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行ったり来たり

よく使う言葉というものがある。
それぞれの個性が出るものとして、口癖などチェックすることも、セルフチェックとして有用かと思います。

ぼくは「行ったり来たり」を多用します。最初は意識して使ってたけど、今は無意識に使うフレーズ。

個人的には、白黒ハッキリさせることが好きなので、こうと決めたら揺るがない方が気持ち的に平安を得られるけれども、それだけではうまくいかないので、グレーゾーンを行ったり来たりします。

平安といえば、昔住んでた街には平安閣って立派な式場があったんだけど、最近見かけない。今どうなってるんだろう。
完全に脱線だけど、気持ちを落ち着けるようなネーミングは、落ち着けと言われてるようで、むしろ心地悪い。個人的には信用できない気持ちになってしまう。よほど機械的な方が安心。これって何でしょう。

思考実験的に紐解くと、
世界が狭い時には、相手を知ってることが多いので、優しい言葉も優しくない言葉も等しく、自分との関係で言ってることがわかる。なので受け入れやすいし、裏がないこともわかりやすい。

けれども、世界が広くなると、知らない人、関係の薄い人が主な相手になるから、柔らかい態度によって近づこうとする。
「怖くない、怖くない」とナウシカのように。でも噛みつかれちゃう。笑

例えばよく知ってる友人が、鏡の前で口角を上げる練習してても、悪巧みしてるとは思わない。
ところが、そういう作法が発展していくと、よく知らない人々が、いやに物腰が柔らく接してきたり、笑顔で白い歯をこぼしてる人が逆に怪しく見えてくる。映画の中で馴れ馴れしく笑顔で近づいてくるやつは大概裏切り者である。
これも行ったり来たりの揺り戻し。

書き出しの時、今日の話の着地点は、マーケティング戦略など策定するときに留意してることでした。その行ったり来たりの話に戻ります。

例えば、フレームワークや、プロジェクトでの進行に関すること。ブランディングなんかもそう。仮説を立てて、コンセプトを決めて、ブランドメッセージを決めて、クリエイティブ作るとか手順を踏みます。

このように、スタート地点を決めないと次に進めないので、一旦仮置きはします。でも、途中のステップで別のアイデアが出た時に、前提が甘かったんではないか、あるいは思い違いがあったんではないか、など疑問を感じることがあって。

そういう時は、スタート地点に戻って修正することで、よりステップ間の関係性が強固になることがあります。往々にしてそういうものだし、そういうやり方が望ましいです。

なぜなら人間の認知力というのは限定的で、幾つものバイアスの上で成り立ってるので、そのバイアスが外れる瞬間、あるいは新たな刺激によって画期的なアイデアが創造されることが、ステップステップで起こるのは自然なことだからです。

それなのに、決めてきたことと整合性がないという理由だけで、棄却することはもったいない。

ということで、マネジメントやコーチングする時には、必ず一旦決めるけど、後から行ったり来たりしていいんだよって、くどいくらいに言います。

エッセイなども、書き始めと終わりの想定が変わっちゃうくらい、行ったり来たりする方が良くなる。これは単なる推敲といわれるものかもしれないけど。

マーケティングにおける行ったり来たりについては、疑問マガジン100本後に予定してるマーケティングマガジン(仮称)でも触れていきたい大切なテーマです。

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