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整体的生活術を読んで

三枝誠先生の「整体的生活術」という本が好きで、愛読書の一つとなっている。特に、第三章【いつも ”互穴” という気の型でいたい】が最も好きなパートで、章の最後に次のような文章が書かれている。引用してみよう。

自分では天動説だと思い込んでいたものが、ある時、絶望や挫折を味わって地動説になり、もう一度天動説に戻る。自分のつらい体験でそれを知る。私のいう「身体尺度」とはそういうことです。手首を切って血を流したり、身体ごといろんなものを抜けた人間が主観を超えて、客観を覚えて、もう一度、自分を中心に考えるところまで戻ってくる。ユーモアがわかるというのも、自分を客観視できる人間かどうかということでしょう。

逆に、絶望感というのも、知性や忍耐力がない人には味わうことができないものです。人間には、”溜め”の時期というのもあって、悲嘆とか慟哭といった状態を味わうような、自分にとっての耐え難い出来事と出会ってしまう時期があるんです。そのときに激しく混乱した感情、あるいは深い悲しみとぐーっと我慢していると少しずつ抜けてきて、何かが見えてくるというのはあるものなんです。ただ、苦しい状態から抜けて何かが見えるようになるまでには、どうしても時間はかかります。大変なことですよ。苦痛を甘受するということや、時間を受容するということ、起こることを怖れないということは。

整体的生活術

私にとって、これほど身に染みてわかる文章はそう多くはありません。大好きで何度も読み返してきた文章です。私にとっての天動説は、「科学は人類を幸福に導くものである」という信念でした。完全にそう思い込んでいた私は、20歳の時、とても強烈な絶望感に襲われる出来事がありました。それから、逆(地動説)に「科学は人類を滅亡に導くものである」と考えるようになり、猛烈な科学への批判を開始しました。これを、数学という切り口・視点からアプローチする立場を取って、「科学は脱数学化しなければならない」というのが、20歳から始まる20代前半の一貫した主張でした。

絶望感を味わうのは本当につらい体験でした。周囲には理解されず、同級生には氣でも狂ったのではないかと思われていたでしょう。私の目から観て大学の研究者などは、安易な天動説に甘んじて、科学でメシを食っている人たちに過ぎないと映っていました。「自分たちが日々研究しているその科学が、いづれは人類を滅ぼすかも知れないのに、なんて呑気な…」と地動説に転じた私は、本氣でそう思っていました。

そして、ここからが苦難です。科学を批判するだけなら、掲げた思想を旗手に、好き勝手に振り回しておればよいわけです。それが過激化すれば、それは一種の宗教になります。当然、そういう事がしたいわけではありませんから、私にとって重要なのは、主張している思想(科学は脱数学化しなければならない)をきちんと『理論』にして提示することでした。これが極めて苦難となる作業であり、もがきながらも、理論となる手掛かりやヒントをひたすら探し求める日々でした。

みずからが転じた地動説の中で一生懸命にもがき取り組んでいると、自分の思想と非常に親和するのではないかと感じさせるような、研究を発見することもありました。高瀬正仁さんという方で、この方の「近代数学史の成立-解析編-」を読んだ辺りが、私の一つの分岐点になっています。つまり、この辺りから徐々に再び天動説へ戻っていく流れが生まれていきます。

ただ単に私がみずからの(地動説における)思想に拘っていたら、高瀬正仁さんの研究に目が留まることもなかったでしょう。しかし、私はみずからの思想をなんとか形にするような理論を求めていました。ですから、高瀬正仁さんの研究について学ぶ決意をし、そこから自分に使えるものがないかどうか、慎重に精査しながら勉強をしていくことになります。

私が読んだのは近代数学史に関する本です。つまり、数論(算術)や微分積分を主な舞台とする近代数学の歴史が研究対象となっています。歴史という位ですから、デカルトやフェルマー、オイラー、ラグランジュ、ガウス、コーシー、アーベル、リーマン、・・・等とさまざまな人物が登場し、近代数学が如何にして成立してきたのかというテーマが美しく展開していきます。そうして歴史的観点から数学を観ていくと、数学への捉え方も随分と変化していきました。特に、科学が脱数学化した先にあるのは何か?という問いに対して、数学の根底は神秘的側面であると云う洞察から、それは《神話》である、と答えることができます。

もともと、科学の前身として古代ギリシャに於いて発達していたものは、神話でした。言わば、神話は一つの天動説と言えるでしょう。神話は主観ですが、近代において人類は、主観を超えて、科学(地動説)という客観を覚えたのです。その科学はいま綻び始めています。いまこそ、科学的姿勢・態度は大事にしながら、再び神話(天動説)に戻る時期に来ています。

私は20歳の時に、三枝誠先生が言われる”溜め”の時期に遭遇し、激しく混乱した感情や深い悲しみを心底味わいました。この苦しい状態から抜けるのに、20代前半を丸ごと費やしてきたように思います。何かが見えてくるようになるまで、それくらいの時間が掛かりました。

苦痛を甘受するということ、時間を受容するということ、起こることを怖れないということ。この三つは本当に大変でした。その折に、三枝誠先生に「絶望感というのは、知性や忍耐力がない人には味わうことができないもの」だと教えてもらったことが、とても勇気づけられ、自信にもなっていました。きちんと自分には知性と忍耐力が備わっているという自信です。それゆえに、自分だからこそ、体験できたことがある、と自分の人生を本当に肯定することができたのです。

いま、私にとっての天動説である「科学は人類を幸福に導くものである」という信念が、かなり回復しつつあります。ただし、以前とは違います。科学が神話を支えるものとして発展すれば、きっと科学は人類を(滅亡ではなく)幸福へと導くでしょう。そしてもう一つ、決定的に違うのは、神話はギリシャ神話ではなく、日本神話であるという点です。日本神話とは、空想で書いた物語ではなく、人と神が調和して暮らしを営む姿を描いたものであり、真実を書いていると私は思います。こうした空想(と思われていたこと)を真実にするのに、科学がしっかりと神話を支えてやらねばいけません。

その実現には、科学を脱数学化すると云う思想をきちんと理論にしたものが必要であり、これができるかどうかが、一つの瀬戸際なのではないかと私は思います。そのためには、そもそも数学とは何なのか、という基礎的なレベルから考えていく必要があり、このような研究はやればやるほど面白いのではないかと思います。

ようやく私も、みずからの天動説と向き合い、『もう一度、自分を中心に考えるところまで戻ってくる』ことができる時期に来ているのではないかと、みずからに期待しています。

※ ここで私が日本神話と言っているのは、天地創造論の事と言ってもよい。

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