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【健康になるために】「KASAMURA METHOD 感情を感じるメソッド」を試して③

②からの続き。

感情習慣化WROKで見えてきた母親との問題。

メソッドをするまでそこまで意識していなかった母との関係だけれど、決してうまく行っていたわけではなかった。

母は数年前に他界したが、他界するその時までスイッチを入れないと関われない人だった。だから疲れた。仕事をして子育てもして家事もちゃんとしている自立した娘として最後まで関わった。本当は疲れ切っていたけど。

母が他界するまで、私は母のことが好きだという気持ちも嫌いだという気持ちもなかった。だからなのか、妹たちには数枚あった母とのツーショット写真が私には1枚もなかった。(大人になってからの写真)

母の死後、これまで感じたことがなかった大きな喪失感と母への愛情が溢れ出てきた。母に二度と会えないという現実にぶち当たってはじめて、母のことが大好きだと気づいた。どうして生きている間に気づけなかったのだろうと混乱もしたし、その感情をどうしたらいいか分からなかった。「親を失うというのはこういうことだろう」「いつか時間が解決する」と自分に言い聞かせて放っておいた。

実際、母を失った後に感じたとてつもない悲しみは日に日に小さくなっていった。それでも家に飾った母の写真を見るたびに複雑な気持ちだった。

メソッドをしたことで、妹のそばにだけいると思っていた母の存在が、

妹のそばにもいるし、私のそばにもいると思えるようになった。

母とのことには折り合いはついたけれど、21日間の感情習慣化WORKを終えても、イライラや鬱々としたものが消えなかったのでそのまま続けた。

メソッドをはじめて1ヵ月半。ランニングをしているときにふと小学生の記憶が蘇ってきた。

胸がキーンとして、急に何かがカチっとハマったような目が覚めたような感じがした。

私は、いわゆる大人の前では良い子だったけれど大人が見ていないところで意地悪をする子だった。

それまでずっと私は育ってきた環境の被害者だと思い込んでいた。

弱くてビクビクしている被害者だと信じて疑わなかった。

でも、加害者でもあった。

受けたストレスを私はちゃんと外で出していた。

ようやく気づいた。被害者の面しか「私」だと認めなかったことが辛さの元だった。

私を構成している加害者の面に気づいたことで、一気にいろんなことが繋がってパズルのピースが揃ったようにすっきりした。

もちろん、傷つけてしまった人には申し訳なく思っている。

私には異常に人に気を遣ってしまう一面と人を引きずり降ろしてでも優位に立ちたい一面がある。

客観的に見たら許せないことだと思う。でも私はこのことに気づいて認めたことでものすごく心が軽くなった。

これまでどうやっても取れなかった自分を縛っていた重い足枷から解放された気がした。

ここから私の心は一気に軽くなっていく。

自分の表の顔と裏の顔に気づいて認めたことが、KASAMURA METHODをやっていて一番大きな気づきであり、解放だった。

私には二つの顔がある。それが真実。
そこをどうコントロールしていくか。
どんな時に裏の顔が出るのか。

今度はそこを観察しはじめた。









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