2023年アルバムベスト10

今年聴いたヒップホップ、R&Bの新譜の中からベスト10を選びました。何度聞いても良いなと思えるという所は重視して順位を付けていった気がします。年末の暇つぶしにどうぞ。

➉KAYTRAMINÉ「KAYTRAMINÉ」

ポートランドのラッパーAmineとカナダ出身のプロデューサーKAYTRANADAが結成したユニットによる初のアルバム。KAYTRANADAが生み出すハウスをベースにしたビートには他のプロデューサーからは得れない新鮮さがある。時に無機質に時に華やかに、様々な表情を見せるサウンドに対応するように、Amineのフローも多彩で身軽だ。Snoop DoggやFreddie Gibbsといった渋いベテラン勢を客演に呼んでくる意外性も楽しい。良曲揃いだがやはり先行シングルとして発表された「4EVA」は最高で今年のベスト・サマーチューンだろう。涼しげなシンセと太いドラム、レイドバックしたAmineのラップ、そこに絡むファレルのコーラスが絶品。

⑨Jay Worthy, Kamaiyah & Harry Fraud「THE AM3RICAN DREAM」

二人のソロのラッパーがコラボしてアルバムを発表するとなればやはりその異なるフローの相乗効果に期待する所。西海岸のラッパー二人が発表したこの作品はそんな要求に対して素晴らしい回答を叩き出している。Jay Worthyの地に足の着いた渋みのある声質で聴かせるタイトなラップとKamaiyahのビートの上を舞うようなメロディアスなラップの対比が鮮やか。ハードさと軽さが絶妙なバランスで融合している理想的なコラボアルバムと言える。Harry Fraudのソウルフルで余計な装飾を取り払ったローファイな質感のビートもまた、二人のラッパーのコンビネーションを際立たせている。今やネオ・ソウルシンガーとして存在を確立させているDRAMが客演として参加した「RAGTOP RICHES」が特に好き。

⑧Victoria Monét「JAGUAR II」

シンガーVictoria Monétによるアルバム。タイトル通り以前発表されたEP「Jaguar」の続編に位置づけられる作品。生音をベースにしたビート群やEarth,Wind & Fireをゲストに呼ぶ所からも、かつてのブラックミュージックへの情景は確かに感じさせる。しかし一方でレゲエディージェイのBuju Bantonが参加した「Party Girls」や、KAYTRANADAがプロデュースしたエレクトロニックなファンク「Alright」等正統派のソウルミュージックの形式から時折逸脱する身軽さが魅力的である。またヒップホップを経由したフロウや歌い上げないメロディの感覚、ベースやドラムの鳴りの太さと深さにも、単に過去の音楽のパロディには終わらない強度を見出すことが出来るだろう。

➆iri「PRIVATE」

シンガーiriの6枚目のアルバム。「PRIVATE」というタイトルだがむしろ外の世界に向かっていく開放感を感じさせる魅力のある作品だ。低体温な声質の魅力は勿論、ラップと歌の間を往復するフロウ、エレクトロからアコースティックなビートまで自然に乗りこなす自由さは他の日本のR&Bシンガーと比べても圧倒的。カラフルなサウンドとフロウのデザインが開放感に直結しており、アルバム全体の纏まりにおいて過去作と比べても一番洗練された作品と言えるだろう。とりわけ「Go Back」は無駄を削いだ音像が素晴らしく、こういうポップスが街中でどんどん流れてほしいと願わずにはいられない。

⑥Jamila Woods「Water Made Us」

シカゴのシンガーJamila Woodsによる新作。今作に客演として参加しているSabaやかつて共演したChance The Rapper、Nonameと言ったシカゴのラッパーやシンガーたちの作品に共通する温もりと優しさをこの作品からも感じることが出来る。クラシックなR&Bをベースにフォークやディスコ等前作『LEGACY! LEGACY!』以上にビートのバリエーションが広がりアーティストとしての新たなポテンシャルを提示している。またボーカルにおいては声を荒げない繊細さがあるのと同時に「Pratice」ではシームレスにメロディからラップへと移行したりと時折見せるフロウの遊び心も心地良い音の世界を作り出すのに一役買っている。

➄Larry June&Cardo「The Night Shift」

サンフランシスコのラッパー、Larry Juneと盟友であるプロデューサーCardoのコラボアルバム。今年のLarryの作品に関しては上半期に出たThe Alchemistとの「The Great Escape」の濃密なコラボレーションも捨てがたいが、よりドライで爽快なこちらを個人的には推したい。CardoによるDJ Quikを彷彿とさせるような涼しげで浮遊感のあるビートに乗せられるリラックスしたLarryのフロウが心地良い。淡々とラップする中で思い出したように囁くメロディも魅力的だ。客演として参加しているJordan WardやBlxst、Dej Loafといったシンガー、ラッパーたちの歌声も安定感あるコンビネーションに絶妙なアクセントを加えている。

➃Daniel Caesar「NEVER ENOUGH」

トロントのシンガーDaniel Caesarによる4年ぶりの新作。ゴスペルやフォークを取り入れながら、落ち着いたテンポ感と必要最小限の音数で纏められ、くぐもったようなサウンドデザインは過去作以上に内省的でノスタルジックな印象を与える。同時に「Do You Like Me?」の存在感のある力強いドラム、「Always」のフックにおけるエモーショナルなフロウとメロディからは内省や感傷に向かうだけではない力強さも感じさせる。心の繊細な部分に寄り添いながら、新たな場所に向かっていく抜けの良さを同居させているのがDaniel Caesarの作品の唯一無二な魅力となっていることを改めて認識させてくれる。いつ聞いても古びないであろう魅力を持った美しいアルバム。

➂Kali Uchis「Red Moon In Venus」

音楽を聴くときにすべてを忘れて一瞬でもいいからトリップしているような気分を味わいたいと思う時がある。コロンビア出身のシンガーKali Uchisの新作はそんな願いに完璧に答えてくれるR&Bアルバムだ。柔らかな質感のドラム、煌びやかなシンセ使い、ハスキーで色気を感じさせるボーカル、効果的なリバーブの効かせ方が組み合わさり、滑らかで甘い音の世界観を作り出す。前作にあったアップテンポなビートは無くなり、よりオーセンティックなR&Bとしての色味を強めた作品と言える。一方で、Don Toliverを招いたアフロビート調の「Fantasy」やSummer Walkerが参加したトラップ・ソウル的な「Deserve」が生音をベースにした全体の中でアクセントになっており、絶妙なバランス感覚が垣間見える。心地良い酩酊感を与えてくれる傑作R&Bアルバム。

➁Navy Blue「Ways Of Knowing」

アンダーグラウンドのシーンで着実に評価を得てきたカリフォルニアのラッパーNavy BlueがDef Jamと契約し、満を持して発表したメジャーデビューアルバム。個人的にはNavy Blueの現時点でのベスト作品だと思っている。ワンループのビートの上で呟くようにラップする従来のNavy Blueの作風をベースに、レゲエやアンビエント、ジャズ、ゴスペル等を取り入れたサウンドは過去作以上に広がりを見せる。そこに乗せられるフロウも今までに見せてこなかったようなメロディアスな表情を見せ、全体を貫く内省的なムードの中にも開放的な空気感を感じさせる。過去作の美点を継承しながらも新境地を提示した、ラッパーの新作として理想的な作品で何度聞いても飽きることが無い。「Pillars」の繊細なメロディとラップ、ビートは特に新鮮で今年最も聞いたラップソングの一つ。

①JJJ「MAKTUB」

ラッパー、プロデューサーのJJJが発表したサードアルバム。過言ではなくここ数年の日本のヒップホップのアルバムの中で最も好きな作品である。2ステップ、トラップ、ドリル、ブーンバップなど様々なタイプのビートが並ぶ音の楽しさは圧倒的。同時に音数を絞りクリアな質感で纏めた全体のデザインによって生まれた統一感も見事に同居している。進化しているのはサウンドだけではない。断片的な語り口は保ちながら、故人や家族への思いなど、今までは触れてこなかったような個人的なトピックを扱ったリリックの生々しさとフローの多彩さにはラッパーとしてのJJJのスキルの成熟を感じさせる。また今までに比べてSTUTSやKM、Nosh等外部から提供されたビートを多く採用しているからこそラッパーとしてのテクニックが際立っているとも言えるだろう。ラップ、ビート、どちらも現代で最高峰のクオリティを提示した文句無しの今年ベスト。BenjazzyやKEIJU、Daichi Yamamotoなど客演の配置も絶妙だが、とりわけOMSBをフックに迎えた「心」は素晴らしい名曲だと思う。

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