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【車掌小説】夕焼け 小焼け

あの子はどこに行ったのだろう。

夕暮れ時に、一人でブランコを漕いでいた。

名前はなんと言ったっけ。

みんなは『小焼け』と呼んでいた。

まだ、あどけない顔の女の子だった。

けれど学校には、たまにしか行っていない。

周りの人は、何故だろうか、と言っていた。不思議そうに言っていた。けれど!

本当は知っていたはずだ。

担任の先生は何度も、小焼けの家に家庭訪問していた。

学校に行くように。

小焼けに今やっている事を辞めさせるように。

応対するのは、いつも父親で、母親の所在は分からない。

父親は、ヘラヘラと笑いながら担任の話しを聞いていた。

わたしは知っていた。

ある日、小焼けが高そうなコートを着た、背の高い男性と、ピカピカ光る下品な建物に入っていくのを見たのだ。

まだ義務教育の小焼けは、毎晩のように、飲屋街にポツンと立っている。

それが小焼けの仕事なのだ。

働かない父親。

稼がなければならない小焼け。

みんな、知っていたはずだ。

中には手を差し伸べてくれた大人たちもいたはずだ。

小焼けは、小さな手で、ギュっと握り返しただろう。

けれど誰も、小焼けを引っ張り上げては、くれなかった。

こっちへおいで、とは言ってくれなかった。

ギュっと握りる小焼けの手を、すうっと離したのだ。

小焼けの意味を知ってるだろうか。

小焼けに意味など無いのだ。

ただの語呂合わせで、夕焼けに付けただけなのだ。

小焼けを単独では使わない。

意味をなさない。

あの日、とうとう夕焼けに、小焼けは連れて行かれてしまった。

山の向こうに、沈んでしまった。

小焼けは後悔しただろう。

大人たちを信じた自分を、許せなかっただろう。

心も体も痛みでいっぱいだった、あの子のことを、わたしは忘れることは、できない。

                       了


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