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28歳の新卒だった私の初めての就職の話

とても恥ずかしい話ですが、私は大学を一度中退し、また大学に入りなおしました。

結局大学を2度行くことになり、その時28歳となっていました。すでにアラサーです。

周りは4~5歳くらい若い人達ばかり・・なかなか辛いものがありました。

なぜ28歳で新卒なの?

まず最初に入った大学は薬学部の大学です。

薬学部といえば「頭がいい」と思うかたもいらっしゃると思いますが、薬学部の中でも「バカの代名詞」と呼ばれる大学に合格しました。

試験は化学と英語で難易度はセンター試験(現在は共通テスト)レベルよりも簡単な試験で、楽勝な試験だったことを覚えています。

結局そんな大学だったため、薬剤師になるための国家試験の合格率が低く、薬剤師になる前に留年するかやめていくかという生徒が大半という大学でした。

私自身無気力な学生だったこともあり、もやもやしながら日々を過ごし結局中退し、再受験を経て今度は4年制の大学に再入学することになりました。

初めての就職活動について

年齢もかなり上でこれといったものを持っていなかった学生なので、まともなレールに乗ることはできません。

でもなんとかして内定をもらわなければならないと思い、マイナビ、リクナビ以外のサービスも利用しました。

その結果、訪問販売(以下訪販と略します。)の会社に入社することができたのです。

個人的にはITエンジニアを希望しており、合同説明会などにも足を運びましたが、どこも拾ってもらうことができませんでした。

しかしとりあえずは内定がもらえたので、就職に関する不安はなくなりました。

ですが、この選択が後に大きな後悔へとつながっていくことにはまだ気づかなかったのです。

初めて就職して味わった挫折① お金がない夫婦

就職して分かったことは、「口下手は営業に向かない」ということでした。

浪人やボッチ生活のせいで話すことを避けていたので、当然といえば当然なのですが、とにかく雑談が苦痛で苦痛でしょうがないという感じです。

今現在でも正直雑談するくらいなら、黙って仕事していた方がましと考えウrことが多いです。

そんな人間ですが、売りに行かないと話になりません。

太陽光の説明のために必要なファイルを持ち、一軒一軒回ります。

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けれども、それでは詰められるだけです。何とか話を聞いてもらえるように工夫しなくてはならないんです。

コミュ障な私ですが、何とか話を聞いてくれた家がありました。

説明中、ずっとご主人は酒に酔った状態で、新人の私に罵声を浴びせ続け奥様がそれをなだめるという地獄が1時間くらい続きました。

とりあえず、太陽光を付けることのメリットを一通り話し、アポイントを取ってくることができました。

次は上司が屋根に太陽光を設置するために話に伺います。

商談が終わった時に分かったことなのですが、実はその夫婦は生活保護を受けており、建てた家はその夫婦の親のお金で建てたという事でした。

実際に住んでいるご夫婦はお金がなく、太陽光なんて設置するだけのお金がなく、工事は不可能。

つまり、私がした苦労はただの無駄足だったということになります。

場所を変えれば、成功するんじゃないか?

私が就職した会社は全国に支店がある会社だったので、初めて就職した横浜から、東北にある支店に行きました。

場所を変えれば、成功するんじゃないかと考え、支社の移動を上司に伝えました。

会社の寮もあり、一人暮らしをしていた横浜の家を契約を解除し、会社の寮に引っ越しました。

これで戻ってくるところがなくなってしまいました。

場所を変えたからと言って、変わることはなかった

考えが甘かったというのはその通りでした。結局状況は変わらず、「話は聞いてもらえるけど・・」ということが続きました。

横浜の時よりもひどい成績になり、みんなの前で叱責される日々が続きました。

食事しながら、何やってるんだろうなと考えることも多くなりました。

ある朝、体を起こそうとおもったら、体が動かなくなりました。「もう無理だ・・と」心の声が聞こえてきました。

体が会社に行くことを拒否していることが分かりました。これ以降も何度も転職を続けましたが、体が拒否したのはこの職だけです。

結局3か月も続かず退職、お恥ずかしい話ですが、福岡の実家に逃げ帰ってきました。




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