見出し画像

俺は志貴さまが心配で心配で仕方ない


みなさん、月姫やってますかっ!?
2000年12月9日、まだ俺が生まれてもいない年のコミックマーケット59にて発売されたあの伝説の伝記ビジュアルノベル「月姫」が20年余りの時を経てこの令和の世に新生!

それこそが「月姫 -A piece of blue glass moon-」!!!

いや~待ってた!まあ月姫発売当時に生まれてもいねえお前が何を待ってたんだよって感じですが、かく言う私も中学生の頃にセールスランキングのトップに君臨していたFGOから型月に入りまして、そこからFate/zeroとか空の境界とかを経てある時「月姫って何!?やりたい!」と思い立った訳です。

しかし当時の私はガチャでたまたま引いた源頼光に「いや、何この激エロ姉さん!?もう家族の前でFGO開かん!!」とドキマギしてしまうピュア中学生でしたので、当然ながらR-18ゲームには手を出せない。

画像1

見ろ!この燦然と輝く「源頼光取得日 2016/07/24」を!
頼光を再臨させたら急におっぱいが丸出しになった時の我ながらとんでもないゲームに手を出してしまったという高揚感と恐怖を!!



いやまあ中学でもエロゲに手を出そうと思えば出せなくもないのですがまず自分用のPCが無い、かと言って親に「Amazonで2000年のエロゲ買うからやっといて」と頼める訳もない、ならばと近所の中古屋を回ってみるけど置いてもいない、そもそも月箱がバカ高い!!!

泣く泣く私は月姫を諦め、それからというものメルティブラッドやタイガーころしあむやカーニバルファンタズムなどで「外伝コンテンツから得た月姫の端の知識」ばかりが蓄積されていった。

FGOにシオンが出てきた時なんか、「きのこ…また月姫難民の俺を苦しめると言うのか…!」と怨嗟に任せてスマホを十七分割しそうになりましたが、そんな俺の苦い月姫無し学生生活の思い出を吹き飛ばすが如く、去年の大晦日ついに発表された月姫リメイク!!


十数年間リメイクを待ちわびていた古参勢の狂喜乱舞っぷりに学生の頃月姫が手に入らなかっただけの私が加わるのも何だか申し訳ないような気がして発表された時は「ふ~ん、出るんや~…」ぐらいのそっけない態度を取っていましたが、私だって本当はずっと月姫やりたかった!

だからもう、初日に買いに行った!!

画像3

ゲームを起動してすぐに飛び込んでくる鮮烈なエピローグ。
ああ、俺がずっと待っていたゲームは今ここにあるのだ──────。
そんな感慨とも感動とも安堵とも言えぬ絶妙な感情に包まれながら、本当に中学生の頃にこのゲームをプレイしなくて良かったとも思いました。

中学生でこんな物に触れていたらその勢いのままポケットにナイフを忍ばせて夜の街に繰り出していたかもしれない───────。
そんな恐怖すら覚える。


そして私が好きなキャラはやっぱり琥珀さん!

画像3

見ろ。超かわいい。
私はメルブラとかカニファンで「外部コンテンツから得た月姫の端の知識」ばかり蓄積されていると先程言った通り、月姫リメイクに触れる前の琥珀さんのイメージは「変な女」で固定されていたのですが、実際はその真逆。

本家月姫ではそんな変な女っぷりが嘘であるかのように真面目で素敵で明るくかわいい使用人さん。まさに遠野家の太陽。

琥珀さんに限った話ではないのだが、武内崇絵で令和に蘇った月姫ヒロイン達は誰も彼も超絶かわいい。首をかしげる、頬を赤らめるなどのふとした仕草に至るまで一撃KO級で、「────ああ、俺は社長の絵が好きだったんだ…」と否が応でも理解させられる。

さて、今回はそんな私の大好きな琥珀さんの魅力を語り尽くし………………たい所なのだが、そうではない。



今回の本題は月姫の主人公「遠野志貴」だ。

画像4

正直、発売前まで遠野志貴の事なんて微塵も考えた事がなかった。完全ノーマーク、それどころかどちらかというと「いけすかねえ眼鏡だぜ…」とマイナス寄りの印象まであった。

いやだってあくまでヒロインがメインのゲームの野郎だし?
どこにでも居そうな眼鏡って感じだし??
友達になりたいかって言ったら微妙じゃね???

しかし…しかし……私はもう志貴さまの事ばかり考えている!!!


だって女の子がかわいいゲームじゃないですか?月姫って??
だったらこんな眼鏡の事なんか考えないで琥珀さんと一緒にお茶したり翡翠ちゃんとお買い物にでも行くキャッキャウフフ妄想だけしていればいいのに、どうしても、どうしても志貴さまが心配だ!!


まず、志貴さまは病弱だ。7年前に大きな事故に遭い、その時に物の「死の線」が見えるようになる「直死の魔眼」という特殊能力に目覚める。

それだけならば良かったものの、その大きな事故で生と死の狭間を彷徨った結果として慢性的な貧血になってしまう。

貧血とは中々厄介なものだ。私自身貧血ではないので志貴さまの気持ちに心から寄り添ってあげられない事が心苦しいばかりなのだが、その貧血によって吐き気・めまい・熱・急な気絶などの様々な症状に志貴さまは日常的に苦しめられている。
本人の証言によると「中学の頃は日に2回倒れるのなんかしょっちゅう」らしい。ヤバすぎるだろ…


月姫の話をしているのにたけしの家庭の医学みたいな空気になってきているのは置いておいてもらって欲しいが、そんな慢性的な貧血があるので、朝起きた時に志貴さまの体調が優れている事は滅多にない。

大抵顔色が悪いとか、微熱があるとか、起きた時にすぐ眩暈でふらふらしてしまうとか、もう気持ちの良い朝一番など関係なく志貴さまは目覚めた時からボロボロの状態。

画像5


志貴さま専属の使用人翡翠ちゃんが毎日起こしに来てくれるのは相当羨ましいのだが、こんなに毎日ズタズタの志貴さまに翡翠ちゃんが居てくれなかったらもう多分死んでしまう。

7年前に遠野家から出て行ってしまった兄の代わりに遠野家当主として育てられた境遇からか兄には厳しく当たってくるはずの妹の秋葉さまですら流石に志貴さまがボロボロすぎて大体こんな感じの心配が隠しきれない表情ばかりしてしまう。

画像6


もはや慢性的な貧血だけで日常生活困難レベルのボロボロさなのだが、他にもまだまだバッドステータスはある。

2つ目に直死の魔眼。これは「物の死の線を見てそれを切断する事で対象を『死』に至らしめる」というどんな相手にも必中のザキみたいな、真女神転生Ⅳ FINALの破魔貫通ゴッドアローみたいな、とんでもチートスキルだ。

画像7


多分ここでは両儀式のアレと同じと説明した方が手っ取り早い。

しかしこの能力の不味い所は「本来人間に見えるハズがない線を見ているため脳が繋がってはいけない所と接続している」という所で、もっと端的に言うとあんまり頑張って「線」を見すぎると脳が耐え切れずにオシャカになってしまうらしい。

まあ薄々察しは付くかもしれないが…志貴さまはなんやかんやでその直死の魔眼を使わざるを得ない状況に追い込まれ使用した結果脳に負荷がかかり慢性的な貧血とは別の頭痛・めまい・吐き気に襲われる。


恐ろしいのが奈須きのこ氏の圧倒的な描写力によって描かれるこれらの「痛み描写」とでも言うべき表現が本当に痛そうで痛そうで仕方がない所である。頭痛が来るたびに「裂けるように痛い」「脳髄が割れそうだ」「目から火花が出そうだ」などのグロテスク痛み描写が飛び出してくるため、いちいち大袈裟だとは分かっていてもこっちまで痛い気がしてくるし、早く志貴さまのポッケに気休めのバファリンを突っ込んであげたくなる気持ちを抑えられない。

だからもうゲームを始めて5時間ぐらいで私の気持ちはアルクェイドよりもシエル先輩よりも「志貴さま…もっと体を大切にして…」という志貴さま心配寄りの心情に傾いていってしまう。志貴さまは俺が“守護”る…


オマケにこの直死の魔眼で昔から「死」に向き合ってきたせいか、志貴さまは「血」や「死」を連想させる肉類を食べていると少し気分が悪くなってくるらしい。辛すぎる。

だから志貴さまはびっくりドンキーに行ってあのクソデカい観音開きメニューを開くこともないし、多分さわやかに行ってもハンバーグは食べられないのだろう。

画像8


中学のクラス内の打ち上げで焼き肉に行っても志貴さまは何故か肉を食べずに端で野菜ばかり食べているのだろう…させない!私がその場に居たら絶対にそんな事はさせない!!

「遠野…アイツせっかく打ち上げ来たのに何で肉食べてないんだ…?俺行ってくる!」と今すぐ志貴さまの席に駆け寄って肉は食べられなくても私の話術で楽しい思い出にしてみせる!!

本人は「別に心配しなくていいぞ?」って笑顔で返してくれるけど、もうアイスとかいっぱい頼んじゃう!!
だから…だから少しでも楽しく幸せに生きて……



志貴さまのバッドステータスはまだある。
自分で書いていて「まだ!?」と突っ込みたくなるバッドステータスの過積載だがまだまだある。

それは七年前の事故で負った「胸の傷」。

画像9

この胸の傷、厄介な事にたまに胸が痛くなるとかではなく特定の思い出をトリガーにして発動する傷らしく、何と「遠野邸をさまよって森に入って行ったら昔の記憶を思い出しそうになって胸の傷から大出血して気絶する」という衝撃のイベントが用意されている。

家の中に思い出がトリガーになって胸から大出血する地雷が埋まってるとかたまったもんじゃないが、志貴さまはこの胸部大出血事件で10時間気絶してしまう。10時間!?


もはや読んでいる方も薄々察しが付いているかもしれないが、私はプレイ時間が10時間を超えた辺りから主人公の志貴さまよりも志貴さまが心配で心配で仕方ない月姫ヒロインの方に感情移入してしまっている。

画像10


出会えば即殺し合いに発展。Stay nightのセイバー・凛・桜はまだ健全な恋のライバルだったんじゃないかと思ってしまう程、旅館で大喧嘩するプロレスラーばりにピリピリしている月姫ヒロイン達だが…

「志貴は自分の体を大切にしてよね!」
「遠野くんは自分の体を大切にしてください」
「兄さんは自分をもっと労わって下さい」
「志貴さんはちゃんとご飯食べて下さい!」
「志貴さま、お身体の具合は…」
「遠野、大丈夫か?」

…と「志貴さまが心配すぎる」という点においては恐ろしいほど全会一致している。多分月姫ヒロインは志貴さまが崖から落下しそうになっていたら全員で手を伸ばして全員一気に喧嘩し始めて全員で落下してしまうのだろう。


流石にここでは全部書き切れないが「死徒との戦いで体に生傷」「別人格なのかなんなのか分からない唐突な殺人衝動」「体の中に吸血鬼」など、もう七年前の事故でたまたま国道を走っていたモルボルと激突して臭い息でもかけられてしまったのではないか、それとも七年前たまたま国道を全力疾走していた蘆屋道満と志貴さまが激突して去り際にリディクールキャットをかけられてしまったのではないかと疑ってしまう程の大量のバッドステータス。

画像11


しかしまあ、これ程お身体が弱いという事は志貴さま自身流石にそれを理解して、自分で健康を管理して休むべき時は休んでくれるのだろう。

……そうだったらよかったのにな!!!

遠野志貴という男の最も恐ろしい所は、明らかにウロチョロ動き回っていい体調ではないのにまるで「俺、元気な健康優良高校生ですけど?」みたいな面で一般人の範疇から逸脱した行動を繰り返す所にある。

もう挙げ始めたら本当に日が暮れてしまうほど遠野志貴自分の身体理解してなさすぎエピソードは無限にあるのだが、例えば秋葉さまが貧血で倒れがちな志貴さまの身体を気遣って「兄さんは車で登校した方がよろしいのでは…?」と提案してくれる。
もう当主の威厳もクソもあったもんではない。

その提案を志貴さまは「いや、そこまででもないって😅」と軽く受け流してしまう。いや、一番車で送迎されるべきなのお前お前お前~~~!!!!!

遠野家に仕える使用人として言わせてもらいますけどね!志貴さまは自分の体調を理解していなさすぎですっ!!ここまで来たらもうふん縛ってでも車で学校まで送らせていただきます!!秋葉さま、車のキーを!!!


志貴さま自分の身体理解してなさすぎエピソード、その最たる例は「夜な夜なアルクェイド・ブリュンスタッドと夜の街に繰り出していく」一幕である。これはまあ月姫アルクルートの一番の縦軸なので深く突っ込んでもどうしようもないのだが、妹の秋葉に内緒でこっそり22時に屋敷から抜け出して夜な夜な街に繰り出す…午前中に学校で倒れて熱が30度以下にまで低下してもはや昏睡レベルにまで陥った後に夜な夜な街に繰り出す…休みの日に胸から大出血して10時間気絶した後に夜な夜な街に繰り出そうとする……

明らかにイカれている!!!



志貴さま本人は冗談交じりに「そんなに心配ならサナトリウムにでもぶち込んだらいいんじゃないか?」と言っていたが、心配で心配で仕方ない私からしたら冗談抜きでサナトリウムで療養なさってくださいっ!!!

あとお前!アルクェイド・ブリュンスタッド!!
家の志貴さまを夜な夜な連れて行くな!志貴さまは夜中にウロチョロして許される体じゃないんです!!離せ、この泥棒猫!!志貴さまを返せ!!
離せーーーッ!!!



………思い返してみれば、中学で初めてFate/stay nightを見た時は、衛宮士郎を「変なヤツ…」としか思わなかったが、今もう一度記憶を消してstay nightを見たら部活も家事も人助けも聖杯戦争も全部一人でやろうとする士郎に間違いなく「衛宮…お前おかしいよ…」と恐れおののくに違いない。

だから、多分この「志貴さまはそんな無茶していい身体じゃないんだから安静にして…お身体を大切にしてください…」という気持ちと、今になって衛宮士郎という男に対して湧いてきた「────衛宮、お前、何が大丈夫なんだ…そんなに一人で…大丈夫な訳がないだろ…」という気持ちは、指向性こそ違えど多分同じものなのだろう。

一人で大丈夫な訳がない人間が何故か一人で頑張ろうとしていたら、それは周りから心配されるに決まっていて、その一人の人間の無茶を大勢が支えるという構図に巻き込まれてしまっている事自体が、もはや奈須きのこ作品に没入してしまっている証拠なのかもしれない。



────だから私は、遠野志貴が理解出来ない。

画像12


実は七年前の事故は遠野家の長男「遠野四季」によって志貴さまが殺害されかけたという真相が待っていた。そして志貴さまはその遠野四季の代わりに新しく遠野家の長男として迎え入れられた…端的に言えば志貴さまは過去が剝奪された、何も残っていない空虚な人間だったのだ。

だから私は志貴さまには世界を憎む権利があると思う。世界を呪って、世界を壊して、遠野家の人間を皆殺しにしてもいい。
だってそれぐらいやらなきゃダメなはずだ。

これまで幸せな事なんかなくて、人並みの幸せを得られなかったんだから例え世界を憎んだとしても誰も文句は言わない。
少なくとも私はそんな志貴さまでも受け入れられる。

嫌な事があったらその分自分の幸福を掴むか、何かに憎悪を向けなければならない。人間はそうやって利己的じゃないと生きられない。それでもなお────こんなにも報われなかったのに人の幸せを願ったり、人の幸せのために頑張れる人は………どこか絶対におかしい。


志貴さまには何もない。幼い頃から奪われるだけの人生だった。彼本人、奪われすぎて何があったのか、それがどういう事なのか気付く事さえ奪われている。
だから、何よりもまず自分の人生、自分の幸福を取り返さないといけない人だったのに。

志貴さまは体が弱い。志貴さまは戦っていい人なんかじゃない。
ましてそんな、人のために戦うなんてもってのほかだ────────。


それなのに、それなのに志貴さまはアルクェイドを幸せにしてあげたくて戦う。自分よりもアルクェイドが幸せになるべきだと願っている。アルクェイドさえ幸せなら自分なんかどうでもいいと思っているに違いない。

理解不能だ。人としておかしい。単純に自分よりも人の幸福を願える人間ならいくらでもいる。でも…志貴さまは絶対に他人よりも自分自身が幸せになるべき人間なんだ。それとも、志貴さまは「自分だってその人の幸福を願える人間だ」とでも言うのだろうか。違う。それは絶対に違う。間違ってる。あなたには人の幸福を願う権利がない。だって、あなたは、人よりも幸せになっていいはずなのに。そんなの絶対に、絶対におかしい。


……志貴さまは眩しすぎる。そしてアルクェイドも眩しすぎる。

月姫は基本的に倫理観が終わっているゲームだ。
メインヒロインが登場したと思ったら突然主人公が殺人衝動に駆られてメインヒロインを17つの肉片に分割殺人してしまう。そんなゲームがニンテンドーeショップでマインクラフトを超えて堂々1位に君臨とか、これが現実でなければ私は鼻で笑ってしまう。

それぐらい倫理観が終わっているのに、登場人物はどいつもこいつも眩しいぐらいに心が美しい。例えそれまでの人生が、生き様が、どれほど空虚でどれほど血に塗れていたとしても、実直で、美しくて、誰にも踏み荒らされていない新雪のように澄んだ心を持っている。



だから分からない。こんなに世界が終わっているなら心まで終わってしまっても誰も文句は言わない。それなのにみんな────嘘みたいに綺麗で、眩しい。キラキラしている。だから苦しい。眩しくて苦しい。私には理解が及ばなくて苦しい。今すぐにでも壊れそうな、死に溢れた世界をその目を通してずっと見てきた志貴さまは「────たださ、生きているだけで楽しいんじゃないかな。」と人生の美しさを誰よりも理解している。そんなのって、どうかしてる。こんなに終わった世界で、世界の美しさを噛みしめて、人生の楽しさを謳歌するなんて、絶対に私には出来ない。人間はそんなに強かに生きられる生き物じゃない。


アルクェイドも志貴さまも、お互いに空虚しかないような過去を背負っている。だから2人とも人より幸せになって欲しい。なるべきだ。自分の人生と、自分の幸福を何よりも先に取り返すべきだ。

でも、2人して「アルクェイドは自分よりも何倍も幸せになるべきだ」「志貴は自分よりも何倍も幸せになるべきだ」とお互いにお互いの幸せを自分の幸せよりも優先している。

吸血鬼を殺すための装置として作られた姫、自分の全てを剥奪された殺人鬼、何もかも空虚で血に塗れているはずなのに、こんなにも人の幸せを願って、世界の誰よりも生き様が美しい。


思えば月姫は、ありとあらゆるものが相反するもので構成されている。
「終わっている世界なのにそこに居る人間が美しい」、「殺したのに愛している」、「殺されたのに愛している」、「人間なのに化け物みたい」、「化け物なのに人間みたい」。

本来そこに同居するはずがない闇と光、明るさと暗さ、汚さと美しさ、殺害と愛情。その全てが夜の暗さの中にありながら燦然と輝く満月のように。

────ああ、月姫は本当に満月みたいなゲームだ。
だからそんな輝きで照らさないでくれ。苦しいだけだからやめてくれ。人には月の輝きはあまりに眩しすぎる。受け止めきれない。

画像13


────でも、こうして頬を伝う物は一体何なのだ。
お前を誰よりも幸せにしてみせるという志貴さまの意気込みをこっそり聞いていて、生命線のピアノアレンジをバックにこの世で一番幸せで美しい笑顔を夜に振りまく月の姫アルクェイド・ブリュンスタッドの姿を見ているだけで、どうしてこんなに涙が止まらないんだ。

ただ月の眩しさに耐えられない生理現象ならそれが良かった。
ただ理解出来なくて苦しくて苦しくて涙が流れるならそれが良かった。
愛に感動して涙が溢れるならその方がずっと良かった。

俺は何故泣いているんだ。分からない。頭の中では理路整然とこの話は美しすぎて理解出来ないと思っていても、どうしてこんなに嬉しくて辛くて温かくて寂しい気持ちになるんだ。

文学的で、退廃的で、現実的で、空想的で、感情的で、感傷的で、快楽的で、壊滅的で、絶対的で、普遍的で、こんな壊れかけの世界でどうしてここまで報われるような、救われるような、そんな生き方が出来るんだ────。

時には月を、月には愛を、愛には罪を、罪には罰を、罰には人を、人には夢を、夢には貴方を、貴方には誓いを、そして私には輝きを、月姫はまさにタイトル通り、人を耐えられんばかりの煌めきで照らす。

だから分かった。月の光に照らされすぎて、かえって目が慣れてしまった。
ずっとずっとそうだった。私は最初からそう思ってたじゃないか。

私は志貴さまが幸せならそれで良かったんだ。
あんなに何も無くて、ボロボロで、それなのに人の事ばかり考えていて、こっちの気持ちなんか微塵も考えてなくて、私の心配を無視してこんなに美しくて、綺麗になって。私がずっと欲しかったものはもうあったんだ。

志貴さまが人並みに幸せで、人並みに笑ってくれて、人並みに元気で健やかに過ごしてさえくれたら後はもう何も要らなかった。
志貴さまの事は私には分からない。でも志貴さまの幸せを願う事なら私にだって出来る。こんなに単純な事だったんだ。


────ああ、でも、そうですね。きっと、きっと私は志貴さまに手を伸ばし続けるでしょう。それが人には届かない月だと分かっていても、人には手にしがたい目映すぎる輝きだったとしても、私は志貴さまに少しでも近付くために、志貴さまみたいに美しい人であれるように、暗い夜の中でも輝く満月であれるように、私は月に向かって手を伸ばし続けるのです。


志貴さま、貴方は私にとっての月だったのでしょう。
いつ、その輝きが失われてしまうのかも分からない。
でも時に見せる輝きは空に浮かぶ何よりも綺麗で、眩しくて、一度見たら目が離せなくて、絶対的で永遠のもののはずなのにいつか消えてしまうような気がして、何よりも、美しくて。


そうか────────────気が付かなかった。

最初から、最初からずっと

こんなにも月は──────綺麗だったんだ────────。





この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?