よもぎの海底探索 その2


水中の洞窟を進むと、そこは水草の茂る藻場だった。優しい波はそよ風のように全身を包み、それはまるで草原のような暖かさを感じるが、ここが水中だと思えるのはこもって聞こえる空気の音。ぷくぷくと水草から湧き立つ泡が、踊るように揺れながら海面へ向かって行く。
水中に咲く青い花、見たこともない硬い闇の貝、水面から光が濾されて優しく海中を照らす。
そんな優しい風景のせいだろうか、水中なのに不思議と息苦しくない。いつまでもここで暮らせような心地よさ。

ここはなんて素敵な場所だろう。こんなに素敵な草原なら、お昼寝に良さそうな場所もきっとあるはずだ。

ぷくぷくと息を弾ませながらあたりを探索する。
そうやって見つけたのは素敵なお昼寝スペースではなく、水中の遺跡群だった。
光が届かず底は見えない。ただ、誰かが作ったであろう建物がずうっと下まで続いている。
お真っ暗で、心なしか水も冷たく感じられ、思わず目を奪われて、息苦しく…。
ゴポッと大きい泡を吐き出すと、体がどんどん冷えてきた。慌てて海面へ向かって泳ぐ。

なんてことだ。ここにはお昼寝スペースは無さそうだし、それどころか、怖い。ここに来ちゃいけない気がする。

水面に夢中で顔を出すと、曇り空と海面で乱反射した光が一気に飛び込んできて、思わずぎゅっと目をつぶる。

ほぉん

水底から、あの時の声が聞こえた気がして、眩しい光に合わせるように目を開く。あたりを見渡すと、大きい塔が目を引いた。頂上は崩れて、壁には大きな傷が3本。引っ掻き傷だろうが、引っ掻き傷を見たことがないよもぎには分からない。

どうやってあんな傷がつけられるんだろう…。でも大きい何かが付けたことは間違いないね。

大きく、硬い壁を削る何か。ここに来る道中で見た怖い壁画。
風もないのにブルっと背筋と重いアフロが震えた。

とりあえず、岸にあがろう。

そう思って辺りを見渡すと、見覚えのあるキノコが遠くに見えた。

あそこならきっと暖かいね。

じゃぶじゃぶと水面を滑り、キノコに近づくと見えたのは舟だった。
船にキノコが生えている。そして、船の上には小さな屋根と、棚と、赤いケープとおさげ髪。

誰かいる?

キノコにふわっと掬われ、船に上がり、近づいてみる。

3つのおさげ髪のうち1本に青い石を付けて、青黒く割れたお面を被り、赤いケープを羽織りこれまた青い石でその前を留めている、そんな精霊がいた。
よもぎが近づいても遠くを見て、どこか寂しそうだ。

こんにちは、おさげさん。君は1人で、ここで何をしているの?

そう声をかけると、突然横から、ピッピー!と音がした。
びっくり、アフロを跳ねさせて音のした方を見ると、いつのまにか4人の精霊が立っていた。
1人は長い髭を二つに編んで、髪も三つに編んで後ろに流しており、みんなを見るように堂々と立っている。
1人は黒い短いケープを羽織り、薄茶色の帽子と服を身につけて、少しおどおどしている。
1人は短いざっくばらんな髭を蓄え、頭を時折気にしながら机の上の紙を眺めている。
そして、1人は堂々と腕を組み、割れたカニのようなお面を身につけて、こちらをチラッと見ていたが、目が合うとフンッと顔を逸らした。

なんだろう。なんだか…とってもチグハグしてる。

4人は熱心に机に広げられた紙を見ている。
よもぎも気になって、精霊たちの隙間から頭をねじ込みうんしょっと顔を出して、紙を見た。
どうやらこの環礁の地図のようだ。
環礁の中央付近、水に沈んだ東屋があった場所に丸がついている。
すると中央に立っているおさげひげの精霊が、紙を押さえるように置かれた石を指差し、次に、水面から天辺をのぞかせる東屋を指す。

あそこでこの石を取ってこいってこと?良いけど、僕やることがあるんだ。新しいお昼寝スペースを探したり、あと声の主を探したり…

そうやって困った顔をしていると、横からフンッと鼻で笑われたような気配がした。顔を向けると、カニお面の精霊が、ニヤニヤしながらこちらを見ている。

……そんな顔をされるとなんだか嫌だなあ…。行っても良いけど、ついでだからね。

そう言うと、おさげお髭の精霊が優しくウンウンと頷いた。

それからというと、よもぎはなんやかんや石を集めるのを手伝い続けてしまった。

東屋で1つ、水に沈んだ坑道で3つ、なんだか分からない、マンタが閉じ込められていた施設で4つ、暗黒竜が眺められる怖いところで沢山。その途中で、暗黒竜より大きくて怖そうなのがいたこと、そこにはまっていた石を取ったことでその子と暗黒龍を環礁の中に迎え入れてしまったことは秘密だ。

困っている誰かを放っておけないよもぎの性もあるが、何より石を集めるとみんなが喜ぶこと、少しずつ採れる石が増えたことが楽しい。強いてもう1つあげるなら、最初はよもぎより石を集められてドヤっていた蟹面さんが、よもぎの成長に合わせて悔しさを出すようになってきたので、よもぎはなんだか得意げになっていたのである。

ふふふん。僕だってできるんだよ。

でも暗黒竜のいるあの場所は石はたくさんあったけどとても怖かったよと話すと、また蟹面さんは得意げにニヤニヤ鼻で笑うのだ。

もう!そんなに僕より凄いって思いたいなら、君もいっぱい取っておいでよ!あそこは入り組んでて危ないから、難しいんだよ!
……危なくしちゃったのは僕だけど。

それを聞いたおさげさんが、後ろであたふたしていた。よもぎには何故血相を変えていたのか、その時は分からなかったのだ。

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