢に溺れず現実をしっかり生きる人間にとっての「正解」という解釈ができるんですよね(それ位『刻』の里奈、優美は解釈違いすぎてしんどかった・・・
あと稟√や里奈√で胸糞悪役だった長山香奈がTrueと『刻』では180°見せ方変わって正ヒロイン級の見せ場与えられてたのも謎だった)
夢オチという言葉は便利概念故に安易に使いたくはないのですが。そもそもエロゲの√分岐なんて全部夢オチのようなものと言われればそこまでですよね・・・・

『サク刻』とは人間の生き様の物語である

前作『サク詩』は、草薙親子と夏目家にまつわる過去を解き明かし、最後には人生思い通りに行かず苦しい時にも生の素晴らしさや喜び、希望を見出すことが出来るという力強いメッセージを受け取りました。
では『刻』のメッセージは何だったのでしょうか。色々ありますが、私は冒頭で述べたように
弱き神を信じる人々の生き様を描いた物語
であったと思います。
友の為に美を生み出した静流、家庭の事情に翻弄されながらも本物の美と共にあろうとした麗華、健一郎と出会いで人生観が変わり世界に溢れる奇蹟を感じられるようになった圭、決して天才になれないことを自覚しながらも本物を追い求め努力を重ね凡人の技巧の美で天才に抗ってみせた香奈、かつての輝かしい青春に時に胸を痛めながらも芸術と近い世界で今を懸命に生きる真琴、などなど。
『詩』で描かれたのは直哉なりの結論でしたが、唯一の「正解」などなく人それぞれの「正解」があるはず。それぞれの美、それぞれの生き様に焦点を当てた群像劇的な話だったように思います。
弱き神を信じるキャラは極端に見せ場多いのに対して、稟のように強い神の信奉者や里奈・優美のような弓張を去った者の描写があんまりにあんまりだったのも本作のテーマから逸脱してて筆が乗らなかった(あるいは蛇足になってしまう)という計算からくる判断と考えればまあまあ合理的ではあるかと思います。
ちなみに、『凍てつく7月の空』を読んだ感じだと、稟は記憶を取り戻した際に直哉が右腕を犠牲にしたことについて一応負い目を感じてはいるようですが、自分が神の才能を振るい世に素晴らしい絵画を送り出し続けることこそが贖罪であり、それによっていつか直哉も奮起して同じ高さまで登ってきてくれるだろうと疑いなく信じています。しかし当然ながらそこには直哉自身の感情は一切含まれていません。これこそが「強い神」を信じるということであり、里奈がキレたように「自身の才能で他人を何でも思い通りに動かせると信じている傲慢さ」の正体でもあるのです。

Ⅴ章はどうすれば良かったのか

突然ですが私は『サク刻』ヒロインの中だと御桜稟が一番好きです。それだけに『刻』Ⅴ章と特典小説『凍てつく7月の空』の扱いがあんまりにあんまりで結構ショック受けました。報われて欲しかった。
(報われるというのは恋人的な意味ではなく記憶と才能を取り戻してからの苦節の10年に対しての報い、という意味です。『詩』Trueの時点で『刻』で稟と結ばれる可能性は消えたなとは思ってました)

私の好みはクソどうでもいいですが『刻』のⅤ章はちょっとガッカリでした。Ⅰ~Ⅲ章で弱き神を信じる者達のライフストーリーに触れ、Ⅳ章で圭の短くも眩しい人生の回想に心打たれ、圭の死を乗り越えさあ最後の筆を取れ草薙直哉!というところでダラダラ天下一武道会が始まってラストバトルはファンタジー要素(伯奇の水)が入ってくるという。あれは頂けないですね・・・・
『刻』は別に弱い神が強い神に勝つ必要はなかったし、稟と直哉が戦うなら前章で稟サイドの掘り下げも必要だった、と思います。何度も言うように『刻』は弱き神を信じる人たちの生き様のお話だろうし、香奈のように下剋上を切望しているわけではないのだから稟も直哉もそれぞれが信じる美と共に生きればよい。『刻』は現実志向の物語なのに、最後の最後でファンタジー要素を使って直哉にバフをかけるというのも、いち高校教師と世界的芸術家が対等に戦うという無理ある展開を貫いた弊害ではないでしょうか。
あと、敵サイドの稟が何を考えてるのか全く分からなかった。『詩』では、圭の死後腑抜けになってしまった直哉に手を差し伸べることなく去っていき、10年間世界的芸術家として活躍しました。直哉にあれだけご執心だった彼女がどんな心境で直哉の元を去ったのか、稟の体現する「強い神」の信奉者達はどうであったのか、何を想い苦しみ10年間を過ごしてきたのか全く分からないのです。
いくらTrueが藍√であるとはいえ、前作のセンターヒロイン的扱いの稟に感情移入することすら許してもらえないというのはライターに嫌われてたの?などと邪推してしまうレベルですね。(笑) 某猿漫画も言うように、敵キャラに哀しき過去はつきものなのです。

稟の魅力という部分に関連して語ると、『詩』でなぜ稟が封印していた記憶と才能を取り戻せたのかについて『刻』本編で一切語られない。これも良くなかったと思います。
これは一応メタ的な事情があって、稟が記憶を取り戻す話は特典小説『凍てつく7月の空』に収録されているのですが、これが異世界を彷徨ったりケロQ枕の過去作キャラが出てきたりとあまりにも浮世離れしすぎていて『刻』の現実的な世界観とミスマッチすぎる故に本編に入れることができなかった。(これはすかぢ先生自身が上記小説のあとがきで語ってます)
なのですがこれ、ファンタジーやクロスオーバー要素を排して要点だけ抽出すると、「雫が死んだ圭を蘇らせようと気の迷いを起こした」「圭の復活を求め異世界を旅したのは吹」「死者の復活は稟の意志によって阻止される」「吹の魂は稟に戻り、異世界旅行の代償で身体は筆に姿を変えた」「吹の筆は人々の想いを形にする故、水を飲んだ伯奇のように稟も傷つきながら絵を書き続けた」これだけです。
過去作クロスオーバーとかは嫌いじゃないのですが、この重大な事実はきちんと説明されないと本編プレイしたエロゲーマーたちは頭に多数の疑問符を抱えたままエンディングを迎えることになってしまいあまりに不親切では?と思いました。

その他キャラについても一言二言。
・氷川里奈→直哉に救ってもらった直哉大好き世話焼き幼馴染、と前作『詩』でも稟とキャラ被りまくってましたが今作でも稟の二番煎じ。「自分が筆を取ることで直哉を再び芸術家の道に導く」ことをしようとしてましたがあっさり長山に敗北。
里奈は、何も語らない稟が心中に秘めた孤独と苦しみを直哉に伝えるメッセンジャー役とか、逆に孤高の天才故に傷つく稟のそばにあろうとする(直哉にとっての藍先生のようなポジション)とか、稟と違う形で存在感を出して欲しかったと思います・・・
・川内野優美→里奈と結ばれ同棲しているので『詩』の優美√(Marchen)の続きに見えますがまあ『詩』Trueの世界線なので別モノでしょうね。そもそも『刻』は稟が記憶を取り戻し直哉と結ばれてないので、優美√と同義の稟√(Olympia)は成立しません。こういう部分でもやっぱり『詩』Ⅲ章夢オチ説が補強されるというか、思ったほど現実はそんなに美しくないよというメッセージなんでしょうかね。

Marchenのように里奈と優美で共依存し爛れた生活に溺れていった結果、この世界の優美は自身の心の醜悪さを克服することができなかったのでしょうかね。『詩』の里奈√では千年桜の下で高潔な自己犠牲の心を見せ愛する人の幸せを願った優美が、『刻』では嫉妬に狂い直哉を逆レイプしようとする様は正直醜く痛々しかったです。里奈といいこの二人は『刻』で出番ない方が株下げなくて良かったんじゃないかな・・・
・長山香奈→苦しみながら努力を続け凡人の意地を見せてきただけに、最後ぐらい報われてもいいとは思いますが、見せ場は最終決戦の前に作って欲しかったですね。ラストバトルは稟と直哉だけで良かったと思います。というかなんであれだけ魅力的なヒロインに描いておいて個別√なかったんだろう、罪作りな女・・・

おわりに

まずはこのゲームを作った方々へ。素晴らしい物語をありがとうございました。プレイし終えた後もあれこれ妄想するのが楽しくて、キャラ造形や世界観がいかによく作りこまれていたか改めて思い知らされます。

すかぢ先生のnoteによると、『刻』の次回作『サクラノ響(おと)』の存在が示唆されてます。ただまあ『詩』も『刻』も出るまでにかなり時間かかったので気長に待ちたいと思います。寧の攻略√作ってくれ~


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