わくわくランド

将棋×サッカーコラボイベント外伝—私の失敗と「棋士ってやつは!」

そんなわけで、6月28日にモンテディオ山形のホームゲームで行われた将棋×サッカーコラボイベントが無事に終った。おおむね盛況だったのではないかと思う。

おおむね、と書いたのはお察しのとおり、直前になって野月先生といしかわごうさんにお願いして開催したトークショーの集客がやっぱり厳しかったからだ。18:00キックオフの試合で、他の全てのイベントが15:00開始という設定の中、13:30に来てくれるファンはなかなかいない。よほどのコアな将棋×サッカーファン(いるのか?)か、あるいはすこぶる好奇心旺盛な人としか思えない。

それでも、会場のテーブル(会場には体育館のレストランを使わせてもらった)には十数名の方が座ってくれた。そして終始ニコニコと野月先生といしかわさんのトークを楽しんでくれていたように見えた。仲間が増えた、ような気がして、嬉しかった。

今回は、このトークショーを目指して「わざわざ」来ていただいた方だけになってしまったけれど、もっと試合開始に近い時間で、会場もイベント広場をうろうろしているうちに通りすがりに立ち寄れるような場所でできたら、設営や構成も工夫して、もっと将棋×サッカーの面白さを広めることができるのではないか。もっとも、「お前はなぜそんなに将棋×サッカーを普及したいのだ?」と聞かれても困るのだが。 

 私自身にとっては手応えと反省を残したトークショーの、あれこれと楽しかったトーク内容については機会があればおいおいに紹介したいと思うけれど、ここでは今回のイベントで出会ったエピソードをいくつか紹介したいと思う。先に言っておくが、話は長い。

                ☆

私は仙台に住んでいる。天童へは主にバスで通っている(一応言っておくと、目的はモンテディオ山形の取材である。将棋ではない)。ふだんは本数の多い高速バスで山形まで行き、路線バスで天童に移動するのだが、この日は11時過ぎに天童に着く予定の直通都市間バス(48チェリーライナー。さくらんぼの産地を通る国道48号線を行くのでこの名前がついている。ちなみに「よんぱちチェリーライナー」と読む)に乗った。

12時過ぎにスタジアムに着くという野月先生ご一行様を、余裕でお迎えするはずだった。 しかし、私はそのバスにそんな名前がついていることの意味を、正しく認識していなかった。思えばバスの方では最初からはっきりと警告してくれていたのである。6月下旬週末のさくらんぼ街道は、渋滞する。ハンパなく、渋滞する。 後で「さくらんぼ渋滞ですね」と言われて初めて気づいた。どんだけさくらんぼ狩りが好きなんだ仙台市民。

車内での私のイライラは割愛するが、結果的に通常なら1時間15分で着く天童まで、2時間半かかった。そして私は野月先生ご一行様をお迎えするどころか、野月先生の車で迎えに来ていただいてしまった。バスの着く「わくわくランド」という天童温泉道の駅まで。

あらためて言うまでもないが、野月先生はプロ棋士である。現役プレーヤーである。私の中ではサッカー選手と同じである。車に乗っけてもらうだけでもあり得ない。ましてや迎えに来てもらうとか。あまつさえ、拾ってもらう場所でお待たせするとか。 

さて、この時、野月先生の車には阿久津主税先生と西尾明先生、いしかわごうさんも乗っていた。この豪華メンバーはわくわくランドで私に待たされたので、その間、噴水広場で詰将棋をして時間をつぶしていた。 

天童は将棋の街だけあって、路上やら電柱やらに詰将棋問題が散在しているのだが、わくわくランドには噴水広場をぐるりと囲むようにして、5人のプロ棋士作の詰将棋15作品が鎮座ましましている。作者は、二上達也、米長邦雄、中原誠、谷川浩司、羽生善治(敬称略)という将棋界のビッグスター。それぞれ初級、中級、上級の3作品ずつが銀のプレートに刻まれている。 

 私が転げ落ちるようにバスから降りて野月先生に電話をかけた時、いしかわさんを含めみなさんで、この詰め将棋プレートを見物していたらしい。しかしやっとこさ私が着いたので、またみんなで野月先生の車に向かったのである。平身低頭の私に、野月先生はいつもの笑顔で接してくださった。私はとにかくみなさまに平謝りするしかなく、後部座席の真ん中に身を縮めるようにして乗り込んだ。運転席に野月先生。助手席に西尾先生。後部座席の左に阿久津先生、右にいしかわさん。

「本当にお待たせしてすみません!バスが!渋滞が!」と、言い訳する私。しかし、応えてくれるのは野月先生のみ。静まり返る車内。 

お…怒ってる……。西尾先生も阿久津先生も、お腹立ちでいらっしゃる…。無理もない…長旅で疲れているのに待たされて…ああ、私のバカバカバカ!山形経由にすればよかった!いや電車にすればよかった!NDスタジアムに向かって走る車の中で、私は痛恨の思いを噛み締めていた。 

すると突然、前の席から西尾先生の低音の美声が静かに響いた。 

 「詰んだ…!」

左隣の阿久津先生が前のめりになる。

「えええっ!」 

裏返る阿久津先生の声をよそに、 西尾先生の方はもうほとんど「ウェーイ!」なノリである。そう、お二人は、噴水広場の詰め将棋問題のプレートを離れて車まで歩く間、そして車に乗ってからも、ずっと頭の中で玉を詰ましにかかっていたのである。無口なはずである。  

「アレをとっちゃうとダメなんだよね♪」とかなんとか、野月先生と西尾先生が楽しそうに話し始める。天童に足繁く通っている野月先生は、すでに15問すべてクリア済みである。 阿久津先生はまだ納得が行かない様子だったが、一気に車内の空気が軽くなった(個人の感想です)。 

プロ棋士3人が口を揃えて言うことにゃ、わくわくランドのあの詰め将棋は、噴水に虹がかかる長閑な公園でチャレンジャーを待つには難解すぎる問題だそうだ。確かに「初級」とあるくせに9手詰めだったり、羽生さんの上級問題なんて23手詰めである。犬でも連れてのんびり散歩にやってきたちょっとばかり腕に覚えのある愛好家が「お、詰め将棋?」なんて気づいて解きにかかったとしても歯は立たない。なにしろプロをも熟考に沈ませるレベルなのである。 

「あれは絶対難しいよ! 5分以上考えちゃった問題もあるもん」 

野月先生……5分ですか。そうか、そういうものなのか。 

付け加えておくと、あの車内で西尾先生や野月先生から件の詰将棋の正答が開陳されることはなかった。阿久津先生はあの後もずっと考え続けていたのか、どの時点で解いたのか、謎である。いずれにせよ、頭の中に将棋盤を持っている人の内的世界は計り知れない。

こうしてちょっぴり棋士の日常に触れた気がしたさくらんぼ日和。この後に続く将棋×コラボイベントの中でのエピソードはまた次回に。 

ちなみに手元の資料によれば、わくわくランドの詰将棋は、初級・中級・上級のレベル別に5問全部正解すると「わくわくランド将棋名人の証」がもらえるらしい。古い資料なので今も有効なのかどうかはわからないが、果たして上級の「証」をもらった人はいるのか、いるとしたらそれは何者なのか……いや、いないだろうなあ。きっと。

(つづく)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?