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2024年のわたしをつくった本(その2)
前回は、ジョージ・オーウェル「一九八四年」を挙げました。
今回は、ホロコースト関係の書籍をいくつかまとめて挙げたいと思います。
なぜホロコースト?
というのも、今年5月に日本で公開された「関心領域」という映画が、映像、音、演出、演技、脚本等々すべての点においてすばらしく、この人類の悲劇についてもっと知りたいと思ったからです。
(「関心領域」…アウシュビッツ収容所の隣で幸せに暮らす収容所所長一家の様子を描いた作品。アカデミー賞で国際長編映画賞・音響賞の2部門を受賞)
アウシュヴィッツ収容所—所長ルドルフ・ヘスの告白遺録
幸いにも、図書館にあったのは1972年初版のものでした。
あのアウシュヴィッツ収容所の所長を務めたルドルフ・ヘスが、戦後逮捕されてから裁判にかけられ、処刑されるまでのあいだに刑務所内で書いたものです。
前半は、厳格な父親から、目上に対する礼儀や社会への義務などをたたきこまれたこと、幼いころから動物が好きで、特に馬が一番好きだったことなどが書かれています。
ほかにも、自身が収容所に拘束された経験があること、看守には3つのタイプがいること、などが書かれ、後半の後半で(やっと)アウシュヴィッツのことが出てきます。
特にヒトラーを賛辞するようなことばは一切なく(「ヒトラー」とか「総統」という単語じたい出てきた記憶がありません。が、例によってそれは私の記憶ですのでご容赦を)、自分がいかに任務に対して忠実であったかが綴られています。
たとえば、被収容者の処刑には、所長の義務としてすべて立ち会ったといっています。ガス室へ誘導される子連れの母親が事態を悟り、ヘスへ懇願したり憎悪のことばをあげたりしても、努めて冷静を装い、例外なく職務を遂行したそうです。それは部下への手本もあって、心を鬼にしてそうしたそうです。
偵察にきたお偉いさんたちからも「よく君こんな仕事できるな」と言われたりしたものだと、なかば誇らしげに何度も語られてます。
一方で、収容所で非人道的な扱いを受けて心を失くしてゆく(そうしないと生きていけない)ユダヤ人を見て、仲間を平気で裏切る卑しい人種だといった偏見が書かれています。
途中訳者による注釈もあって、事実ではないことも保身のために書かれているようです。
わたしの感想としては、アイヒマンと同じ、この人物はナチス思想に心酔しきっていたわけではなく、父親から教えられた道徳を完璧に守り実践した超バk…真面目な人間なんだということです。
就業責務…「自分の仕事をきちんとする」を、忠実に100%実践したんです。
とても恐ろしいことで、気持ちをそのままここに書くと汚くなってしまうので必死で自重してます。
(ちょっと話がそれますが、企業でもこういう人物はいると思ってます。まるで「職務遂行」しかプログラムされていないロボットです。見かけはにんげんなのに。)
読後、一番強く感じたことは(映画でも見たとおり)ヘスは、特別に冷血なサイコパスではなく、わたしの生活している中でも関わるような人たちと大きく変わらない、わたしも条件次第では彼のように充分なり得るということです。
(まぁわたしは仕事にぜんぜん熱心じゃないから大丈夫と思いたいですが。)
あの映画を見たら、セットでおすすめしたい本です。
マウス——アウシュヴィッツを生きのびた父親の物語
アメリカの漫画です。
雑誌くらいの大きい本で、上下巻あり、たまたま図書館で目にしたので借りたところとてもよい作品で、実は知る人ぞ知る傑作だと知りました。
作者のお父さんはアウシュヴィッツからの生還者で、ニューヨークのクイーンズ地区に暮らしています。
少々偏屈で(作者曰くいかにもユダヤ人らしい気質だそう)周囲が困ることもあるお父さんですが、戦時中の体験をきこうと、父親を訪問するエピソードを交えながら、徐々に当時の様子がわかってきます。
この作品の最大のポイントは、登場人物が人種によって動物に置き換えられて描かれていることです。
ユダヤ人は、タイトルのマウスつまりネズミ、ドイツ人(ナチス)はネコ、ポーランド人は豚、アメリカ人は犬・・・という感じです。
ナチスが台頭し、隔離政策などが進んでいくと、ある日突然住んでいる家を明け渡すようネコから通知が来ておびえるネズミたち、あてがわれた居住区はいいところらしいという知り合いのネズミが知り合いから聞いたというまことしやかな情報。信じてその居住区へ行くネズミたちもいれば、知り合いの豚にかくまってもらう手配をとるネズミもいます。
収容所に行く前から、自由な普通の生活を徐々に奪われ、運命の分かれ道の選択を迫られる場面が何度もあったことを知りました。
そうやって強制的に住む場所を何度も変えられ、とうとうアウシュヴィッツに連れてこられた時の絶望感・・・想像するだけでも、言葉になりません。
収容所内で、生き延びるために知恵を働かせたお父さんマウス。この”知恵”が、こ狡いだとか卑しいだとかいうふうに言われてしまったんだと思いました。でも、たとえば極寒の収容所で、なんとかワイヤーを手に入れてサイズの合わないブーツに巻いて履く、収容時に隠し持っていた最後のたばこ1本をパンと交換する…すべて生きるためにです。もうこれ以上の説明は不要ですよね。
本では、老いた父と息子との関係というのも同時進行で描かれていて、”ユダヤ人”というわたしにはぼんやりとした輪郭だった彼らの存在が、少し身近に感じられるようになった作品でした。
作者のアート・スピーゲルマンさんが、長い時間をかけて心をすり減らしながら描いたのが伝わります。ピューリッツァー賞特別賞受賞。
「夜と霧」と「夜」
ヴィクトール・E・フランクル著「夜と霧」、そしてエリ・ヴィーゼル著「夜」。
どちらもアウシュビッツ生還者の手記です。
「夜と霧」は有名と思います。
心理学者である著者が、自身の収容所で体験したことを、心理学的に分析しながら綴った作品です。
日々絶望的な地獄のなかで「なんのために生きるのか」を問う話などが出てきました。
単純な体験記ではないので、ちょっと読んでて難しい箇所もありました。
これはまたきっと読み返すことがあると思います。
「夜」は、大学の授業の課題図書で読みましたが、この機会にと読み返しました。
著者が15、6歳だったときに父親と体験したアウシュビッツを含む収容所のことや、終戦時のこと、父親の最期のことなどが語られています。
劣悪な環境下で次第に衰弱してゆく父親がついに最期を迎えた直後、著者に生じたあまりにも残酷な感情は、読んで胸が苦しくなりました。
アウシュビッツをはじめとする収容所の実態が、まざまざとそしてわかりやすく書かれているので、ホロコーストについて学ぼうというときの最初の1冊としてはこれがいいように思います。
悲惨とか苦しみとか、そんな言葉ではいいあらわせないほどのことが書いてあります。
「関心領域」の壁の向こうで起きていたこと。これを読んであらためて映画を見ると、より一層映画への理解が深まると思います。
帰ってきたヒトラー
映画化され、2016年に日本でも公開しなかなかのヒットだったと思います。年に1回は見直したりするくらい個人的にも気に入っている作品なんですが、過去にラジオでライムスター宇多丸さんがこの原作本を激推ししていたのをおぼえてまして、この機会にと思い借りてみました。
ぶ厚めの上下巻なので読み切れるか心配でしたが、読み始めたらすいすい読めました。(映画を見たことがあると、場面の想像がしやすいのでとても助かります。)
あらすじは、敗戦直前のヒトラーが、現代のベルリンの空き地で突如目覚め(タイムスリップなんだろうけど、そのへんの細々したことはこの話の肝ではないので説明はありません)、いろいろあってヒトラーのモノマネ芸人としてテレビに登場し大うけ、そこから何かが変わりはじめていく…というものです。
何がおもしろいかというと、例えば目覚めたヒトラーが現代のベルリンの街を見て最初に思うのが「なんてことだ!敵の手に渡る前に、ドイツはネジ一つになるまで破壊しろと命じたのに!どうして残っているんだ!ドイツ国民はどうしたんだ!・・・そして、どうして私はここにいるのだ」といった感じ。
イメージでしか知りませんが、あの熱たっぷりに激しく演説するヒトラーなら、たしかにこんなことを言いそうだと思わず笑ってしまいます。
物語が進むにつれ、ヒトラー(あくまでこの作品中の人物ですよ)がどれだけドイツのこと、国民のことを愛し考え尽くしていたかがわかってきます。現代のドイツの有り様を見て彼は嘆き、国民の不満を理解し現政府の欠点を指摘するんですが、どこかうなずける部分もあって、彼のこと応援したくなってしまうんです。
まえがきにこうあります。
「(彼の)快進撃をわくわくしながら読み進めていた読者は、同時にわずかな後ろ暗さを感じるはずだ。それは、最初は彼を笑っていたはずなのに、ふと気がつけば、彼と一緒に笑っているからだ。」
これが、この作品の真にホラーなところです。
そしてこう続きます。
「ヒトラーとともに笑う——これは許されることなのか?いや、そんなことができるのか?どうか、自分でお読みになって試してほしい。この国は自由なのだ。今のところはまだ——。」
どの言葉を用いてよいかもわからないほどの惨劇を生み出した、たったひとりの元凶ヒトラー。
これだけ映画や書籍(あと配信コンテンツもたくさん見ました)で触れた後でさえ、こんな気持ちが生まれてしまうなんて…。
今回の記事を読んで、「よねリーナ最低だわ…」と思われるかたもいらっしゃるかもしれません。
が、実に情けないことに、これがわたしという人間でした。
ただ、「帰ってきたヒトラー」を読んで、純度100%で笑えるひとは絶対にいない、と信じたい。
皆笑った後にふりかえるはずです。
そして改めて戦慄するはずです。
彼は、民衆から広く熱狂的に支持されていたことを。
その民衆のひとりに自分がいたかもしれないことを。
どれも80年前の、外国の、どうかしてた人たち(わたしは大丈夫)の話、ではありませんでした。
余談
アウシュヴィッツって、ドイツ国内にあるんだとずーっと思ってました。
ドイツの東側にある隣国ポーランドの中にある土地だったんですね。。。
GoogleMapのストリートビューでたくさん写真を見ることができます。
何日か取りつかれたようにこればかり眺めてました。いつか現地で実際に見てみたいです。
「働けば自由になる!」という文字が埋め込まれた有名なゲート
(※もちろん自由になどなりません。命は使い捨てです)
https://maps.app.goo.gl/v6JQ9mDzgGroZkMR6
収容所所長ルドルフ・ヘスの家
(本当に収容所のすぐ隣です)
https://maps.app.goo.gl/ZK339RRxvM5tjnno7
第2収容所(アウシュヴィッツ・ビルケナウ)が終点の有名な線路
(ドラマ「白い巨塔」で主演の唐沢寿明さんがここに立つシーンがありました)
https://maps.app.goo.gl/Us1kef2Q1r2pteV68
アウシュヴィッツ・ビルケナウ博物館
(※「関心領域」の最後に登場するのがここです)
https://maps.app.goo.gl/JY1hCEYcDcm4JZ6B7
この他にも、旅行者などから、ガス室や被収容者たちの寝床を写した画像がたくさんアップされてます。