マクドナルドで絶対に失敗しないためには何を頼めばいい?
「榎木後輩……マックで絶対に失敗しないメニューってなんだと思う?」
この人は若山先輩。僕のひとつ上の先輩。
先輩は、「外食のメニュー選びで失敗すること」を異様に恐れている。この人、健啖家な割にメニュー選びがそんなに上手くない。僕と食事に行くたび、「あ、そっちの方が美味しそうじゃん……」と物欲しげな顔でこっちの料理を見つめてくる。そんなにか。そんなになのか。
そのため、こうして放課後にちょいちょい僕を連れ出しては、「その店の絶対に失敗しないメニュー」について討論させようとしてくる。なんとも、貴重な学生時代を無駄にしている気がする。
今回やってきたのはマクドナルド恵比寿駅前店。
JR恵比寿駅から徒歩1~2分で入れる場所にある。
僕らは2階のイートインスペースにふたりで座っている。
「そもそもマックに『失敗するメニュー』とかあるんですか?
マックって大体おいしく作られてるでしょう?
どのメニューも結構一定のラインでおいしいじゃないですか」
「いや、失敗は大いにある!
私はね、昔グラコロにものすごくガッカリしたんだ。“なんとなく期間限定で気になるから”みたいな理由で選んでみたら、あのクドいホワイトソースに段々口も心もグッタリしてきて、『こんなことになるなら黙ってチーズバーガーでも頼んでおくんだった……』と大後悔したの。」
「それは単に先輩の好みじゃないですか!?
別にグラコロが大当たりな人もいるでしょう!?」
「黙って! とにかく私はマックで失敗したくないの! だから今日、ふたりで『絶対にマックで失敗しないメニュー』を出し合おう!」
そして、お互いにレジへと向かう。
僕はネットオーダー派だけど、先輩は変わらず店員にダイレクト注文している。恵比寿駅前店にはセルフオーダー用のレジが3つもあるのに。先輩いわく、「セルフ化の流れに負けたくない」らしい。だから、先輩は未だにキャッシュレス決済もあまり使いたがらない。めんどくさっ。
注文と受け取りを終え、お互いのメニューが出揃った。
「じゃあ、こっちのメニューから出すよ。」
先攻は若山先輩。
パッと見、たくさん注文しているわけではないようだ。
「私のメニューはこれ! スパイシービーフバーガーのセット、サイドはフライドポテトSとマックシェイクバニラのM!!」
「うわっ、なんか子どもっぽい!」
「はぁ~~~????? このスパイシービーフバーガーの辛みを流動体のバニラで綺麗サッパリ中和するのが最高なんだって! で、なんでスパイシービーフバーガーなのか、気になるよね?」
「スパビーって、あんまり『レギュラー』な感じではないですよね」
「そう、コイツはチーズバーガーやビッグマックに比べたら、割と新参者。
でもスパイシービーフバーガーはね、
『汎用性』と『コスト』を両立しているの。
マックって、基本的に期間限定メニューが設置されているでしょ?
たとえば、今は秋だから月見バーガーなんかが売りに出されてる。大抵のお客さんは、その限定に釣られてしまう。
でも、たまにあるよね? 『いや、ちょっと今日は限定じゃないかな……』なんて気分の時が。限定って、どうにも身構えちゃう。味も濃いし、やっぱりバーガーそのものに『癖』があるの。
そんな時にピッタリなのが、スパイシービーフバーガー。そもそも辛みのある商品がそこまで多くないマックの中で、かなりちょうどいい辛み系バーガーなの。つまり、うっかりグラコロとポテトを両方頼み、脂っこさのWパンチでグッタリすることもない。
たとえば、その1週間を終えて、明日から休みに入る金曜の夜にマックに寄ったとしましょう。やっぱり1週間の疲れが出ているから、どうにも限定メニューに行く気持ちにはなれない。でもマックは食べたい! そんな気持ちの時が、現代社会に生きる人々には必ずある!!
そこに、ちょうどよく『マックの味』を担保しつつ、お肉をスパイシーなソースでいただくサッパリ感がジャストフィットするってわけ。いつ食べてもいい。どのサイドメニューと合わせてもいい。なんなら期間限定のバーガーをメインに据えて、これをサイドバーガーにするのもありね。
たとえ期間限定でハズレを引いたとしても、スパイシービーフバーガーはいつも変わらない。これがスパビーの『汎用性』。
その上で、コストも抜群。単品では220円、セットで頼んでも大体500~600円のレンジ! 最近はマックも値上がりをしてきて1食1000円もザラだけど、スパビーはどんなに盛っても700円以内で収められるの!
このコスト面の強みは、さっき話した『メインバーガーとサブバーガー』にも生きてくる。たとえば、アナタが限定の月見バーガーをMB(メインバーガー)に据えたとしましょう。そこで、さらにもう一発580円の炙り醤油風ダブル肉厚ビーフバーガーをSB(サブバーガー)に置ける?」
「うっ、たしかに限定MBのセットだと考えると、それだけでおよそ700~800円台。上乗せで限定をSBに配置すると1200~1300円台に到達する!」
「そう、そうなのよ! マックで1200円台に行くと、あとからじわじわ『ここまでするならモスでも良かったのでは?』みたいな気持ちが湧いてくるのよ! マックで1200円台は後悔の引き金になる! これは危険なの! せっかく明日からが土日だってのに、お休みの最中『あぁ、金曜やっぱモス行っとけばよかったかも……』みたいな無念と後悔を抱えるハメになる!
そこで、スパビーの出番ってワケ。スパビーは単品価格が220円、つまり限定MBセットが800円台だとしても、ギリギリで1000円台に収めることができるの! これがスパビーの圧倒的なコスト面の強み! この汎用性とコストパフォーマンス! マクドナルドが連邦軍ならスパビーはジェガン!
つまりコイツは、アタッカーとバッファーを兼ねられる上に、出撃コストもそこまで食わない超優秀な初心者救済用サポートバーガーなの! SSRのアタッカーがコストを食いまくる中で、コストを抑えつつほどよくサポートも行ってくれる低レアキャラクター並の心強さがスパビーにはあるッ!!」
有史以来、ここまでスパイシービーフバーガーを熱く語った人間はいるのだろうか。
「なるほど、限定メニューとの組み合わせまで含めて『絶対に失敗しない』ってわけですか。流石ですね、若山先輩。
ただ……先輩のロジックには完全な“穴”があります。」
「ぎ、ギクッ!!」
「その初心者救済サポートバーガーことスパビーは、2024年の1月をもって販売が終了しているんですよ!!!!!」
「う……う……うわああああああーーーーーーっ!!!!!!
なんでスパビーの販売終了しちゃったんだよーーーー!!!!!!!」
机に突っ伏して号泣する若山先輩。こんな戦友を失ったレベルの悲しみ方されるとか、スパビーは結構な幸せものじゃないだろうか。
「私の、私の黄金打線だったんだ! スパビーは!!
日本マクドナルドだけは絶対に許せない!! しかも、同期のチキチーとエグチだけ普通に生き残ってるのはなんなんだ!? どうせなら皆殺しにしろよ! なんでスパビーだけ狙い撃ちで終わらせた!? 日本マクドナルドに陰湿なスパビーアンチがいたとしか思えない!!」
2階のイートインで堂々と日本マクドナルドへの怨嗟をぶつける先輩。
「先輩、ここマックの店内だって忘れてません?」
「じゃあ、榎木後輩のターンだね。」
後攻は僕。
「販売が終了したメニュー」という反則を撃たれただけに、状況はかなり劣勢と言えよう。だが、それでも勝負に出るしかない。
「僕の絶対に失敗しないメニューは……
『マックポーク』です。」
「オイオイオイ、スパビーより前に消えたやつじゃないか!!!
え、趣旨変わってない?
これ『昔好きだったマックのメニュー選手権』になってない!?」
「そう、2007年から2012年までレギュラー商品として発売されていたマックポーク。これが僕の最強のマックですよ。」
「別に最強決めたいわけじゃないんだけど?」
「マックポークとの出会いは、小学生の頃でした。ちょうど、2007年の『マックポークが販売開始された時』です。普段はハッピーセットでチーズバーガーを頼むことが多かった僕でしたが……マックポークには妙に惹かれたんですよね。アイツには、新参者の割に覇気があったんですよ。」
「小学生の頃はね、ハッピーセット頼むよね。」
「しかも、値段も格安でした。マックポークって、当初は100円だったんですよ。これがハンバーガーとチキンクリスプに並ぶ100円枠とか、あの頃のマックはバグってた。
しかも、味も抜群。ポークのパティとレタス、それにガーリックの効いたソース。ダブルチーズバーガーや海老フィレオに比べるといささかボリュームは足りていませんが、それでもバーガーとしての完成度は全く負けていませんでした。
これは先輩がスパビーを挙げた理由に近いのかもしれませんが、やはり『マックながらに味わいがサッパリとしている』ことがマックポークの強みでした。どうしても、バーガーは脂っこい。ですが、マックポークは薄めのポークパティと、少し酸味のあるガーリックソースのおかげで、そこまでクドさは感じずにペロりと行けちゃうんです。
しかも100円。コストパフォーマンス最強です。
ここはスパビー超えてます。ジェガン超えてます。
だから、当時の僕はもうマックポークしか食ってませんでした。
限定メニューとか、正直眼中になかった。」
「後輩、キミも結構マック拗らせてるな?」
「ええ。そして先輩もお分かりの通り、マックポークは2012年で一度販売が終了します。あの時のショックは、今でも覚えています。
そもそも、子どもながらに『マックの商品が消滅する』ということを経験していなかったんですよ。だから、『マックポークがなくなったショック』より、『マックの商品は消えることがある』という前段階に、自分の常識が揺さぶられるような感覚がありました。」
「でも、マックポークって何回か復活してるよね。」
「そう、僕みたいなマックポーク残党兵が全国にいたんでしょう。一度消えてからも、度々マックポーク復活の兆しは見えているんです。
たとえば、200円になって一度復活したこともありましたし、『ヤッキー(しょうが焼きバーガー)』と名前を変え、実質的なマックポークとして奇跡の復活を果たしたこともありました。ヤッキーはすごかったですね。ムウ・ラ・フラガがネオ・ロアノークになって帰ってきたようなもんでした。
だけど、どれも完全復活には至らなかった!!」
「マックポークって、復活しようとしてはまた沈んでない?」
「一体どんな大人の事情があるんでしょうね。
材料費でしょうか?
それとも人気でしょうか!?
僕たちには知る由もありませんが、特撮のリブート路線みたいなもんなんですよ。一定の周期で復活を試みるけど、基本大成功はしない。よしんば売り上げが出たとしても、線路には乗らない。それがマックポークなんです。もう庵野秀明にシン・マックポークを作ってほしい。
だから、僕の絶対に失敗しないマックのメニューは、『100円だった頃のマックポーク』です。僕はあの時代を永遠にしたい。マックポークは100円だからこそ輝いていたんです。200円でもいけない。ヤッキーでもいけない。100円だからこそ、マックポークはマックポークであれたんです。」
「もうメニューじゃないじゃん!?
対象が“時代”になってるじゃん!?」
なんだか虚しい気持ちになりながらも、ふたりで黙々とマックを食べる。
このハンバーガーの葬式のような空気を一転させるためか、若山先輩が突然切りだした。
「……後輩、マックで告白するやつって、どう思う?」
「え、何いきなりラブコメみたいなこと言い始めてるんですか」
「いや、『マックで告白』って、ラブコメ的に結構アリなシチュエーションな気がしない? なんていうか、CMでも、Twitterの広告でも……ちょっと青春な雰囲気出してくる時あるじゃない?」
毛先をいじりながら、ちょっと恥ずかしそうに言ってくる。
ちなみにさきほどのセルフレジの話同様、先輩は未だに「X」を「Twitter」と呼んでいる。めんどくさっ。
「うーん、どうっすかね……シチュエーションによる気もしますけど。
でも、まだモスで告白した方が箔がつくんじゃないですか?」
「ぐ、ぐうううう……! モスの名前を出されると言い返せない!!
でも学生同士だよ!? やっぱり学生同士の告白ならマックだよ!
マックには青春のロマンがあるんだって!!」
「僕としては、学生にしたってもうちょっといい感じのお店で告ってほしい気持ちはありますよ。まだフレッシュネスバーガーの方がいい。」
「フレッシュネスは絶対に嫌ぁっ!! 告白場所にフレッシュネスを選ぶような小賢しい男なんて絶対に嫌ぁっ!!」
「フレッシュネスになんの恨みが!?」
「マクドナルドはまだいいの! あんまり高いところには行けない学生の懐事情による可愛げがあるから! モスもいい! せっかく告白するってのに美味しくお腹も満たしてやろうという学生のわんぱくさが出てて可愛いじゃない! でもフレッシュネスは嫌ぁっ!!
なんかこの『うーん、マックはちょっと安すぎる、とはいえモスもガッツリ食事すぎる……そうだ、フレッシュネスだ!』と逡巡した感じがあるのがすごく嫌!! 学生の分際でそこまで頭が回るなら一発ロイホでも連れたったれや!! ロイホおごれや!!」
急に声を一段張り上げ、感情に任せて机をバンバン叩きながらすごい勢いで語る若山先輩。さながらドンキーコングの下Bである。
「フレッシュネスは小賢しいの! フレッシュネスで告るくらいならマックとモスの方が断然男気を感じる! 私は平然とデートでマックとモスに連れていく男と付き合いたい!! フレッシュネスなら別れる!」
「フレッシュネスに親でも殺されたんですか!?
じゃあバーキンは!?」
「バーキンはもっと嫌ぁっ!!! バーキンで告白されるなんて松屋で告白されるのと同じくらい嫌ぁっ!!!!!」
「いま全国のバーキン松屋ユーザーを敵に回しましたよ!!!」
「違うの! バーキンも松屋も食事処としては好きなの!
でも告白する場所としては最低だよ!
なんで園崎未恵のラジオ聞きながら告白されなきゃいけないの!?
大体“ワッパー”ってなんなの!? 普通にバーガーって言いなよ!!」
「もうシンプルにバーキンの悪口になってるじゃないですか……!?」
「ハァ……ハァ……しゃべり疲れた……まさか人生でここまでフレッシュネスの悪口を言う日が来るなんて思わなかった。いまので今日のカロリーを全部消費しきった気がするよ。」
「それは何よりで……」
「じゃあ、次はフレッシュネスの絶対に失敗しないメニューについて話s」
「フレッシュネスそんな行かんわ!!!!!!」
※このお話はフィクションです。
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