手を伸ばせば出来ることをただ私は怠惰や甘えや覚悟の無さで逃しているのかもしれないと感じたこと

昨夜たまたま観ることが出来た番組から考えさせられたこと。
日本での外国人労働者は近年増え続けていて間もなく150万人を突破する。特出しているのベトナム人の増加で、番組中で過去五年で八倍って言ってたかな。

在日インドネシア人の友人も昔に比べれば増えた、けれど技能実習生の友人はいない。

技能実習生や日本語学校に通う学生の多くは同胞の人とまとまって住んでいることが多いと思う。職場と家の往復ばかりで、言葉の壁も強く感じるだろう。

もし自分だったら?

ここで働いて幸せな生活を、お金を貯めて家族と幸せになると憧れの国に来たけれど、厳しい労働環境で現地の友人も出来ない。考えるだけで孤独だし、心も病んでしまうだろうと思った。

家族もいない、物理的にも心理的にも遠い国での心細さといったら想像するだけで涙が出てくる。これからは海外で働く身にとっては他人事ではない。

私は能力もずば抜けているわけではないし、コネやセンスがあるわけでもない。だから誰かを助けるなんて出来るかわからないけれど話し相手くらいにならなれるのかなあと番組を見終わったときに思った。

そしてもうひとつ気が付いたことは、タイトルの通り。手を伸ばせば出来ることをただ私は怠惰や甘えや覚悟の無さで逃しているのかもしれないということ。

中途半端に首を突っ込んだら…とかっていう覚悟の無さというか触れたことがないから怖いと思い、近づいて来なかった。SNSも言語もある程度は使えるんだから一歩踏み出したらいい話なのに。

日本での労働問題、性教育、キャリア教育、ごみ問題、インドネシア国内の地方の最低賃金の低さ。自分が問題意識を感じている分野はこのあたり。

新聞記事を読んで言葉や現状の勉強をするのもいいけれど、もう少しリアルなところに触れる一歩が必要だなと思ったお話。センスもコネも能力も無いのだからお仕事についても準備しないとな。

ということでナマケモノ生活は卒業することにしました。出来ることをやります。っていうのをどこかに書きたかったのです。

おわり

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