さだ子さん 2話

窓から顔を出すと、さだ子さんがいた。

「さだ子さん、会社は?」

「おはようございます。林健太さん」

さだ子さんがスコップを手に笑っている。

「おはようございます。仕事はどうしたんですか」

「休みました、だって雪ですから」

雪ですからって。しかし嬉しそうだな。

「すいません、雪掻きさせてしまって。僕も今いきますから」


「もう大丈夫です。危ないところは終わりましたから。それより窓を閉めた方がいいですよ。部屋の温度が下がってしまいます」

「あ、はい。女性に雪掻きさせてしまって……。ありがとうございました」


僕は窓を閉めた。

もっと早く気がつくべきだったな。

天気予報を見ようとテレビをつけた。

この辺りはもう降らないらしい。

雪が好きなさだ子さんのことを思うと、いいのか悪いのか。


そう思っていたら話し声が聴こえて来た。

大家さんの奥さんと、さだ子さんだ。

時折、笑い声が訊こえた。


大家さん夫妻は、さだ子さんのことを気に入っているらしい。

よく立ち話しをしているのを見かける。


声がしなくなったと思ったら、インターホンが鳴った。

ドアを開けると、奥さんだった。

「おはようございます、林さん。具合はどう?」

「はい、最近はかなり調子が戻ってきた感じがします」

奥さんは疑いの眼差しで僕を見ている。


「夜は?眠れてるの?」

僕は頭を掻きながら、

「それがなかなか。睡眠障害って辛いですね」

「ほらみなさい。働きたいだろうけど、決して無理はダメよ。治り際が大切らしいから」

「はい、いつも気を配ってくださってありがとうございます。無理はしていないので大丈夫です」

「大家なんだから、入居してくれてる住人さんに気を配るのは当たり前よ」

「はあ、すいません」

「だから謝らなくていいの。生真面目なんだから、林さんは」


「あはは。そうでした」

「くれぐれも養生するのよ。朝早くから悪かったわね。じゃあね」

奥さんが帰ったあと、僕は自分の部屋を見て焦った。


掃除をする気力がないから、とっ散らかっているのを見られてしまった。

もう後の祭りだが。

「やれやれ、二度寝しようっと」

僕は布団に潜り込んだ。


昼夜逆転の生活をしているので、目が覚めた時は既に夜だった。

すごく腹が減っている。

考えたら朝から何も食べていない。


「昨日のシチューでも食べるか」

僕はヨロヨロ立つと台所に行き、鍋の乗ってるコンロに火をつけた。

薄っすらと、カレーの匂いがしてくる。

「さだ子さんも、今から晩御飯か」


冬場は、こうして作り置きが出来てありがたい。

次は鍋にでもするかな。

野菜や肉、豆腐を入れて。

数日は持つな。


そういえば雪はどうなっただろう。

僕は窓を開けて外を見た。

降ってはいないが、五センチくらいは積もっている。

「明日の朝の凍結が心配だな」


シュンシュンシュンと鍋が沸騰している。

僕は窓を閉めてシチューを食べることにした。

お袋に教わった肉団子が旨い。

生姜が入っているので体が余計に温まる。

夢中で食べて、スープも全部飲んだ。


今夜も泣き声が聞こえてくるのだろうか。

僕は上を見上げた。


翌朝は快晴だった。

人々は厚手のコートを着て、白い息を吐きながら滑らないように、慎重に歩いていた。

昨夜は泣き声はしなかった。

雪が吸い込んでくれたのかも知れないが……。


さだ子さんの仕事は、工場で作られた製品を検査することだ。

慣れない機械を一生懸命に覚えて黙々と働いている。

そして、今日の分の仕事を終えた直後、さだ子さんは上司に呼ばれた。


冬の日暮れは早い。

まだ4時半なのに、外は真っ暗になってしまった。

けれど流石に師走だ。

商店街やスーパーにはイルミネーションが飾られ、あちこちの店の前にはクリスマスツリーやサンタクロースの人形が置かれている。


僕はケーキ屋さんに向かって歩いている。

時々、無性に甘いものが食べたくなる。

酒も呑めるし、甘い物も好きだ。

「このままじゃ、中年になってからはメタボまっしぐらだな。

分かっているけど食べたいんだよな」


そんなことを思っていたら、向こうからさだ子さんが歩いて来る。

何となく元気が無い。

「もしやーーまたか?」


たぶん解雇されたのだ。

どうして、さだ子さんは行く会社、行く会社をクビになるのだろう。

さだ子さんは、いつも云っている。

『この仕事は、わたしに向いていると思うの。だから一生懸命に働かないと』


僕はケーキ屋さんの前で、さだ子さんを待つことにした。

トボトボと歩く姿は、僕の知っている、さだ子さんとは、まるで別人のようだ。

段々と近づいて来たさだ子さんは、僕に気付いた。

すると、ニッコリして、いつものようにクルクル回って、僕のところまでやった来た。


「お疲れでした、さだ子さん。良かったらケーキを食べて行きませんか。御馳走しますので、付き合ってください」

さだ子さんは、弱々しい笑顔で「うん」と頷いた。


僕たちは、この街で一番美味しいと評判のケーキ屋さんに入った。

小さな店だけど、ショーケースの中にあるケーキは、どれも作り手の愛情がたっぷり感じられる。

奥には食べるスペースもある。

僕は定番だけどモンブランを、さだ子さんはレモンパイを、飲み物は二人共ミルクティを注文した。


僕らはイートインのコーナーに行き、席に座った。

少ししてケーキと飲み物が運ばれてきた。

「わぁ!可愛いし、美味しそうね」

さだ子さんは、はしゃいだ。

「どうぞ、召し上がれ」

「いただきま〜す」そう云ってさだ子さんはケーキを一口食べた。

「爽やか!レモンの香りがして、でもすっぱ過ぎず、美味しいです」


「良かった。では僕も食べよう」

モンブランは僕の好物だ。

う〜ん、旨い。深い味がして栗が口いっぱいに広がる。

次に来たときは、パイは苦手だけどミルフィーユを頼もう。


食べ終わると僕とさだ子さんは、しばらく黙っていた。

「あの……わたしね」

「ストープ!何も云うでない。拙者には分かっておる」

さだ子さんは、目をパチパチさせて訊いている。


そして一呼吸おいて、

「大丈夫、また見つかりますよ」と僕は云った。

真顔で訊いていたさだ子さんは、フッと表情が和らぎ、笑顔になった。

「そうですね、わたしまた探します」

「そうですとも」

そう云って、僕らは席を立った。


    つづく













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