公正なる移行

パタゴニア日本支社長の辻井隆行さんと株式会社eumo代表取締役(元鎌倉投信取締役/創業者/ファンドマネージャー)の新井和宏さんによるトークセッションがセットで開催された、映画『ほたるの川のまもりびと』上映会に参加しました。

映画『ほたるの川のまもりびと』は、長崎県東彼杆郡川棚町川原を流れる川棚川の支流、石木川に、治水(洪水調節)と利水(安定取水)を目的に昭和47年になされた石木ダム建設計画に対して、50年近くもの間、それこそ命がけで反対運動、着工阻止の活動を続けてきた地元住民の視点から、昭和的な発想による建築土木行政がいまだに生き続け、さまざまな利権がからみ、治水の観点からも、利水の面からも538億円もの投資やダム建設に伴う種々の犠牲を払ってまで得られる効果があげられないとされる工事が止まらないという、この国のゆがんだ在り様に対して問題提起をする映画です。

【参考ウェブサイト】
ダム建設反対派による意見サイト;
http://ishikigawa.jp/what/

長崎県による石木ダム事業の情報公開ページ(推進側);
https://www.pref.nagasaki.jp/section/ishikidam/

推進側にいる人たちも、個人レベルでは程度の差こそあれ、この計画の問題や、何千、何万年もかけて育まれた生態系、先祖代々守ってきた故郷の土地を奪われる人々の心を含む大きな犠牲、さらには、効果がないと分かっていながら多額の公費負担(納税者の負担)を強いることの不合理性等々については当然に気づいている、理解していることでしょう。それが、政治、行政という仕組みに組み込まれ「立場」をもってしまうと、あらぬ方向へまい進してしまう。そうした事例は土木建築の分野のみならず、さまざまな局面で見られます。

さて、興味深かったのは、やはり、辻井隆行さんと新井和宏さんによるトークセッション。

石木ダム問題に対して「ぜったい反対!」というスタンスから本件に関わるようになった辻井隆行さんが、昨夜の上映会では「正論をいくら言っていても、何も変わらない」とお話されていたのが印象的でした。

実証データに基づく正当な根拠を示してダム建設が不要だと論じ、それでも必要だというのであれば両者が公の場で討議すればよいではないかと提案したところで、推進派も論拠がないことなど分かり切っているので公の場になど出てくることはない。事業認定を受け、土地収用法の適用対象になっているのだから、その適法性のみを盾に粛々と工事を進めようとするほかに選択がない。だから、いくら正論を言っていても両者が交わるところなどありえず、建設計画は止まりようがない。せいぜい良くて、現状維持。すなわち、このまま、わずかに残された13世帯の地域住民を中心とする反対派の体を張った抗議・強制収用阻止活動という消耗戦を延々と続けなければならない事態は、なにも変わらないということだというのです。

「正論をいくら言っても、何も変わらない」ということは、良い会社づくりにおいてもそのまま当てはまります。もちろん、会社の在り方というのは、ダム建設の是非というテーマほどに絶対的な評価が当てはまるものではないのですが、少なくとも経営者が「こうしたい」という姿は、あくまでも経営者の個人的な趣味・思考に基づくもので、その価値観を社員に強制することなど無理なものだということは言えるでしょう。

50年も身体を張って阻止、抵抗をしている。それでも何も変わらない。

この姿を見て、中小企業の経営者は何を思うでしょうか。

辻井隆行さんは、ここで「公正なる移行」という考え方を提案します。

これは、例えば化石燃料を用いた発電システムは持続可能ではないとして再生可能エネルギーへのシフトを推進するとした場合、旧来の化石燃料発電事業に従事していた労働者の雇用喪失という問題が生じる。それが要因となって再生可能エネルギーへのシフトが進まないのであれば、「公正なる移行」を目指し、公費を用いてでも旧来の化石燃料発電事業に従事していた労働者へ就業訓練を施し、彼ら・彼女らが再生可能エネルギー関連の産業に就くことができるよう導いていく。こうしたことに社会的価値を評価するという動きです。

辻井さんは、北海道下川町におけるバイオマス発電による電力供給が、それまでのプロパンガスエネルギーの供給業者が担っているという事例を挙げ、こうした「公正なる移行」を促進することにより「誰一人として取り残さないエネルギーシフト、また、エネルギー分野に限らない『移行』が可能になるのではないか」と提言されていました。

辻井隆行さんは、さらに、パタゴニア社創業者、イヴォン・シュイナード氏による「私は『問題』の一部になりたくない」という言を挙げ、現在は何もしない「中立的な立場」というポジショニングなど成立しえず、「無関心」であることは現状をさらに悪化させる「加担」者としての責任を果たしてしまうという実情を説明し、「『問題』の一部となるか、『解決策』の一部となるか二者択一の状況となっている」とし、石木ダム問題などの課題を知った当映画の鑑賞者などは「良い映画を観た」で終わらせず、どんな小さなことでもいいのでアクションを起こすべきと呼びかけました。

新井和宏さんも、鎌倉投信を創業したころに周りから「それをやることによって、どれだけのインパクトがあるのでしょうか?」という質問をされたエピソードを挙げ、「そんなことにはまったく興味がない」「良いことをしようというときに、その影響の大きさなどを考えていたら、何もできなくなってしまう。だって、難しいことだから現実にはそうなっていないのだから」とし、より良い社会、より良い組織は、構成員の小さな善良ひとつひとつの積み重ねによってはじめてその方向に向かうのであり、何をすればどれだけの変化を実現することができるなどといった計算が先に立つことなどあり得ないとしていました。

ダム建設の是非を問う映画の上映会ではありましたが、企業経営の様々な論点にも結び付く、深く考えさせられるテーマでした。(高橋)

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