バッハのインベンション全曲の演奏上の注意点の解説と実演に寄せて
私が普段、様々な作品と向き合う折に常に心がけていること、それは「どう弾くべきか、どう表現するべきか」と同等かそれ以上に「どう弾けばそれが聴き手に余すところなく伝わるか」という点に考え及ぶことです。弾き手が考え、感じた内容は、聴き手に説得力を持って効果的に伝わらなければならない。そうでないと一方通行になってしまいます。面白いことに、弾き手が感じたようにそのまま弾くだけでは、往々にして聴き手に充分には伝わらないもので、そこに幾重もの複雑な工夫を凝らさねばなりません。こうしたことを演奏法として人に伝える時に大切になるのは、先ほど述べたことに加え「表現したいことを発見する」ことや「表現方法の例から他の表現へのヒントやイメージが湧く」ことを相手に実感していただくことだと思っています。
近年、学習者に向けてのレクチャーは動画も含めてたくさんあります。手早くそれなりに音楽的に弾ける合理的な奏法も確かに大事かもしれません。ただ、私が大切にしたいのはその先の領域、奥の領域。細部のディテールをどう感じ、どう表現すれば、余すところなくそれを聴き手に伝え、心に何らかの印象を残せるか。特にバッハの作品は劇的なスケール感で大仰に表現するものではありません。だからこそ余計にこうした踏み込んだ領域が求められます。しかしこれこそが音楽の根源的な魅力であり、最も重要な要素なのです。技術はそのための手段として磨いていくべきだと考えます。この領域をバイパスして表面的な飾りの表現に終始したり、或いは小綺麗に音楽をまとめたりしても、それは上澄み液。100%ジュースを振らずに飲むようなものです。
とはいえ、専門的な領域ほど難しい言葉を使うことでより難解になっていくものですから、私はなるべく伝わりやすくするための言葉を見つけるよう心がけることにしています。時々突飛な喩えもあるかもしれませんが、言わんとしていることが伝わればと思っておりますので、そこは笑ってお許し下さい。
最後になりますが、この音声記事が学習者や指導者の方々にとって役立つものとなることを心より願っております。
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