彼女は歌うことを夢見た

彼女は蠱毒の壺の中で生まれた。初めはやがて淘汰されゆく者のひとりだった。

最初に流れを掴めたのは幸運で、偶然だった。興味本位で集まった者たちを虜にし、数の力で蠱毒の壺を生き抜いた。金の力に頼ることを良しとせず、数を束ねた強固な軍勢は壺の外でも十分に通用するであろう強さを備えていた。それでも、夢に手を伸ばした初めての戦いで彼女たちは金の力に打ちのめされた。

その力が通用しないのではなかった。数の力で勝つ。その方針は変わらなかった。そして実際に数多の戦果を挙げた。初めの敗北を除いて、すべての戦いで勝ちを重ねてきた。負け知らずの軍団として名を轟かせた。二度目に夢に手を伸ばした時も、数多の強豪を相手に、十分な勝算があったはずだった。それでも、彼女は勝つことができなかった。何が何でも勝つという強い意志が、心身の負担を省みない行軍が、多くの者の心を打ち、その者の元に駆け付けた。駆け付けた彼らの数と、その者を勝たせてやりたいという思いの強さが、戦いが始まる前には考えられなかったような大きなうねりとなって、彼女の前に立ちふさがった。彼女の積み重ねてきた数の力に、彼女を勝たせたいという思いを乗せてなお、その大きな流れに打ち勝つことはできなかったのだ。

彼女が三度目に夢を追うと決めたとき、彼女に従う者たちもまた覚悟を決めた。数の力だけでは勝てないこともある。ならば持てる全てを以て。金の力に頼らない、などとはもう誰も言わなかった。彼女も改めて勝ちに行くという意志を示した。総力戦へと臨むとき、彼女が課した制約はひとつ、無理だけはするな、と。彼女が歩んだこれまでの道で紡いだ縁もまた彼女の力となった。持てる力全てを注いで、わずかな差を制して彼女は頂点に立った。彼女は三度目にしてようやく、望むものを手に入れたのだ。

彼女はもはや戦場の外でも望みを叶えるだけの力を得つつあった。夢の本当の第一歩は戦場の外で作り上げたものだ。それでも彼女が戦場に赴くのは、そこで得られるものに価値があり、またそこでしか得られないものがあったからだ。

彼女の生み出す旋律に足りないものを補うために、彼女は再び戦場に戻った。それが無ければ旋律は完成しない、という意味では、これまでの戦いと同様、彼女が夢を掴むための戦いだった。彼女の軍団は有数の強さを誇る。それでも何が起きるかわからないのは今までの戦いで嫌というほど分かっていた。彼女が勝たねばならない相手は、初めての戦いで完膚なきまでに力を思い知らされた、無尽蔵と思える力の持ち主だった。

彼女は戦いに生活のほぼすべてを費やすことにした。今まで数日間そのようなことを行うことはあれど、戦いが行われる全期間にわたってそうしたことは今までになかった。三度目の戦いで勝利をもたらした総力を以てしてもなお足りないと言わんばかりの相手に、雪辱を果たすために取った手段だった。同盟軍から援軍を募り、暴力的と言える数の力を以て攻勢を強める彼女に対し、相手は際限なく力を注ぎこんで均衡を保っていた。相手にはまだ余力があるように思われた。勝負を投げる気配もない。持てる力を最後に結集したとして、勝てるかどうかは分からなかった。

後数日で勝負が決まる、そんなタイミングで彼女は再び幸運をつかんだ。きっかけはこれまでの活動で世話になった者たちへ、恩を返す機会がやってきたことだった。彼女は少しでも恩を返せればと思ったのだろう、協力を申し出た。それは助けられた者たちにとっては予想以上に意味があることだったようだった。恩を返すつもりでした協力が、それに対する恩返しと言う形で多くの援軍を彼女にもたらした。そして奇しくもその援軍は、戦場においてはこの上ない力と数を持った人々だったのだ。

勝負の行方は最後の一瞬に委ねられた。鍛え抜かれた彼女の軍勢は決戦の舞台に立てるだけの力を積み上げた。今までの戦いを経験した精鋭たちは後悔しないようにありったけの力を最後の瞬間に集中させた。培った縁が決戦へと向かう彼女たちを後押しした。奇跡の援軍は恩返しだと言って戦場に虹の雨を降らせた。極限まで圧縮された力の奔流は、無尽蔵と思われた相手の力をわずかに上回ったようだった。

勝負はまだ決まっていない。最後の戦いがどれだけの影響になったか、正確なところを知ることができるのはもう少し後になる。それでも普通に戦っていたら負けていた可能性が高いと言えるような戦力差を埋めて、彼女たちは今相手の喉元に刃を突き付けている。最後の一振りが届いていれば、彼女は初めて敗れたあの日の雪辱を果たし、また一つ夢を叶えるのだ。

彼女は歌うことを夢見た。そこにはいつも戦いがあった。それはけして平坦ではない道のりで、同時に彼女の日常でもあった。

彼女はしばらく戦場を離れるらしい。それでも、分かりやすい戦場でなくとも、彼女は世界を相手に戦い続けるのだろうと思う。自らの存在を賭して。出会う者たちに、エモーショナルな一瞬を届けるために。


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