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高校1年生の時に母をがんで亡くし10年後に医師になって見た日本のがん診療とこれからの話〜母が亡くなってから10回目の誕生日に寄せて〜

初めまして、医師の村本と申します。
今回のnoteを開いていただき誠にありがとうございます。

2017年に筑波大学医学類を卒業し現在医師2年目になります。
そして2018年11月1日で満26歳になります。

私が医師をはっきりと志したのは10年前、2008年の7月14日でした。
高校1年の夏、がんで母親をなくしたときです。

このnoteを読んでいる中にもきっと最愛の家族や親友を何かの病気や事故で亡くされた人がいると思います。
私だけが特別であったわけでは決してありません。

しかし、1人称視点で見ればその時の自分は確実に世界に絶望していました。
自分の生活の中心にいた人は失われ、悲しむ私だけが回る世界に取り残された気分でした。

その時の私を支えていたのは周りの友人と、亡くなる直前に母とたった一つ交わした「将来医者になる」という約束でした。

それから10年後。私は医師になり約束を果たすことができました。
そして日々の診療の中でいろいろながん患者さんとその家族と触れ合ってきました。その頃の自分を重ね合わせてしまうときもあります。

私はまだ医師になってから社会に出てから2年しか経っていない駆け出しの医者です。
でもだからこそ、今学んだことや感じたことを文章に残したいと思いました。

私は自分と同じようにがんで家族をなくして悲しむ人が一人でもいなくなるような世界を目指しています。
私は母のようにがんになってしまったとしても、自分の生きたい人生を最後まで幸せに生きられるような未来を目指しています。

序文だけを載せた投稿に対してまだ会ったことがない人も含めてたくさんの応援をいただいたおかげで書き進めることができました。
とても感謝しております。

私の経験を踏まえながら、がん患者さんとその家族に読んでいただきたいがん診療やがんに関する考え方をまとめました。
もし身の回りにがん患者さんがいなくても、これから誰もしが"がん"となんらかの形で関わる時代ですので流し読みでもきっとお役に立てる日が来ると思います。

稚拙な文章でありまだ医療の経験も浅いためご期待に沿える内容かはわかりませんが読んでいただけたら嬉しいです☺️
本文は全体で3万5千字を超えておりますが、ぜひ序文あとがきだけでも読んでください。

(この文章はがんを治す方法を書いたものではありません。がんに罹患した際は落ち着いて主治医の先生と良く相談して治療について検討してください。)

高校1年生の時に母をがんで亡くし10年後に医師になって見た日本のがん診療

序文

『よーくんに自分が亡くなるところを見せることができて良かった。』

私が高校1年生の時に母と話した最後の会話です。

母は自分が小学生2年生の時に子宮がんにかかり、一度は手術治療で治ったものの中学生の時に再発し最後は自宅で亡くなりました。

最後の最後まで母は私にがんであることを告げませんでした。
私が母ががんであるのを知ったのは亡くなる数ヶ月前に祖母に教えてもらったからでした。

何のがんであるかも最近祖母に確認するまで知りませんでした。

子供に心配をかけまいと最後の最後まで自分の前では弱音を見せなかった母を尊敬しています。

しかし、次第に痩せて衰えていく母の姿を毎日自宅で見続けるのは高1の私にはとてもつらいものでした。

その頃私にとって母は世界の中心であり、勉強を頑張って良い点をとるのも母に褒めてもらいたかったからでした。

何度も泣きました。
母のつらそうな姿を見るのが苦しくて息を詰めたこともありました。
そして母が亡くなった後も世界は無情に回って行き私は独りとり残された感覚でした。

そんな自分を救ったのがこの母の最後の言葉です。

私は医師になる決意をしました。

私が母ががんで亡くなるところを最後まで見届けたことに、何か意味があると信じたかったのです。

それから10年が経ち、私は今、医療現場で医師として働いています。

毎日がんやその他さまざまな病気を抱えた患者さんと関わって生きています。

ひとくくりにがん患者さんといっても、病状や社会背景は人それぞれだということを学びました。

今見ているがん診療の風景を私なりに書き残して伝えたいと感じました。

がんという病気で少しでも患者さんや家族の笑顔が失われないように。

目次

【序文】
【第1章】
 どうして人はがんになってしまうのか
・がんの成り立ちとがんが増えている理由
・若くしてがんになってしまうということ
【第2章】 がんの予防と発見するための検査
・がんリテラシーを向上させるための啓蒙が必要
・人は誰しも自分だけはがんにならないと思ってしまう
・がんの告知
・がんであることは本人に伝えなければいけないのか
・がんを早くみつけるためには
・健康診断を無駄にしない
・今のがん検診の限界
・がんが見つかってから治療に至るまで
・腫瘍マーカーの落とし穴
【第3章】 がんの治療とガンガ治ることとはどういうことか
・がんとはどのようなものであるのか
・がんのはじまり
・がんに対する基本戦略=標準治療
・手術という武器
・化学療法という武器
・放射線療法という武器
・放射線治療の副作用
・照射方法
・放射線抵抗性
・がんが治るとは
・生存率1%や生存期間1ヶ月が自分にとってどんな意味を持つのかを考える
【第4章】がんにおける気持ちのケア
・がん患者さんはどんな気持ちを変遷するのか
・どんな告知の方法が良いのか
【第5章】 がんの緩和と療養
・がんの緩和医療
・鎮痛薬の使い方
・緩和ケア病棟での最後の時間
・がんによって起きる排泄障害
・がんによる咳嗽症状
・最後の時間をどこで過ごしたいか
【第6章】 がんと残された家族
【あとがき】
コラム1 医療者以外の人が医療を学ぶ必要性とは
・患者自身が医療を学ぶ必要があるのか
・どのように正しい医療の知識を身につけたら良いか
・自分に必要な医療情報は何か
コラム2 セカンドオピニオンはどのように活用するのか
コラム3 放射線治療の歴史
コラム4 予後予測はどの程度確からしいのか
【これからの話】
・がん治療を行う医師
・ヘルスケアビジネス
・医療コミュニティ
・医療とエンターテイメント
・医療者の情報発信
【Special Thanks 支援いただいた方のご紹介】

【第1章】 どうして人はがんになってしまうのか

・がんの成り立ちとがんが増えている理由

私の母が亡くなる時、「なぜ母親ががんになってしまったのか」というぶつけどころのない想いを感じました。
どうして母はたばこも吸っていないし健康に気をつけていたのにがんになってしまったのか。

がんになってしまった人や家族は誰しも「なんでがんになってしまったんだ」というやるせない想いを抱えます。

医学部に入り"がん"という病気の成り立ちを勉強しました。

がんとは端的に表すと遺伝子の異常から引き起こされる病気です。
私たちのからだの細胞の一つ一つがそれぞれからだの設計図を持っています。
細胞は分裂するときにからだの設計図もコピーします。

それがDNA・遺伝子と呼ばれるものです。
DNAは全体で約31億対の塩基と呼ばれる4種類の記号の配列で表されます。
遺伝子はこのDNAの中で意味をもつ配列のことを指し、約2万個あると考えられています。

この約2万個の遺伝子のうち、ある遺伝子に異常が起きるとがん細胞が生まれてしまうことに繋がるのです。

実は毎日どんなに健康な人でもいくつものコピー間違いを起こしています。
現代の画像検査では発見できないがん細胞が毎日生まれているということです。

しかし一方、DNAのコピー間違いを治す機能やがん細胞を倒す免疫細胞も体に備わっているので若いうちにがんができることは少ないのです。

ただし年齢をかせ寝るとコピー間違いを治す機能や免疫が上手く働かなくなり、遺伝子異常が蓄積されてしまい自分の力では治しきれないがんが発生します。
日本を含めて世界中で患者さんが増えている理由は、高齢社会と関係があります。

実際、年々がんで死亡する人の数は増えています。(厚生労働省 平成27年人口動態統計月報年計算(概数)の概況 より)
一見がんが勢いを増しているように見えますが、医療の進歩によってがんになってから治る人の数も増えているのです。

このようにがんが起きる背景には遺伝子の異常と高齢化があります。
下記に最新のがん統計を記載している国立がん研究センターの
URLを添付いたします。

・若くしてがんになってしまうということ

高齢者でがんが増える理由はわかりましたが、では若い人ががんになってしまうとはどういうことなのでしょうか。

私の母も30代でがんにかかり40代で亡くなりました。
高齢社会だからという理由では納得することはできません。

がんはある確率で遺伝子異常が引き起こされた結果であるため、若い人でもがんになってしまうということを学びました。

がんになりやすいリスク因子という考え方があります。
副流煙を含む喫煙や、飲酒、ある種の細菌・ウイルス感染などにおいてそれがなかった場合と比べた場合にがんになる確率が高いという研究です。

その他にも、放射線の被ばくや乳がんでは家系的にがんになりやすい遺伝子というのも発見されています。

しかし、先ほど述べたように私の母は上記のどれも心当たりがありませんでした。
強いてあげれば副流煙でしょうか。

リスク因子を考えることは予防医学を考える上で重要です。
少しでもがんになる確率を下げるために日頃から行動を選択する必要があります。
禁煙して飲みすぎず被曝を避けて細菌・ウイルスのチェックをすることでがんにかかってしまう未来を遠ざけることができるかもしれません。

ただし、リスク因子という考え方はそれを気をつけていたのにがんになってしまった人に対してはつらいものだということを医師になって感じました。

がんを告知されたときに今までの生活を悔やむ患者さんが多くいます。
あれがいけなかったんじゃないかとかこうしとけばよかったとか...。

しかし、どんなに嘆いても、結局はがんになった直接的な理由は誰にもわからないのではないでしょうか。
私の母がなぜがんになってしまったのかは誰にも医師になってさえも説明ができないように。

私は健康的な行動を選択してきたはずのがん患者さんに告知する時、
「がんは誰しもある確率で起きてしまうものです。今までの行いで何が悪かったというわけではありません。」と伝えるようにしています。
少しでもがんになってしまったという自分や家族に対する罪悪感を和らげてあげたいと感じるのです。

リスク因子ではがんになりやすい確率の話をしていますががんになってしまった人はすでにがんになる確率は100%です。
その理由を悔やむことに精神を費やしてしまうより、未来を作るための前向きな話の方が意味があると感じます。

私が第一章で一番伝えたいことは、がんになってしまったときに今までの過去を悔やむのではなく、現在と未来をみてほしいということです。


【第2章】 がんの予防と発見するための検査

・がんはあたりまえの病気になりつつある一方、がんリテラシーを向上させるための啓蒙が必要

あなたのがんに対するイメージはどのようなものでしょうか?

がんは今や国民病ともいえるほどよく名前を聞く病気となりました。
その背景に高齢化があることは1章でお伝えした通りです。

近い将来、一生のうちでがんにかかる人は2人に1人にのぼるともいわれています。

一世代前であればがんは不治の病の代表としてとらえられていたかもしれません。
しかし今はがんになっても治療で治ってそのあともご存命の方が多くいます。

しかし、想像以上に医療者ではない人ががんを患ったことがある人と接する機会は少ないと気がつきました。
病気の話は近しい人にもなかなかしないため、医療者でなければがんという病気を日頃意識することは少ないのが実際なのかも知れません。

若い人が身近でがんという病気に出会うのは、多くても祖父母またはご両親合わせて6人程度です。
これでは若い人ががんに対する実体験や知識がないのも当たり前だと感じます。

がん患者さんに100人や1000人単位で出会っている医療者が自らがんに関する知識を広めていく必要性を強く感じています。

・人は誰しも自分だけはがんにならないと思ってしまう

喫煙によってがんにかかる可能性は高まります。
一緒に生活をしている奥さんや子供やご家族のためにも医師としては禁煙を勧めます。

しかし一方で喫煙者が全員がんになるわけではないことも事実であるため、認識のズレが起こってしまうことも多いと感じます。

がんの告知の中でおそらく半数以上の人が「自分ががんになるはずがないと思っていた」という反応を示します。
たとえ医師から見てがんのリスク因子の行動を数多くしていてもです。

今はどなたでもがんにかかりうる時代なのですが、医療者と一般の方との認識にはギャップがあると感じます。

それはやはり先ほども述べたように、身の回りでがんになる方が少ないため自分ごととして考えるのが難しいことが原因なのかもしれません。

・がんの告知

私が医師になってがん患者さんと向き合う時に、特に責任を感じるのはがんにかかっていることを伝えるこの告知の場面です。

伝え方によっては患者さんが希望が持てる場合もあれば、逆に信頼を失ってしまうことにもつながりかねません。

患者さんの受け止め方は人それぞれであり、治療に前向きな姿勢を示す人もいれば心理的な負担が大きく話が続けられなくなる人もいます。

告知の仕方に確実な正解はありませんし、医学教育の中で学ぶ場も少ないのが現状です。
告知に関してはそのほかの技術と同じように上級医の先生の姿・話し方を見て学ぶしかなく、昔は一方的な告知も少なくなかったと思われます。

現在は少しずつ告知に対するスタンダードも確立されてきています。

プライバシーが保たれた静かな場所で話をする・患者さんの理解状況を把握しながら話を進める・「がん」という言葉を聞くとそのあとの説明が頭に入らなくなってしまうためなるべく直接的な言葉を多用しないなど、告知についてより慎重に考えて行われています。

がんの告知の印象だけでそのあとの主治医と患者さんの関係が上手くいかなくなってしまうのはどちらにとっても不利益なことであるため、医師と患者さんの双方の歩み寄りが大切です。

きっと私の母は積極的に治療を受けたいと伝えたに違いないと感じます。
結局、告知を受けた時の母の気持ちは聞くことのないままです。

・がんであることは本人に伝えなければいけないのか

昔はがんが治りにくい病気であったために本人に伝えないまま最後を迎える人も多かったようです。
一方、現在は原則本人に伝えることが主流になっています。
私も特別な理由がない限りご本人にも自分の病気の説明をする方が良い結果につながると感じています。

がんであることを知るのはとてもつらいことですが、それを乗り越えて前向きに治療に取り組むことでむしろ治療成績が良くなったという報告もあります。

またたとえ家族や医療者が直接がんであると伝えなくても、患者さん本人が一番体力が徐々に落ちていくことを感じています。
がんであることはたとえ直接口にしなくても、患者さん本人は感じることなのです。

家族や医療者が本当のことを伝えないことによって、疎外感や不信感を抱いたままで亡くなってしまう可能性もあります。

もちろん今でも、患者さん自身の判断能力が困難である場合や、根治が困難で本人が告知を希望しない場合などは家族や周りの人のみに告知して診療を行う場合もあります。

がんが疑われた際、事前に検査結果を聞きたいかどうかを患者さん本人が決めて家族や医療者に伝えることで告知の際のトラブルは減らせると感じます。

・がんを早くみつけるためには

がんを完全に治すためには早く見つけることが大切ということはみなさんも聞いたことがあると思います。
固形癌ではがんが小さくて全身に広がらないうちに完全に取り除くことが根治するために必要だからです。

がんを早くみつける方法の一つとして健康診断やがん検診があります。
健康診断は一般的な検査、がん検診はがんに特化した検査です。

・健康診断を無駄にしない

会社員であれば毎年健康診断が義務付けられていると思います。
ただし、受けっぱなしで異常を指摘されても病院に受診しない人もいることを医師として感じています。

異常を指摘された方のうち20%の方がその後医学的なフォローを受けていないという調査結果もありました。
自営業の人はそもそも健康診断を何年も受けていないという場合も少なくありません。

確かに日々労働や家事に追われるなかで時間を作って健康診断を受けることに意味があるのかという思いがあることもわかります。

健康診断で再検査がでてもたいていの場合は今すぐ命を落とすわけではありませんし、あなた自身のからだには何も症状がないことが多いからです。

健康診断で異常が見つかった場合は、何通りかのパターンがあります。

正常な人(日本人の平均)と比べると異常ではあるが、あなたには全く害がない場合。(B判定など)
このまま放っておくと病気につながるかもしれない場合。(C,D判定など)
近い将来に命の危険に結びつくかもしれない異常がある場合。(E判定など)

症状が出る前からからだの変化を捉えられるというメリットがある一方で、医療者以外の人だと解釈が難しいという課題もあります。
また死亡率の改善に対するエビデンスがまだまだ不十分です。

その理由としては、
①健康診断は基本全員受けるものなので受けた人と受けなかった人の比較が困難 
②健康診断には健康な人が多く含まれているため統計学的な有意差が出ない 
③健康診断のデータが散らばってしまっている 
などが考えられます。

もしかしたら健康診断にかかる費用の方が健康診断で得られるメリットより高いかもしれないという懸念もあります。

しかし外来で初めて出会う患者さんでは健康診断の結果から得られる情報も多いです。
何年も健康診断を受けていない状態に比べて、去年の健康診断で異常を指摘されてなかったという情報が有用となる場合もあります。

健診のメリットもあると感じているため、私個人の見解では健康診断をやめようというのではなくより適切に使えるようにしたいと思っています。

今私自身健康診断をもっとよく知ってもらおうというアプリケーションを開発しています。もっと健康診断を有効に活用できて、健康に対する不安を減らせることができるたら良いなと思います。

今後は健康診断を追跡することで人が病気になる瞬間を計測したり、病気が起きにくい人の傾向がわかるかもしれません。
医師としてがんを治すと同時に、ヘルスケアサービスを開発して病院にくる前の人の健康も守りたいという想いがあります。

私が作る医療サービスが健診データの蓄積や解析・研究の助けになれば嬉しいです。

・今のがん検診の限界
次は、がんに特化したがん検診のお話もしていきます。
今は肺がんや胃がん・大腸がん・乳がん・子宮頸がん・子宮がんなどがん検診を受けることで利益を得られるがんの種類が明らかになっています。

一方で他の種類のがんでは検診によって早期のがんを必要以上に見つけすぎてしまうという問題点も発生しました。
たとえば前立腺癌がこの例です。がん検診を行なった群と行わなかった群で生存率に明らかな差を認めなかったというのです。

これは前立腺癌が進行が緩徐で治療も奏功しやすいという特徴によるため全てのがんに当てはまる訳ではありませんが、がん検診の有用性については医学的な視点から慎重に考える必要があります。

また、がん検診を受けていても絶対にがんを見つけられるわけではないという現実もあります。

がんと告知された人から「検診を受けているから大丈夫だと思っていた」という言葉が聞かれることも少なくありません。
肺がんや胃がん、大腸がん、乳がん、子宮頸がんなどでは、検診の効果が研究で実証されて方法が確立していますが、その他のがんでは検診で拾いきれないがんがあることも確かなのです。

・がんが見つかってから治療に至るまで

がんが見つかるきっかけはいろいろな場合があります。

胃がんであれば貧血や黒色便を認めた時。
大腸がんであれば便に血が混ざっていた時。
乳がんであればしこりがだんだん大きくなってきた時などです。

すでにリンパ節転移や遠隔転移していて、それを体表から触れたり、原因のわからない体重減少でやっと気付く場合もあります。

まったく症状がないにもかかわらずがん検診で指摘される場合もあります。

診療所やがん検診などでがんが疑われた場合、がんの精査ができる病院に紹介状を書いてもらって受診することになります。
さまざまな検査を並行して行っていくことになりますが、画像の検査は欠かせません。

実際にからだのどの部分にがんがあるのか・がんはどのように広がっているのかについて、超音波検査・CT検査・MRI検査などを用いて評価していきます。
消化器や呼吸器のがんでは内視鏡を用いて実際にがんが疑われている場所を直に見る検査もします。

がんを疑った場合の検査で最も重要な検査はがんの"生検"です。
実際のがん組織や転移したリンパ節の組織を採取して、顕微鏡で本当にがんであるのかをみる検査です。

臨床的にがんと診断することもありますが、この生体検査で確定診断がつきます。

生検は相手がどんな種類のがんか・どの治療法が最も効果的かの戦略を立てるのにも必要です。

がんが確定した場合、患者さんに告知を行い治療法について説明します。

その時点でもっとも救命の可能性が高く、かつ、実行可能な治療法を選択することになります。
患者さんの背景や体力によって次善の策をとる場合も少なくありません。

その後は治療が行える科に再度紹介し、呼吸機能・心機能の検査を行って手術にそなえたり、年齢やその他の要素を踏まえて化学療法や放射線療法の治療計画を立てていくことになります。

治療までの流れを自分で把握し今どの段階にいるのかを知ることによって、治療に対して受け身ではなく前向きに取り組むことができると考えられます。

・腫瘍マーカーの落とし穴

腫瘍マーカーにはどのような役割があるでしょうか?
果たして腫瘍マーカーを測れば必ずがんを見つけることができるのでしょうか?

腫瘍マーカーは血液など体中に存在する「がんに関連するたんぱく質」の総称
です。
がんによって関連するたんぱく質が異なるためそれをひっくるめて腫瘍マ
ーカーと呼んでいます。

からだの中でがんが増大するとがん細胞によって産生されたたんぱく質が増えるため、それを腫瘍マーカーとして測っています。
画像検査でがんを疑う腫瘤を認めた場合に、関連する腫瘍マーカーを測って一定以上の値を超えていたら悪性が疑わしいという判断材料にします。

どのくらい腫瘍マーカーを産生するかは個人によって差があります。
がんがよっぽど大きくならないと値が上がってこないこともあります。

つまり「腫瘍マーカーが低い」=「がんが存在しない」ではないということです。

腫瘍マーカーはがんの種類と一対一対応ではないものも多いため、腫瘍マーカーのみで何のがんと決めつけることはできません。
腺がんか扁平上皮がんか小細胞がんかという診断の助けにはなりますが、結局は生検を行って組織型を特定する必要があります。

逆に腫瘍マーカーだけが上がっていたとしても、その大元となるがんがどこにあるのかがわからなければ治療することはできません。
腫瘍マーカーは他人と値を比較することはできませんしがん以外の理由で上がってしまう場合もあります。

たとえば、腫瘍マーカーの中で前立腺がんのときに用いるPSA(前立腺特異抗原)は、前立腺で限定的に産生されるため部位診断に適していますが、前立腺炎や前立腺肥大症でも上がってしまうため必ずしもがんとは言い切れません。
がんの病勢を反映するものとして治療前と治療後の腫瘍マーカーを比較して効果を確かめることもありますが、個人差も大きいと考えれます。

腫瘍マーカーはあくまで"目印"であり、その他の背景を踏まえて専門的に考慮する必要があります。


【第3章】 がんの治療とがんが治ることとはどういうことか

・がんはどのようなものであるのか

がん治療を受ける前にそもそもがんとはどのような存在であるかを知る必要があると思います。

この前提の知識がないと自分が今何のためにどのようなことを行っているかが想像できないからです。

がんは悪性腫瘍とも呼ばれます。
漢字の癌はがんの中で上皮性のものを指します。

腫瘍とよばれる病気の本態は、過剰に増殖した細胞の塊であり、良性と悪性の分類があります。

良性であれば放っておいても良いが悪性は見逃せない。
その違いは一体なんでしょうか?

良性腫瘍と呼ばれるグループは、原則ある程度の大きさになった時点で成長が止まります。

それが明日か数十年後かはわかりませんが、他の組織を押しのけて圧排することはあっても、細胞と細胞の間に浸潤して組織を破壊することはありません。

顔や体表面にできれば美容的な問題はありますが、基本的にはあなたの命を脅かすことはないというのが良性腫瘍の特徴です。

一方、"がん"と呼ばれる悪性腫瘍は遺伝子のプログラムエラーによって限りなく増殖・浸潤を続けます。

最終的に宿主が亡くなるまで増え続けてしまうから見つけたらなるべく早く治療しないといけないのです。

がんは成長の過程で隣の組織や臓器に"浸潤"して直接破壊したり、血流やリンパの流れに乗って遠くの臓器に"転移"したりすることもあります。

成長するスピードはがんの種類によってさまざまで他の病気による寿命で亡くなるくらいゆっくりに増えるものもあれば、瞬く間にからだ中に広がり発見からわずか数か月で命を落とすこともあります。

・がんのはじまり

どんながんも、はじまりは1つもしくは少数のがん細胞です。

正常細胞は分裂できる回数が決まっていますが、あるきっかけで遺伝子に異常が起ると無限に増殖する力を持ったがん細胞が生まれてしまいます。

しかし、からだはがん細胞に対して無力なわけではありません。
あなたの免疫細胞はがんになった自分の細胞を見分けて倒すことができます。

今話題の免疫チェックポイント阻害剤は、がん細胞が免疫細胞から逃れるのを阻害する薬です。

実はがんとして肉眼的に発見される前にも細胞レベルでは毎日たくさんのがん細胞がからだのいたるところに生まれていると考えられています。

若いうちは免疫細胞ががん細胞に打ち勝つことができますが、高齢になって免疫細胞の力が落ちたりがん細胞に遺伝子異常が蓄積したりすることで倒しにくくなるのです。

結果、がん細胞の増殖を自分の力で止めることができなくなってしまいます。

今の医療の力でぎりぎり見つけられるがんの大きさは、直径5-10mm程度と言われています。
驚くべきことに10mmのがんのなかにはすでに、がん細胞が10億個含まれていると言われています。

自分の免疫細胞では倒せなくなったがん細胞のかたまりを、手術・抗がん剤・放射線を用いて体内から完全に取り除くという考えががんの標準治療です。

がん細胞1つ1つは普通の細胞よりダメージに弱く放射線や抗がん剤が有効です。
しかし、治療を上回るスピードで増殖したり、攻撃を逃れたがん細
胞が再び大きくなったりすることによって最終的には命を奪ってしまいます。

がんという敵は単体の細胞では弱いのですががんの塊となって増殖するから手強いのです。

・がんに対する基本戦略=標準治療

標準治療は現在確立している最も効果が高い治療のことで、日本のどこにいても同じ医療が受けられるから"標準"治療と呼ばれます。
決して"平均的"な効果というわけではありません。

がんにおいて標準治療を無視したり遠ざけたりすることは、患者さんの生存率を有意に低下させます。

代替治療を標準治療に併用した群も標準治療のみの群に比べて生存率が低いことから、代替療法を勧める人も勧められる人も要注意です。

・手術という武器

がんと戦う上で、今人間が持っている武器は限られています。
その限られた武器をどのように使い分けしていくのかをお伝えしていきます。

がんに対する治療のなかで皆さんが最もイメージしやすい方法は「手術」でしょう。

がんは無限に増殖を繰り返す細胞のかたまりですが、そのかたまりごと完全に体の中から取り除くことによってがんを根治するという考え方です。

手術の欠点はからだに対して侵襲的であるということです。
紀元前より悪性腫瘍に対する手術を行なっていたという文献が残っていますが、近代に至るまで麻酔はなく、患者さんは痛みに耐えながら手術を受けたといいます。

昔は手術による出血や感染によって亡くなってしまうことも多かったです。
今は麻酔技術や感染予防や疼痛コントロールの技術が上がって、ひと昔前と比べて安全で痛みが少ない手術が行われています。

日本での手術による死亡率は他国に比べて低いと報告されていますが、それでもゼロパーセントというわけにはいきません。
今に至っても手術にリスクはつきものであるためそれを理解した上で同意する必要があります。

手術に対する抵抗感を和らげからだになるべく優しい手術をするために発達したのが腹腔鏡や胸腔鏡などの内視鏡を使った手術です。

細長いカメラをからだのなかに入れて作業することで手術の傷を小さくし、出血量をおさえるメリットがあります。

ただし、カメラで見えにくい場所の手術はおこなえません。
三次元のからだの中を二次元の画面で見なくてはいけない課題を解決するために、近年は3Dモニターを用いたり遠隔で手術操作ができるロボット手術も試みられています。

このように日々進歩している手術ですが、手術で根治できないがんとはどのようなものでしょうか?

がん腫瘍の周りには目には見えない小さながん細胞がいて、隣の組織に浸潤して入り込んでいるため、その部分も切り取らないと周囲から再発してしまいます。

つまり、のりしろを持って切り取らないといけません。

そのためがんがある一定より大きくなってしまった場合はのりしろが十分に取れないため手術がおこなえないのです。

またすでにがんが遠くの臓器に転移している場合も肉眼で見えないがん細胞がからだ中に散らばっているということであるので手術で完全に治すことはできません。

手術で目に見えるかたまりを全部取りきっても、からだを巡る血液に目に見えないがん細胞が残ってしまうからです。

その血液の中の小さながん細胞をやっつける役割を果たすのが「化学療法」です。

・化学療法という武器

近年のがん患者さんの予後の改善は化学療法の発展とともに歩んできました。

化学療法によって、がんの再発の元となる目に見えないがん細胞を倒せるようになってきたのです。

化学療法はからだ中に拡散したがん細胞を倒すいわば飛び道具のような治療戦略です。
医療の中でも進歩の早い分野であり3年前の常識が時代遅れになる領域です。

抗がん剤は髪が抜けて気持ち悪くなってと副作用のイメージが強いかもしれませんが、今は昔と比べて副作用の少ない抗がん剤が開発され外来通院でも当たり前に行われるようになりました。

抗がん剤は大きく”殺細胞性抗がん剤”と”分子標的薬”の2つに分けられます。

がん細胞は増殖が速いという特徴を持っていることを利用して、細胞分裂が早い細胞を目標にした薬が殺細胞性抗がん剤です。

殺細胞性抗がん剤は、成長が早い細胞を狙うため、髪の毛や腸上皮(表面の細胞)などのからだのなかで成長が早い正常細胞も攻撃してしまいます。
そのため髪が抜けたり、下痢・吐き気を起こしてしまうのです。

一方でがんが成長する上で必要な分子を狙って攻撃してがん細胞の成長を妨げるのが分子標的薬と呼ばれる薬です。

分子標的薬は抗体製剤を用いてがん細胞が増殖するのに必要なシグナルを担う分子のみを使えなくするため、従来の副作用は少なく、がん細胞にその分子がたくさん出ているほど(依存度が高いほど)効果があります。
しかし、値段が高いというデメリットや今までの抗がん剤にはなかった副作用もあります。

最近ノーベル賞を受賞して話題の免疫チェックポイント阻害剤も分子標的薬に含まれます。
これは免疫細胞をかいくぐるためにがんが出している分子を阻害することで、自分の免疫力でがん細胞をやっつけられるようにするという仕組みです。
開発からわずかの時間でいろいろながんで効果が証明されています。
一方免疫機構が活性化しすぎることによってさまざまな臓器障害を引き起こす副作用も報告されています。

抗がん剤の使いどころは、手術でがん細胞の原発巣を取ったあと再発を防ぐために使う“術後化学療法”。
手術の前に抗がん剤でがんのかたまりを小さくする“術前化学療法”。
放射線治療と併用することで相乗効果を示す“化学放射線療法”。
などさまざまな使われ方をします。

しかし抗がん剤は、リンパ腫などの血液がんを除いて、化学療法だけでは根治に結びつけることは難しいという欠点があります。

がんの増殖をおさえることで、寿命を数カ月から数年間伸ばすことはできます。
ただし手術や放射線治療ができない進行したがんの場合、化学療法の効果は限定的です。

抗がん剤ではやっつけきれなくなったがん細胞が再発をおこしたり、がん細胞の遺伝子がさらに変異して徐々に抗がん剤が効かなくなる薬剤耐性を獲得したり、薬を変えても副作用が効果を上回ってしまったりすると化学治療を継続することができなくなってしまうのです。

今日今この時も新しい薬の開発や、抗がん剤がどれだけからだの中のがん細胞1つ1つに届くかというドラッグデリバリーの研究が進んでいます。

・放射線療法という武器

がんに対する三本柱の最後の1つが放射線治療です。

欧米ではがんにかかったおよそ6割の患者さんが一生のうちで一度は放射線治療受けていると言われていますが、日本では3割ととても少ない現状があります。

その背景には認知度の低さや放射線という言葉への抵抗感、日本の放射線治療医が少ないことが背景にあるのかもしれません。

しかし決して日本の放射線治療が遅れているわけではありません。
放射線治療の中でも陽子線を含む粒子線治療は世界の中でも日本が数多く保有しておりリードしています。

そして放射線治療は手術と同様に固形がんを根治できる唯一の局所療法です。
放射線治療ではどのようにしてがんを治すのでしょうか?

放射線治療の流れをご紹介します。
まずがん患者さんはCT検査を行ってからだの輪切りの画像をとります。
次にそのCT画像を地図のように使って、がん細胞がいると考えられる部分をマーキングします。
そしてマーキングした場所にめがけて、コンピューターで計算して緻密に放射線を当てます。
放射線はがん細胞の遺伝子を破壊してがん細胞を直接破壊したりアポトーシス(自死)に追いやります。

・放射線治療の副作用
一方、まわりの正常細胞も放射線によってダメージを受けてしまいます。
例えば腸管の細胞は放射線治療に弱いのですが腹部の照射では腸管への被爆は避けられません。

またからだの中の臓器は呼吸や姿勢によって位置が移動するため、幅を持って放射線を当てる必要があります。
今は技術の発達でなるべく的を小さく絞ることができ、頭頸部など大事な臓器が多い場所でも副作用が少なく行えるようになりました。

・照射方法
照射方法としては、分割照射と定位照射があり、前者は比較的小さなエネルギーで何回も放射線を当てる方法です。

がん細胞よりも正常の細胞の方が回復力が高いので分割照射では細かく何回も放射線を当てることでボディブローのようにじわじわ効いてがんを小さくすることができます。

定位照射は高エネルギーの放射線を集中的に一気にがん細胞のかたまりに当てることで少ない回数で治療を行います。

・放射線抵抗性
放射線が効きやすいがんと効きにくいがんがあります。一般に扁平(へんぺい)上皮がんや小細胞がんは効きやすく、腺がんは効きにくいと言われています。

周りの正常細胞にダメージが蓄積されるため同じ場所に何度も放射線をかけられないという欠点もあります。
そのため放射線をかけた場所から再発してしまうと再治療ができない場合があります。

放射線治療をしたあとの早期の副作用として、頭部では嘔気、腹部では下痢・嘔吐などの消化器症状、そのほか皮膚炎など放射線を当てた場所に一致して炎症が起きます。早期の副作用は照射終了後に徐々に回復します。

一方晩期有害事象では半年~数年で出てくる副作用もあるため長い期間のフォローが必要です。潰瘍形成や二次発がんを防ぐことが課題です。

近年の臨床研究では手術と放射線治療で予後が変わらないがんもあり、今後益々の治療成績の向上が期待されます。

・がんが治るとは

がん治療の評価は5年生存率が主流です。
乳がんなどの再発する期間が長いがんを除いて、がんは根治治療から5年以上経ってから再発する割合は少なく、治療から5年間で再発がなければ完全にがんは治っていると考えるのが一般的です。

がんに対して根治的な治療をしたあと5年間は病院に数カ月~半年ごとに通院し、5年がたったところで「がんは治りました」といって通院が終了することが多いのもこのためです。

一方、5年生存率の先のさらなるデータ解析も行われています。
全国がんセンター協議会から、3万人以上を対象とした大規模ながん種類別の10年生存率が発表されました。(下記引用)
もちろんこの中には悪性度の高いがんから低いがん、進行度が早期から末期まで含まれています。

全がん協部位別臨床病期別10年相対生存率
(2001-2004年初回入院治療症例)

上皮内がん、粘膜内がん、臨床病期0期は含みません。
再掲1 結腸がん、直腸がんを合わせて大腸がんとした。


その結果全てのがんの10年生存率は58%という結果となりました。
これはつまり3人に2人はがんにかかったとしても、そのうち3人に2人近くの人が10年間生きられるということです。

もちろんがんが早めに見つかるようになった背景もありますが「がんになったら人生の終わり」といった時代は終わりつつあることを示しています。
新しい薬剤や治療によって10年後はさらに生存率が上がっている可能性もあります。

生存率が高いがんとして前立腺がん・乳がん・婦人科のがんなどがあります。
一方、生存率が平均より大きく下回ったのは食道がん・肝臓がん、そして不動の膵臓がんです。

胃がんや大腸がんは5年を超えると生存率は横ばいで5年間再発しなければがんは完全に治ったということがいえそうです。
では5年を越えても死亡率が上がってしまうがんには何があるでしょうか?

先ほども述べたように1つは乳がんです。
乳がんは見つかった時にすでに全身の血流に乳がんの細胞が散らばってしまっている場合が多いという性質が原因だと考えられます。

もう1つは肝臓がんで、これは一度がんを根治しても肝臓自体ががんが起きやすい状態であるため、次々と新しいがんが発生してしまうからと考えられています。
背景としてアルコール性・非アルコール性脂肪肝や肝炎ウイルスによる肝硬変がありますが、肝炎ウイルスに対する薬が開発されたため今後はそれ以外の原因が増えると言われています。

自分がかかったがんが何をもって治ったと言えるのかを知ることは大切です。
一方、再発リスクのあるがんを抱えながらどう向き合っていくかも大切です。

・生存率1%や生存期間1ヶ月が自分にとってどんな意味を持つかを考える

治療法を選択する時に生存率1%・生存期間1ヶ月が自分にとってどんな意味を持つかを考えることが重要です。

がんに対する治療の効果は5年生存率(がんと診断されてから5年後に生存している人の割合)で評価します。
もし治療法に複数の選択肢があった時一番気になるのはこの生存率でしょう。

がんで病院にかかった場合、標準治療で生存率がもっとも高い方法をまず提案することが一般的です。

5年間のデータ収集が難しい場合やそれより予後が短い場合は生存期間中央値で評価されることがあります。

例えば、新しい抗がん剤についての研究では生存期間中央値が今までの抗がん剤と比べてどれだけ伸びたかで判断します。

生存期間中央値はがんと診断されてある治療を行った人のグループの中でちょうど真ん中で亡くなった人の生存期間を表しているため、その期間より早く亡くなった人もいれば長生きした人もいることを忘れてはいけません。

このように、がん医療は5年生存率を1%でも高く、生存期間中央値を1カ月でも長くなるように弛まず研究を続け治療を行ってきました。
その結果新しい治療法や新しい薬が開発されがん医療が進歩を続けてきたことは間違いありません。

しかしがん患者さん個人で考えると一番生存率・生存期間が高い方法がもっとも良いとは断言はできません。
大切なのはあなたにとって何が大切なのかを考えることです。

1%でも生存率が高い治療を行いたいという意思のある人はその意思を尊重してできる限りの治療を受けることが最善かもしれません。

一方で、生存率が少し下がっても副作用が少ない治療を行いたいという考えも尊重されます。

たとえば仮に手術と放射線治療を比べた時に手術の方が1%だけ生存率が高いという場合があったとします。
1%でも高い手術を選ぶことはまず考えられる選択肢です。
しかしあなたが絶対に手術だけは受けたくないという考えを持っていた場合、1%しか差がないのであれば手術を受けたくない意思を尊重することも間違いではないと考えられます。

化学療法にしても1カ月でも長生きするために新しい薬を選択することも、副作用が少ない薬を選択することもどちらも間違いではないかもしれません。
治療効果は同等(非劣性)で副作用が少ない新薬が開発される場合もあります。

大事なのは、あなたが何を大事にしているのか自分で把握することです。
医師は情報提供や治療法の提案はできますが、患者さんの心の中や価値観まで読み取ることは簡単ではありません。

今までの医療は「全て医師に任せます」というパターナリズムが主流でした。
ですが、これからは医師も患者さんも一緒にチームとなって治療計画を考えていく関係がスタンダードになります。

医師と患者さんの関係は共に病気に立ち向かうパートナーです。


【第4章】 がんにおける気持ちのケア

・がん患者さんはどんな気持ちを変遷するのか

母をがんで亡くした経験はありますが、私自身はがんにかかったことはありません。

しかし日常の診療のなかで多くのがん患者さんと関わってきました。
その中でがんと診断された患者さんと家族の精神的なサポートが必要であるという実感があります。

終末期研究の先駆者と言われる精神科医キュブラー・ロスによると、がんを告知された患者さんは5段階の死の受容過程をたどるとされています。

第一に、がんであることを頭では理解しても心が否定し何かの間違いだと逃避する段階です。本人が告知を受け止めるために時間を要します。

第二に、「どうして自分が」という怒りを感じる段階です。他人への八つ当たりのように見えてしまうこともあるかもしれません。周りが受け止める配慮が必要です。

第三に、あらゆる可能性にすがろうと思う段階です。効果のない方法や宗教詐欺にもだまされてしまう可能性があるため注意が必要です。

第四に、死の回避が困難であることを悟り絶望や虚無感を感じる段階です。抑うつ症状を来してしまうこともあり、精神的な医療介入が必要な場合もあります。

第五に、自分の死を受け入れ死生観を形成し、穏やかに受容する段階です。

この気持ちの変化は絶対的なものではなく、個人差がありますし、どの段階が良いとか悪いとかではありません。

それぞれの気持ちの時にどのようなトラブルに陥りやすいのかを事前に本人や家族が知っておくことが大切だと感じます。

がん患者さんは一定の割合でストレスに対する適応障害やうつ病を来してしまうとされています。

大切なことはストレス反応は誰にでも起きうることで、それを他人に知られまいと我慢したり、恥ずべきことと考えたりする必要はないということです。

医師よりも看護師の方が患者さんの気持ちに近づくことができる場合もあります。
そのため、最近では医療者でチームを組んで精神的なサポートを行う取り組みがスタンダードになって来ています。


臨床研究でも多職種のチームで診療することが抑うつ症状や生活の質を改善することが示されています。
たとえ予後が不良な患者さんだとしてもです。

本人のサポートはもちろんですが、アメリカの精神科医が提唱した「社会的再適応評価尺度」によると自身の病気よりもパートナーの死の方が克服にかかる時間は長いとされています。

私自身もそうであるように、がんで身内を亡くした後の家族のサポートがこれから重要になる時代だと感じます。

・どんな告知の方法が良いのか

がんの研究が進むにつれてさまざまな診療科からの目線で腫瘍学が研究されるようになりました。
その中の1つに精神腫瘍学(Psycho-Oncology)という分野があります。

がん患者さんを精神科からみた学問であり、がんと診断された患者さんのうつ症状や適応障害について取り上げています。

厚生労働省の統計によると健康問題による自殺者数は12000人にも登り、その大半をうつ病が占めています。

2014年のYamaguchiらの研究によると、がんと診断された人はがんにり患していない人に比べて、1年以内に自殺するリスクが23.9倍になることがわかりました。

がんになったことによる精神的・経済的苦痛によって自ら亡くなってしまう命があるのです。

がん患者さんがうつ病をきたす時期は告知後や再発後が多く、進行期肺がんと告知されたあとのがん患者さんの実に20%がうつ病を有しているとも言われています。

先ほども述べたように日本においてしっかり本人にがんの告知をする文化が確立されたのはほんのここ10年です。
まだ医師によって告知の方法やかける時間がさまざまで決まった方法が確立されていません。

どんな告知であれば患者さんの精神的な苦痛が軽減されるのでしょうか?

2009年のFijimoriらの調査によると欧米と比べ日本人はがん告知においては情報を正確に伝えられるよりも、自分の心情を理解してほしいという傾向にあることがわかりました。

これは欧米が多民族国家であるのに対し日本人が単一民族であるため、患者さんが医師に自分の事情や背景を理解してほしいという気持ちが強いと解釈されています。(多民族国家では背景が違うのが当たり前であるため理解されたいという気持ちの表出が少ないと考えられています。)

また告知をする内容が曖昧か正確かにかかわらず、医師から患者さんへのアイコンタクトがあることによって患者さんの満足度が高いことがわかりました。

がん終末期におけるQOLに関して、日本人は苦痛がないことに加えて他人の負担にならないこと・家族や医療者との良好な関係を持つことを望むことが2007年のmiyashitaらの調査でわかっています。
周囲との良好な関係性ががん患者さんのうつ病予防に貢献することが期待されます。

がんが死亡原因のトップを占めるようになったのはここ30年です。
患者さんに限らず、医師にとってもがんに対する心の準備が足りていない現実があります。


【第5章】 がんの緩和と療養

・がんの緩和医療
緩和医療は主にがんによる疼痛や苦痛を和らげてQOL(生活の質)を改善するための治療です。

緩和医療は鎮痛薬だけでなく吐き気や便秘といったがんの治療に付随する症状や副作用に対して適切な対症療法を行っていくことも含んでいます。
そのためがんと診断された人はどんな治療法を選択したとしても関わる領域です。

以前は根治的な治療の手立てのない人のための”その場しのぎ”の姑息的治療というイメージが強かったですが、現在はがんの根治的治療を開始する前から積極的に苦痛や症状を取った方が良いとされています。

最近の研究では緩和医療によってがんの症状を取るだけではなく、生命予後の延長も期待できるという報告があります。
がんの症状や治療の副作用を適切に緩和することで受けることができる治療の選択の幅が広がることが一因と考えられています。

緩和医療の代表的なものとしてはがん性疼痛に対する鎮痛薬の使用があります。
がん性疼痛は臓器や骨・神経への浸潤によって引き起こされ、けがややけどの痛みと違い自然に改善せず、ほっておくと慢性的に持続することが知られています。

・鎮痛薬の使い方
WHOによると鎮痛薬の使い方は、「1.まず経口から、 2.時間どおりに規則正しく、3.効果の弱いものから徐々に増量し、4.患者さん個別の量を決めて、5.その他細かい症状に気をつけながら」使うのが基本です。

まずは副作用の少ない種類の鎮痛薬から開始しますが、がんが進行するにつれてモルヒネなどの麻薬鎮痛薬(オピオイド)を使用しないとならない状況になる事も考えられます。

麻薬鎮痛薬は吐き気や便秘といった副作用も多く、麻薬という言葉からも怖いイメージを抱く人が多いかと思います。
しかしがんの疼痛に対しては、痛覚の受容体に直接働きかける麻薬鎮痛薬しか効きにくい場合もあります。
また現在は副作用に対しては予防的に吐き気止めや便秘の薬を使うことがスタンダードになっています。

副作用は個人差が大きい為医師と相談しながら用量を調整していくことが大切です。
がんと闘う決意をした患者さんには我慢強い人が多い印象があります。つらい時は我慢するのではなく、正直に医師や看護師に伝えて欲しいと思っています。

緩和医療を導入することで、身体的にも精神的にも私たち医療従事者が患者さんの支えになれたら幸いです。

・緩和ケア病棟での最後の時間

緩和ケア病棟とは、がんの根治治療ではなく苦痛を和らげて穏やかに過ごすための病棟です。

私が緩和病棟でお看取りまで関わった患者さんのご家族から言われた印象的な言葉がありました。
「最後の時に本人の苦痛が和らいで、緩和病棟に入院してよかったです。」と。

まだあまり緩和病棟については知らない方も多いかと感じますが、がん患者さんの最後の場所の選択肢の一つだと思います。
では緩和ケア病棟ではどのようなケアを行っているのでしょうか?

第一に先ほども述べたようにがんによる痛みの管理です。
がんが進行すると多くの場合がん性疼痛を認めます。
まずは内服の鎮痛薬を定期的に飲み、痛みが増強した時にレスキューという追加の薬を使います。レスキューを1日に数回ですむように、鎮痛薬を増量します。

しかし、からだが衰弱して内服薬の使用が困難になった場合や痛みのコントロールが難しい場合はモルヒネを含んだ医療用麻薬の注射を行います。

麻薬鎮痛薬には経口のものもあれば皮下注射といって、細い針を上肢もしくは下肢に挿入してポンプを使って持続的に鎮痛薬を投与する方法もあります。
痛みが増強した場合はボタンを押すだけで追加の薬剤が投与されレスキューとして使用することができます。

がんによって徐々に全身状態が悪くなってくると、食欲が低下し食事量が減少していきます。からだが栄養を受け付けなくなるようなイメージです。

その中でも無理のない範囲で口からお食事を食べることは本人の楽しみにもつながります。持ち込み食で本人の食べたいものを持ってくることも可能な場合が多いです。

さらに病状が進行して食事が全く食べられなくなったり水分も取れなくなったりした時は、点滴による水分・栄養の補充も検討します。
しかし、がんの末期の状態ではそもそもからだが栄養を受け付けなくなっているため、たくさんの補液はかえってむくみや呼吸困難を増悪させる恐れがあります。
そのため行うとしても少量にするか、補液を行わずに自然な経過に任せる場合もあります。
飲水を行えないと口の中が乾燥するため、霧吹きや湿らせたガーゼで口の中を潤してきれいに保ちます。

がんによって痛みだけではなく息苦しさも自覚することがあります。
自覚症状をとるために酸素投与や麻薬鎮痛薬のモルヒネも効果があるとされています。

栄養状態が低下して血液中のたんぱく質が減るとからだがむくみやすくなります。
腹水といってお腹の中に水がたまって吐き気や膨満感・腹痛の原因になります。
肺に水がたまる胸水では呼吸の苦しさにつながることがあります。

胸水や腹水の症状が強い場合は水を抜く処置も検討します。

最後は徐々に覚醒している時間が短くなり傾眠傾向となります。
いよいよ終末期となりがん性疼痛が医療用麻薬でも改善しない場合は本人の意識を少し落とすような鎮静薬を使用することもあります。

がん患者さんの最後の経過はそれまでと比べて想像以上に急速です。
緩和病棟に入院して症状が改善したとしても会わせたい家族にはなるべく早く連絡をとることを勧めます。

本人が話せない状態で苦痛がないかどうか表情を読み取っていくことも大切です。

・がんによって起きる排泄障害

がんは死亡原因の第1位ですが、実際にどんな症状が起きるかについては想像できない人がまだまだ多いと感じます。
がんの症状の中でも人間の生理的な活動の一つである排泄についてひも解いていこうと思います。

一つは腸閉塞です。
消化管のがんや腹腔内の転移で起こりうる症状です。大腸や小腸にがんができ、増殖することによって腸が詰まってしまう状態です。

腸が途中で詰まるということは、食べ物や飲んだものがその先に進まないということです。
食べ物やガスがお腹にたまることによってお腹の張っている感じや吐き気が出てつらくなります。
食べたものを吐いてしまうこともあります。

腸閉塞が起きた場合の対応としてはステントといって狭くなった腸の中をトンネルのように広げる金具を留置する処置や手術で狭くなっている腸を切除する方法があります。

便の出口がふさがれてしまっている場合は、人工肛門(ストマ、ストーマ)といって腸管をお腹につないで、便が出る場所を作ります。

ストマは見た目に抵抗がある人が多く拒否される人もいらっしゃいます。
しかし、最後まで自分の口から食べ物や飲み物を摂取することができるメリットがあります。

がん自体は治せなくても人間にとって口から食べられるということは尊厳を保つという点でも重要です。

ステント留置や手術は全身状態が悪いと行えないこともあります。その場合吐き気や腹痛を緩和しながら食事をストップして自然な経過をみることとなります。

二つ目は尿閉です。
尿閉とは、尿の通り道がふさがれてしまうことで、婦人科がんや泌尿器がんなど腹腔内のがんによって引き起こされます。

尿の通り道がふさがれると、腎臓に尿が貯まってしまう水腎症という症状が出ます。
水腎症になると、細菌感染を起こしやすくなったり、腎臓の機能が悪くなったりしてしまいます。

尿が全く出なくなると、不要なものを捨てられず、すぐに全身状態
が悪化してしまいます。
腎臓は片方あれば、からだの中の悪いものをろ過して捨てることができますが、がんの場合は進行することによって両方の腎臓が水腎症になってしまう可能性もあります。

処置としては尿管にステントを留置したり、背中から直接腎臓に通り道(腎瘻カテーテル)を作ったりする処置を行います。毎日尿が出ているかの確認と、定期的にカテーテルの交換が必要となります。

排泄は人が生きていくには欠かせない要素です。がん患者で排泄に異常がある場合はすぐに相談する必要があります。

・がんによる咳嗽症状
肺がんやがん性胸水がたまった患者さんではつらい咳症状に悩まされることがあります。

咳が続くと夜も眠ることができず体力も削れてしまうため、身体的にも精神的にも疲労を感じてしまいます。
咳嗽のマネジメントを行う事も緩和ケアでは重要になります。

がんでない人でも急性上気道炎(かぜ)で咳に悩まされた経験がある人も多いと思います。

もともと咳は気道内の異物や細菌・ウイルスを出すために備わっている機能と言われています。
気道に異物が入り炎症が起きると、脳の一部である延髄にある咳中枢に刺激が入り反射的に咳がでます。

反射的に出るため自分の意識ではコントロールすることができないのがつらい点です。

かぜ症状の患者さんでは鎮咳薬や痰を出しやすくする去痰薬を使うことでせき症状を和らげることができますし、自然経過で症状は良くなっていくことがほとんどです。
非麻薬性の末梢性鎮咳薬としてはデキストロメトルファンという薬があります。
副作用が少なく使いやすいため咳が出るかぜの患者さんによく使われます。

一方、肺がんの患者さんでは気道異物がないのに咳嗽が起きてしまうことがあります。がんや胸水によって咳嗽に関わる神経に刺激が加わることが原因です。

かぜ症状の時の痰が混じったようなぜろぜろした咳は湿性咳嗽と言います。
一方でがんによる咳嗽は気道内に痰などがないので、乾性咳嗽、いわゆる空咳が出るのが特徴です。

がんによる咳嗽症状に関して、非麻薬性の鎮咳薬で改善しない場合緩和のためにコデインやモルヒネといったオピオイド(麻薬性鎮痛薬)が鎮咳薬として使われます。

このオピオイドでは痛みを抑える仕組みと同じように延髄の咳中枢の働きを抑えるため咳嗽を緩和することができると言われています。
またがん患者さんの息苦しさ・呼吸困難にはモルヒネが唯一エビデンスを持って効果が証明されています。

つらい咳嗽が出現した時に我慢せずにオピオイドの頓用を使うことで咳嗽のコントロールができる場合があります。
自分で咳嗽をコントロールができると感じることで、身体的だけでなく精神的にも楽になります。

麻薬性鎮咳薬の副作用として眠気があるため、日中眠くてつらくならないように容量を調節する必要があります。

・最後の時間をどこで過ごしたいか

直前までテレビで活躍していた著名人が体調を崩してからあっという間にがんによって亡くなってしまうケースを目にしたことはあるでしょうか。

がんの場合、認知症や脳血管障害などとは違い病状が末期まで進行するまではある程度生活における活動度を保つことができます。

そのため、最後の過ごし方について選択の幅があるとも言えます。

最後まで治療を諦めずに続ける人がいる一方、治療法がない場合や副作用で治療継続が出来なくなった場合など、積極的な治療をせずに緩和医療だけ続けて自分の大切な人とゆったり過ごす選択をする人もいます。

私の母の場合は、最後の時を自宅で在宅医療を受けながら過ごしました。
徐々に痩せていく姿を見ることにはとても悲しみを覚えましたが、最後の時間を自宅で一緒に過ごし、亡くなる姿をそばで見守ることができてよかったと思っています。
本人も自宅で亡くなることを希望し、それを叶えてくれた在宅医療にとても感謝していました。

現在は核家族化しており高齢者の2人暮らしや独居が多い状況です。
そのため、いざ自分ががんになった時に近くに頼れる人がいない状況も十分考えられます。
また家族がみんな働いている場合、在宅医療を選択しづらい心境もあるかと思います。

現在は医療者のサポートを受けて自宅で見ていくこともできるようになってきています。
はじめから選択肢の幅を狭めず患者さん本人と家族が納得できる道を探すことが重要です。

日本は死に対して触れてはいけない話題であるような風潮が強いと感じます。
そのため、高齢であっても亡くなる時のことを家族と話し合っていないケースが少なくありません。

これからは病院で亡くなる人が減り、自宅や施設で最後の時間を過ごす人が多くなる時代です。
元気なうちからがんにかかった時のことを本人と家族がよく話し合う必要があると感じています。

医師にとってもがんという領域は死とは切っても切り離せない分野であるため、そこにやりがいを感じる医師もいれば、そこに無力さを感じることもあります。

私は身内をがんで亡くしているため、がんにかかった患者さん本人だけでなく、そのご家族を支え、双方が納得のいく最後を迎えられるようにすることにも使命を感じています。


【第6章】 がんと残された家族

これまで何度もがん患者とそのご家族の別れに立ち会わせていただきました。

がんという病気はがん患者本人だけではなく、その家族にも負担を強いることになります。
私自身もがん患者の遺族であり、医師として遺された家族を癒すことは私自身を癒すことにもつながっています。

WHOでは、少ない時間の中で残された家族ががん患者さんとの死別後にもうまく適応できるような支援を行うことが重要であると位置づけています。

前章でもお話ししたようにがん患者は他疾患と違いぎりぎりまで活動が保たれます。
そのため、周りの家族がまだ大丈夫と感じていても急な別れになることが少なくありません。

またがんなどの大きな病気にかかると、その家族はどうにか治そうと治療法や食事療法、そして誤った民間療法などの情報までを積極的に集めるようになります。
健康被害を受けている人に漬け込むような宗教や詐欺にも気をつけなければいけません。

無理な励ましはがん患者本人にプレッシャーを与えてしまったり、誤った情報を伝えてしまったりする危険性に注意する必要があります。
周りの人ががん患者や家族に励ましの言葉を投げかける場合「大丈夫、大丈夫」と当人たちの苦悩を過小評価してしまうと、かえって有害なサポートになってしまいます。

また一方で、がんが進行し終末期にさしかかると食い止められない症状に対して家族自身が無力感を感じることが多々あります。
がん患者さん本人から不安の訴えが出るとどう応えたらいいかわからなくなってしまうのです。

確立した答えはありませんが、不安の訴えに関しては言い返したり無理に励ましたりするのではなく、ただ隣で傾聴することが重要です。

そして最後の時間を迎えた場合に心臓マッサージなど侵襲的な処置を行わないDNARや、苦痛が大きくなった時に鎮静を行うかどうかの判断をがん患者本人と家族が共に考える必要があります。

本人と家族と病院で一度はDNARを確認していても、実際に心停止してしまった時に救急車を呼び心臓マッサージを開始してしまった例がありました。
病院到着後も心臓マッサージを40分続けても拍動が戻ることはありませんでした。
心臓マッサージの様子をご家族に見ていただきようやく中止する意思決定をすることができました。

特に高齢者の夫婦2人暮らしでは急変時にもパートナーが最後の最後まで受け入れられずに意思決定が遅れてしまう場合もあります。
親と子供で仲違いをしてしまい最後の最後まで面会拒絶をされていた患者さんにも出会ったことがあります。

子どもや他の親類がいるのであれば、一度関係性を見直して遠慮せずに子どもに頼るという選択肢を考えるのも良いのではないでしょうか。

また身内にがん患者さんがいるとがんにばかりに注意が向いてしまうあまり、その家族自身の病気の治療がないがしろにされることが考えられます。
家族の介護をきっかけに経済的や身体的な負担が大きくなることで、自分の病気の受診を中断してしまい病状が悪化してしまうこともあるのです。

医療従事者も含めがん患者さんの周りの人々が一方的に意見を押し付けるのではなく、がん患者とその家族の体験や心情をありのままに受け入れることが何より重要です。

そしてがん患者さんの遺族のグリーフケアを医師や病院が主導して行う環境も今後重要になると感じます。


【あとがき】

医者になるという約束の他に、母がなくなる前に最後に約束した2つの言葉を記したいと思います。

身の回りの人を10人でいいから助けなさい
ずっと笑って生きなさい

涙目の母はそう言った後、
「ほらもう笑って」と
私の涙を拭きました。

最後の1ヶ月弱ってか細くなった母の笑顔が、その時だけは力強く輝いて見えました。

それから家族と往診の先生に見守られながら母は静かに眠りにつきました。
往診の先生からは「私もお母様から沢山のことを学びました。」と優しい言葉をかけていただきました。

私もその女医さんのように、最後まで頑張った患者さんのご家族にも優しい言葉をかけられる医師であり続けたいと思います。

それから10年が経ち、今私は笑顔に溢れています。
日常の中で母の最後を思い返して悲しむことも少なくなりました。

でもやはり1年に何回かは思い返して1人で涙を流します。

最近になって母の若い時の話を祖母や叔母からよく聴くようになり、母のことはぜんぜん知らないことだらけだったのだと初めてわかりました。

母は自分の不安を子供にまったく見せない人でしたが、私が見て憧れて世界の中心であった完璧な母は、実は私と同じで弱さを持った1人の人間だったと知り故人を一層愛おしく感じました。

最近私が祖母や叔母と話していると時折「それみーちゃんも同じこと言ってた。」と言われることが増えました。

叔母からのメールで
「あーそれと、耀くん見てたら、みーちゃんの血、受け継いでるなぁって思う。
良い人脈が作れる(人柄から)・大胆なアクションが取れる(いい意味で大雑把で拘らない性格から)」
「どんな妹だったかなって言うと、時代の流れに敏感で、博学があって、相談には適切なアドバイスをくれたり、ホスピタリティーに溢れてて、人を楽しませる事に労力を惜しまない人だったよ!きっと耀くんもそんな人でいそう。」

私が母と過ごした時間はたったの15年間でしたが、
自然に母はこういう時どう考えるか・どう言うか・どう行動するかということが自分自身に染み付いていたのです。

母の名は光の代わりと書いて「光代」と言います。
私の名前にも受け継がれた光という文字が入っています。

人は亡くなっても誰かの心の中に残ると実感しました。

いつか誰しもが亡くなってしまうこの人生に意味はないと感じてしまうときもきっとあると思います。
でも私は生きているだけで意味があると信じています。

私にとっての今の光は、祖母と弟と5人の年下のいとこたちです。

祖母が安心して最後を迎え、
そして弟やいとこたちが大人になった時に誰しもが健康に過ごせるような未来を目指して医療に貢献したいと思っています。

長い間お付き合いいただき誠にありがとうございました。
今後とも末長く宜しくお願い致します。


コラム1 医療者以外の人が医療を学ぶ必要性とは

・患者自身が医療を学ぶ必要があるのか?

突然ですがみなさんの小学生の頃の得意科目はなんだったでしょうか。

計算が好きで算数が好きだったという人もいれば、実験が好きだったから理科が好きだったという人、国語や社会が好きだった人もいるでしょう。

これらの勉強は基本的な知識としてひとりひとりに学ぶ機会があります。

ところでみなさんは自分の身体に起こる病気について小学生のときに習ったことはありますか?

風邪をひいたときには栄養をつけてあったかくして寝た方がよいということは親から教わったかもしれません。

ですが「一般的に”かぜ”と呼ばれる症状を起こす原因には、細菌とウイルスという異なる種類のばい菌がいて、病気になる部位も扁桃腺・気管支・肺などその時々によって異なり治療法・対処法も異なること」を習ったことがある人はいるでしょうか?

一般的な”かぜ”であれば放っておいても自然によくなることがほとんどなので、その違いについて知る必要はないかもしれません。

でもそれが命を落とす”がん”だったらどうでしょうか?
“がん”と一口にいっても、種類によって命を落とす確率も治療法も異なります。
さらに個人個人によって見つかった時の状況が異なるためどの治療が一番助かる可能性があるのかを判断するのは医師任せになっているのが現状です。

もちろん私たち医師は最善の方法を検討し、患者さんに提示して丁寧に説明していきます。

しかし手術や化学療法や放射線療法を選んだあとにどのような効果・どのような副作用があるのかについて、限られた時間では十分に説明しきれないことが多々あります。

また患者さんによって価値観はさまざまであるため、ある患者さんでは我慢できた副作用が他の患者さんにはとてもつらいということも起きえます。

日本では英語が小学校で必修化し今後はパソコンを使ったプログラミングも必修化されると聞きます。

自分の能力を伸ばす”ソフトウェア”を学ぶ機会は増えていますが、自分自身の”ハードウェア”を学ぶ機会はまだまだ少ないと言えます。
医療の進歩が加速する今、患者さんひとりひとりに対して医療に対する正しい知識を学ぶ姿勢が問われていると言えます。

・どのように正しい医療の知識を身につけたら良いか

情報の信頼性が高く患者さんが最も安心できる方法は、医師から直接話を聞くことだと思います。
日頃からがんを扱っている医師であれば、あなたが抱えているがんに関する疑問に対して自身の経験を踏まえながら真摯に答えてくれることでしょう。

しかし最大の問題は、医師と直接話す機会は自分が患者として病院に行く意外にほとんどないことです。

今健康なのであれば病院に行く状況は普通は考えられません。
まわりに医師の知り合いがいるという人も多くないでしょう。

医師や病院が開催している市民公開講座はわかりやすくがんについて学ぶことのできる場です。
ただしがんも消化器・呼吸器・婦人科など領域によって特徴が違うため、全ての内容を網羅することは容易ではありません。

ではもっと身近に、本やテレビで学ぶ方法はどうでしょうか?
今は一般の人にも読みやすいがんに関する書籍がたくさんあります。
がんについて医師も驚くほど良く知っている患者さんと出会うこともあります。

ただし気を付けるべきことは、時に正しい情報よりも、筆者が伝えたい情報に偏ってしまっていることです。
がんについての地味な“常識”よりも、民間療法などのアッと驚く“非常識”な内容の方が売れるからです。

その真偽を一般の人が見抜くのは困難です。
医学的な妥当性があるかどうかは医師にしか行えない場合があります。

ではインターネットはどうでしょうか?
今はどんな内容でも、動画サイトやホームページで情報を集められます。
医療の情報が膨大になった今現場の医師もインターネットを通じて情報収集をすることがあります。

適切なワードを使えば自分の知りたいことをピンポイントで調べることができますが、やはり間違った情報もあふれているため、インターネットで情報を得たらその裏付けを取ることが大切です。

また本当に最新の論文は英語で記載されており、正しくて最新の情報が必ずしも日本語でネットに存在しないことも忘れてはいけません。

医療を学ぶ方法はみなさんが思っているよりもたくさんあります。
しかしその分どの情報を信用すればいいのかという医療リテラシーを1人1人が向上させていく必要があると感じます。

そのためにも医療者自身が直接情報発信を行う動きが不可欠だと考えます。

・自分に必要な医療情報は何か?

医療情報は、今や医療機関や本そしてインターネットでも得ることができます。
しかし、今の自分に必要な医療情報は何かということがわかっていないと最善の選択肢にはたどり着けません。

例えばがんになっていない働き盛りの30代の人が、がんの”治療”について事細かに調べたとして今の自分の健康に役に立つでしょうか。

存在しないがんは治療できませんし、医学は進歩するため自分が60代になってがんにかかったときは今とは全く違った治療法が存在するかもしれません。

がんになっていない若い人にとって大切な情報は「治療」ではなく、がんにならないための「予防」の知識ではないでしょうか。
もしくは早期発見のための「がん検診」の知識かもしれません。

たばこががんを起こしやすいことを知っているでしょうか。
たとえ知っていたとしてもたばこを吸わないという行動を起こさないと意味がありません。

あなたは健康診断の結果を正しく理解しているでしょうか。
健診の結果が返ってきても、その意味や実際に病院に行く必要があるかがわからなければ健診を受けても十分な効果を得ることはできません。

一方、すでにがんにかかってしまった患者さんが一番知りたいのは、やはりどの治療が最も良いかということでしょう。
またはがんによる痛みをどのようにしたら取ることができるのかという“緩和”の知識かもしれません。
最後の時をどこで過ごすのかを考えるということも重要です。

治療には大きく三本柱として手術と化学療法と放射線治療があります。
がんができた場所によっても、がんの進行の度合いによっても行える治療と行えない治療があります。

がんの治療にはお金がかかるので保険の知識も必要になるかもしれません。
日本では健康保険で行うことのできる標準治療と、自費で行わないとならない先進医療という概念が存在します。
先進医療は必ずしも治療成績が良いとわかっている訳ではありません。それを検証する段階にある治療です。

情報を集める前にまず自分が置かれている状況がどの段階に当てはまるのかを正確に知ることが何より大切なのです。


コラム2 セカンドオピニオンはどのように活用するのか?

がん診療において診断や治療法について、今かかっている病院以外の意見を聴きたい場合、自費になりますがセカンドオピニオンという方法があります。

個人的にセカンドオピニオンを受ける前に大事だと思うのは、今かかっている病院にそういう気持ちを抱いていることを伝えることだと感じます。

医師に直接言うのが難しければ看護師や病院の相談員などでもいいので、不安や不信感を持ったということを冷静に正直に伝えるべきです。

患者さんと医療機関の間での情報の行き違いなどがあることがわかれば、セカンドオピニオンを受ける前に自分が抱えた問題や不安を解決できる可能性がありるからです。

基本的には今の時代、病院や医療者が患者さんに隠し事をすることはありません。
見落としがあったのではと勘繰らざるを得ない状況の場合もあると思いますが、がんの診断は難しくどんなに慎重に行っても今の技術的に100%とはいきません。
本当に短期間で急速にがんが発生した可能性もあります。

仮に病院に責任があるとわかった場合は、きちんと謝罪を受けたあとで感情的にならず建設的に次善の策を考えていく方がお互いのためになると感じます。

セカンドオピニオンは診察・検査はなく意見を聞くだけの場となっています。
そのためセカンドオピニオンには診療情報が欠かせません。
検査結果や経過についての情報がないと意見の仕様がないのです。

今かかっている病院にセカンドオピニオンを受けるという希望を伝え診療情報を作成する必要があります。

セカンドオピニオンを受ける病院については、大学病院やハイボリュームセンターであればあとは立地や自分で調べて良いと思った病院であれば問題ないと思われます。

自分で行きたい病院を提案するか、自分で見つけられない場合は今の病院に相談することも手です。

今の病院と違う意見を期待していったとしても、全国で標準治療が行われているため大筋では意見が一致することがあります。
同意を得て安心するというのであればそれでもセカンドオピニオンの意味はあると思います。

自分が欲しい意見が貰えなかったからという理由でセカンドオピニオンをいろんな病院で繰り返すというのは賢明ではありません。

白血病の中で珍しいタイプなど症例数が少ない疾患の場合も経験症例数が多い病院へのセカンドオピニオンが有用ですが、本当に前例がない場合もあり、正解がわかるというよりは経験的に最善の方法をともに考えるというイメージでしょう。


コラム3 放射線治療の歴史

放射線治療の歴史は人間の工学技術の発展の歴史といえるでしょう。

放射線は1985年にレントゲンという人物によって初めて発見されました。この発見のおかげで医療において胸のレントゲン検査やCT検査など画像診断が発達しました。

放射線がはじめに治療に使われたのはX線が見つかってからすぐのことで、初めは皮膚がんの治療に使われたといわれています。

放射線を出す鉱石を皮膚の腫瘍に当てると腫瘍が縮小することがわかったからです。
しかし、その時は放射線が発がんに影響することは知られておらず、治療する医師が逆に命を落とす場合もありました。

その人工的に放射線を出す機械が開発され、放射線を技術的にコントロールすることができるようになりました。
それが今の放射線治療装置につながっています。

治療計画においても少し前まではレントゲン写真を用いて2次元の的に向けて放射線治療を行っていました。

そのため当てる範囲は今と比べて広く、副作用も比較的強く出ていました。
近年になってCT・MRI画像が発達し、3次元的に体のなかの構造を把握することができるようになり放射線治療は大きく前進しました。

からだのなかの腫瘍を目で確認してそこを狙って治療を行うことができるようになったのです。
副作用は軽減し化学療法と組み合わせることで手術と同等の治療成績を納める領域も出てきました。

放射線治療の進歩はこれだけではありません。
従来は当てる放射線が均一であったため基本的には凹んだ形に放射線を当てることはできませんでした。
そのため、例えば前立腺がんでは接している大腸や膀胱などの正常な臓器に余分な放射線が当たってしまっていました。

ところが今はIMRTと呼ばれる方法で放射線の強さに差をつけて360度の色々な方向から放射線を当てることによって当てる範囲をがんの形に合わせて凹ませることができます。

陽子線・重粒子線などの加速器を使った粒子線治療も日本や欧米を中心に開発されています。
粒子線はブラッグピークというある一点で放射線の力が最大になる特徴を持っているため他の部位への副作用を減らすことができます。

がんに対する生物的効果も重粒子線では高くこれまで放射線が効きにくかったがんへの治療適応の拡大が期待されます。
BNCTと呼ばれる中性子線を用いた新しい治療の普及も進んでいます。

「知らないから、なんとなく怖いから」という理由ではじめから放射線治療を選択肢から外すのは賢明ではありません。がんの根治療法として手術か放射線かそれぞれのメリットとデメリットを知りよく検討する必要があると感じます。


コラム4 予後予測はどの程度確からしいのか?

がんを根治できないとわかった時、患者さんが気になることは自分にどれだけの時間が残されているかということでしょう。

ドラマでも「あなたの寿命はあと何カ月です」というシーンを見たことがあると思いますが、実際にはあとどれくらい生きるかを予測することは可能なのでしょうか?

告知において予後の話をする時に用いられる考え方が生存期間中央値です。
同じ条件のがんにかかった人の中で生存期間が真ん中であった人の期間を指します。

イメージしやすい言い方をすれば、生存期間中央値より短い可能性が半分、長い可能性が半分ということです。つまり全員がその期間必ず生きられるというわけではありません。

予後の正確な予測は経験のある医師でも困難です。
そのため2・3カ月幅を持たせて告知をする医師もいれば、「年は越せるけれど、桜は見れないかもしれません」と季節やその人にとって大切なイベントを基準にして話す医師もいます。

大切なのは予後の告知によって「あとこれしか生きられない」と思うのではなくて、残された時間をどのように過ごしたいかということです。

もちろん予後の話を聞きたくないと感じる人もいます。
告知を受ける前にどこまでの内容を聞きたいかを事前に伝えても構いません。

進行がんの患者さんでは化学療法を行なってどれだけ寿命が延びるかという質問をされる患者さんもいます。
これについても研究論文を元にお話しすることはできますが、化学療法がどれくらいその人の負担になるかの予測は難しいのです。

必ずしも化学療法で予後延長が期待できないのも現実です。
そのような話をすると化学療法をやりたくないと思われる人もいますが、決して化学療法を一度始めたら止めれないわけではありません。

化学療法を開始した後でも副作用の程度や効果があるかどうかを判断して容量調整や中止を検討することができます。

一方で今はやらないであとから化学療法をやりたいと思っても、がんの進行によって日常生活の動作が低下して化学療法を行えないこともあります。
患者さんの生きたい気持ちを汲み取って意思決定をサポートするのも医師の役割です。

治療が行えなくなりがんの末期になるとある程度の予後予測ができます。
短い週単位や日単位という言葉を使った場合、最後の時間が迫っていることを表します。

正確な予測はできないという前提の元で残される家族が後悔なく患者さんと時間を過ごすために予後を伝えることには意義があると感じます。


これからの話

最後に誕生日の抱負として私が今目指している医師像や新しい医療の構想をお話ししたいと思います。

医師という本質の仕事に比べたら、今私がやっている様々な病院外の活動は枝葉に過ぎないかもしれません。
しかし、枝葉を広く伸ばすことで本質である医療において大きい実を結ぶと信じています。

医師という天職を主軸にしながら様々なことに挑戦して新しい価値を作っていきたいと思います。

ヴィジョンとなるスローガンは『生きてることに価値がある

「医療は人々が幸せになるための手段の一つであり、健康の価値を可視化することで、誰もが経済状況や生活環境によらずに健康という選択肢を選べる未来」を創造することをミッションにしています。


・がん治療を行う医師

まず軸となる医師としての私のポジションについてお話しします。
原体験として母の死があり、やはり医療の中でがんと関わりたいという思いが最後まで残りました。

そして来年度からがん治療の中でも放射線腫瘍医を目指す事に決意しました。

放射線腫瘍学という言葉を聞いたことがある人は少ないと思いますが、がんに対する放射線治療を専門に行う医師のことです。

がん診療に携わるということは決めていましたが、その手段として学生時代に出会った放射線治療というモダリティを選びました。


放射線腫瘍学は消化器や呼吸器など臓器ごとに分かれておらず、化学療法を行う腫瘍内科のようにがんを横断的に診療する学問です。
病院の中ではがんに対する放射線治療のコンサルタントのような役割を担います。

また放射線治療はがんを根治するだけでなく症状を緩和する緩和照射など幅広くがんに対応することができることが、私ががん診療に携わる上で放射線治療を選んだ理由でもあります。

放射線治療はがんの3つの標準治療の1角を担うにも関わらず、医師でもあまりその詳しい内容について知らないことが多い科です。

本文でも述べましたが、欧米諸国のがん患者さんの6割程度が放射線治療を受けるのに対し日本では3割弱とまだまだ普及していないのが現実です。
逆に言えば今後高齢化に合わせて需要が伸びる分野でもあります。

その一方で、放射線治療専門医は日本全国でも1000人あまりしかおらずマンパワーは慢性的に不足している分野です。
その中で自分のポジションをとって行きたいと思いました。

放射線治療は工学の発展とともに進歩してきた分野でもあるためITやテクノロジーとの親和性も高いと考えています。
将来的にはAIサポーテッドな治療を行うことで短期間で効果の高いがん治療を行うことを目指します。

放射線腫瘍学の中で確かな診療能力と論文など学術的な活動を行って放射線腫瘍学の発展に貢献しつつ、放射線腫瘍学をもっとがん患者さんや医療者に知ってもらう役割を担いたいと思っています。

今一般の人が、放射線治療と言われても思い浮かぶお医者さんはほとんどいないと思います。
医師・村本という言葉を聞いたときに放射線治療というイメージが同時に浮かぶように実績を出して行きたいと考えています。


・ヘルスケアビジネス

病院で医師はすでに病気になった人にしか関われないという現状があります。
しかしがんをはじめとする生活習慣病は予防が最も重要だということが近年やっと認知されるようになってきました。

医師として病気になる前の人にアプローチするためにヘルスケアビジネスにも挑戦したいと思っています。
現在、その第一歩として健康診断の結果をより詳しく解説して行動変容を起こすサービスを開発しています。

始まりは同じ大学出身のエンジニアとハッカソンに出場して優勝したところに遡ります。

この経験の中で、医療現場の課題を感じて課題解決のアイデアを出す医師と、課題解決のアイデアを形にすることができるエンジニアが協力することで、医療現場の課題をボトムアップで解決することができる可能性を感じました。

将来的にはスタートアップ的に医療課題解決のアイデアをいくつも生み出して、シードにして育てる連続企業医師(シリアルアントレドクター)を目指しています。
そのアイデアを社会実装して、最終的にはいろいろな企業の方に大きくしていただく。

診療だけでは解決できないマクロな課題をヘルスケアサービスを開発することで解決します。

これを医師としての仕事を継続しながら行うのが理想です。
ヘルスケアビジネスの報酬を確保することで医師の仕事でお金を稼ぐ必要がなくなり、患者さんのための診療や研究により集中できる環境を作りたいと思っています。


・医療コミュニティ

私自身がエンジニアと協力することで医療サービスを開発できた経験から発想を得て、医療者と非医療者をつなぐことで新しい価値を生み出すことを目標とした医療ITコミュニティ MIラボ を今年の8月に立ち上げました。

現在100名を超え、医師・看護師・薬剤師・理学療法士・ME・MSWをはじめとした医療者とエンジニア・動画編集者・イラストレーター・デザイナー・メーカーなどが交流する場として機能しています。

メンバー同士の交流会や講演会イベントの他に、実際にメーカーの人とプロジェクトを始めたり、病院からの案件を受けたり、医療と宇宙の勉強会を企画したりと活動の幅は徐々に広がっています。

今後は多ジャンルの人ともっと交流を深めて医療に新しい視点を取り入れることで、医療×〇〇の新しい価値を作っていきます。

また医療者と患者さんの壁も取り除けるようなコミュニティを作ることも構想しています。
誰もが「お隣さんがお医者さん」のような環境を作ることで健康問題を気軽に相談できる社会を目指します。

医師は医療者の中でも最も外の領域に足を踏み出さない傾向にあると感じます。
しかし、病院の外にこそ医師としての需要があると感じます。

これまで看護師のコミュニティ・理学療法士のコミュニティ・スポーツドクターのコミュニティ・MSWのコミュニティなど個々の医療職種のコミュニティは存在していました。
しかしこれからはコミュニティ同士で交流を深めて、医療コミュニティ群として活動することで社会によりインパクトを与えていく必要があると感じます。

・医療とエンターテイメント

これまでの医療のイメージは「難しい・暗い・こわい」でしたが、このイメージを「わかりやすい・明るい・優しい」に変えていかなければ人々の中に健康や医療は根付かないのではないかと感じています。

人は頭ではわかっていても不健康な習慣を変えられないからです。
行動変容を促すためには、不健康な習慣よりも健康的な習慣が楽しいことが必要です。

医療とエンターテイメント性を融合させて、人々が楽しみながら生きていること自体が健康につながるような社会を目指します。

それはイベントかもしれませんし、映画や演劇か、もしくは小説や音楽やアニメーションかもしれません。
音楽・映画・漫画などと同じように医療というジャンルが日常に並ぶ未来を夢見ています。

芸術と医療が並び立ち、動画やイラストやデザインを交えて医療を発信するメディカルアートの分野を開拓して行きたいと思います。

ただの一方的な啓蒙では人々の気持ちや行動は変えられないけれど、ストーリー性を持って相互に医療の知識を提供し「心を動かす医療」を実現します。

・医療者の情報発信

医療現場に出ると誤った医療情報を信じてしまっている人が多いことを実感します。
非医療者の医療リテラシーは想像以上に低く医師と患者さんではとてつもない情報格差があります。元来この情報の不均衡によって医師は先生と呼ばれてきたのだと思います。

しかし、インターネットが普及した今正しい情報より誤った情報の拡散速度の方が早くなってしまっている現状があります。
今後は医師をはじめとした医療者自身が情報を加工をされずに直接患者さんに届けることが重要であると感じます。


今は医師や医療者が発信する情報より、テレビのタレントや雑誌やラジオの広告が信じられてしまいます。
これを医療者が解決するには2つの方法があります。

一つは、影響力があるタレントやインフルエンサーなどに啓蒙を行い、正しい医療を知ってもらって正しい医療を広める方法。
もう一つが、医療者自身が自ら発信し信頼され影響力を持って正しい医療を発信する”医療インフルエンサー”の考え方です。

今は患者さんは主に病院の名前で医療機関を選んでいますが、今後は医師個人が信頼を得て選ばれる時代が来ると感じます。
「医師は患者さんより偉いので全てを任せる」というパターナリズムは終わり、医師はあなたが病気を乗り越えて付き合っていく頼るべきパートナーになります。

がん治療に関しても治療法が多様化する流れに合わせて、患者さん自身の価値観がより重要視されます。
今後は患者さんは自分が乗る船を自分で選ぶ、逆ノアの箱船の状態となります。

どんな立派な病院だとしても中で働いているのは、医師・医療者という人間です。
今後、実名で活動し信頼を得ていく医師や医療者が増えていくと考えられます。
常に社会的な評価にさらされることで、医療者一人一人が新しい医療知識を更新し続け人格を涵養する必要性が出てきます。


ただ情報発信といっても、既存の情報ではなくて医療者が新たに学んだことを発信しないと意味がないと学びました。
また実績がない人が発信して意味があるのかという疑問もあるでしょう。

もちろん確かに実績がある人が発信することが最も影響力と信頼性があり、素早く医療環境を変える事ができるでしょう。
あくまで本質は医学的な実績であり、情報発信は副次的な役割かもしれません。

しかしまだ何も達成していなくても、経験や知識が少なくても、応援してくれるフォロワーと共に、新しい知識を得て医療者として成長していくモデルケースになりたいと感じます。

繰り返しになりますが、これからの話。

医学の中で医師としての確かな診療能力と、研究者として論文など学術的な活動を積極的に行って実績を出して医学の発展に貢献しつつ、エンターテイメント性で人々の医療リテラシーを向上させて、医療サービス開発を通じて健康であることの新しい価値を生み出し、医療にITを導入する事で働く医療者も患者さんも共に幸せな医療環境を創造することを目指します。

まだ何もしていない。進め。
今後ともどうぞ宜しくお願い申し上げます☺️

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