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【サイケデリック学・瑜伽行唯識学探究記】12676-12679:2024年5月12日(日)

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タイトル一覧

12676. シロシビン・マッシュルームの最後の収穫を終えて

12677. 今朝方の夢

12678. 燃えたぎる情熱:輸入から輸出への大転換

12679. 英語の発話能力の極みに向かって

12676. シロシビン・マッシュルームの最後の収穫を終えて

時刻は午前4時半を迎えた。早朝のこの時間帯はまだ小鳥たちの鳴き声は聞こえて来ず、辺りは真っ暗闇に包まれている。今日は昨日と同様に天気がすこぶる良いようで、雲ひとつない晴天に恵まれるようなのでとても楽しみである。もう30分ぐらいしたら小鳥たちも鳴き声を上げ始めるだろう。そして小鳥たちも今日の天気の良さを存分に楽しむのではないかと思われる。

今朝は起床してすぐにシロシビン・マッシュルームの栽培キットを確認して、収穫を行い、オーブンでの乾燥を始めた。今回の収穫で最後だと判断することができたので、ここまでたくさんの収穫をもたらしてくれた栽培キットに感謝をして処分をすることにした。今冷蔵庫には乾燥を終えたシロシビン・マッシュルームを入れた瓶が3つほど保存されており、次回のセッションで1瓶を使い切る形となり、もう2回か3回分ぐらいの量が冷蔵庫に保存されている。それらを使い終わるタイミングでまた新しい栽培キットを購入して、さらなる継続的なセッションに向けた準備を進めていきたいと思う。次回購入する栽培キットは前回と同じく品種としては“Golden Teacher”を選ぼうと思う。まだ試していない品種を試してみることも検討したが、前回と今回試した品種が効力的にも自分のニーズに合致したものなのではないかと商品パンフレットを見ていても思う。前回と今回の品種と同じぐらいの効力を持つものがあと1つあるので、それを試すことは一応検討してみたい。好き嫌いをせず、まずは試してみるという精神が重要である。それを通じて思わぬ発見をすることがよくあるし、それを通じてまた新たな学びを得ることができる。とにかく実際に自分の身を持って新しいことを試してみるというのが成長において重要なのである。あと1つの品種を試してみるということは念頭に置きつつ、それ以外の品種は全て効力が一段、二段、三段と弱い品種なので、それらについてはあえて試す必要はないだろう。自分の場合は兎にも角にも、瑜伽行としてのシロシビン・セッションという位置付けをしており、セッション中の深い禅定体験を通じて真理の世界に入り、そこで気づきや学びを得ることが目的のため、摂取する品種の効力は最大に近いものが望ましい。それを考慮すると、3つぐらいの品種に絞られるのである。

栽培キットの最後の収穫を終えた後には、今日もまた大豆の水煮を作るために、鍋に150gの大豆を入れ、水で軽く洗ってから、豆を3倍の450gほどの水に浸して正午過ぎの調理に向けての準備をした。ここから豆はゆっくりと時間をかけて水を吸って膨らみ、柔らかくなっていく。大豆を粉末にして朝のドリンクに加えるよりも、水煮を作って夕食の茹で野菜に加える方が圧倒的に美味しく、病みつきになっている。大豆を使い切ったら再び黒豆を選んで、黒豆を夕食に加えていくという食生活を送っていきたい。フローニンゲン:2024/5/12(日)04:43

12677. 今朝方の夢  

時刻はまだ早朝の午前4時台だが、1羽の小鳥が鳴き声を上げ始めた。今日もまた庭側の木にやって来た小鳥が一番乗りで鳴き声を上げ始めた。空をふと見ると、空がダークブルーに変わり始めており、日の出が着実に早くなっていることを実感する。確かに、もう間もなくサマータイムに入ってから2ヶ月を迎える。サマータイムに入ったのはつい先日のように思えるのだが、一方でもう2ヶ月近く経とうとしていることに驚く。虚構の時の流れに惑わされず、自分が感じる内側のゆったりとした時の流れに身を任せる形で日々を過ごしていこう。

今朝方は1つ印象に残る夢を見ていた。夢の中で私は、幼少期を過ごした地元の海にいた。波打ち際をふと見ると、そこに小学校時代の女性友達(HK)がいた。彼女は中学校からは別の学校に進学することになり、学年ではそうした進路を選択したのは2人しかおらず、彼女はそのうちの1人だった。波打ち際で何をしているのだろうと遠くから眺めてみると、彼女はどうやら日本舞踊の練習をしてるようだった。とても面白そうなことをしているなと思い、興味を持って彼女に近づいてみると、近づけば近づくだけ、彼女の舞の美しさに魅了された。さらには、舞の美しさだけではなく、どうやら彼女は日本古来から伝わる剣術の動きも取り入れているようで、そこには力強さもあった。彼女に声を掛けられる距離までやって来ると、彼女は私に気づき、満面の笑みを浮かべて向こうから声を掛けて来てくれた。私はそれが嬉しく、久しぶりに彼女と再会できたことを喜んだ。そこからは立ち話をすることなく、一緒に日本舞踊と剣術を掛け合わせた動きをやってみることになった。彼女が手取り足取り親切に教えてくれることによって、徐々に動きのコツが掴めてきて、その動きにはどうやら脳を刺激してゾーンの状態にして没頭させてくれる働きがあることに気づいた。ある種の恍惚状態を感じながら動きと一体化していると、時を完全に忘れる形となった。ふと我に返る瞬間がやって来た時、随分と時間が経っていることに気づいた。彼女が親切に舞を教えてくれたことに感謝をし、それそろ行かなければならないことを伝えて彼女と別れた。そこからも彼女は1人黙々と笑顔を浮かべながら波打ち際で舞を踊り続けていた。そのような夢を見ていた。

この夢の場面を思い出してみると、彼女と別れた直後に見知らぬ同い年ぐらいの男性が彼女のところにやって来て、彼もまた彼女に舞を教えてもらっていた。その時に自分はどういうわけか嫉妬の感情のようなものが一瞬芽生え、自分の心の未熟さを反省する場面があった。夢の中の自分には執着心や嫉妬心が生じる何かしらの種子が阿頼耶識に残っていて、それを見つめる必要があると思われる。フローニンゲン:2024/5/12(日)05:03

12678. 燃えたぎる情熱:輸入から輸出への大転換

時刻は午前6時を迎え、天晴れな朝空が見える。それが自分の心に活力を与え、励ましをもたらしてくれている。今日もまた穏やかな日曜日になるだろうが、自分の心は情熱で燃えている。幾つになっても情熱を持ち続けることができるということ。幾つになっても己の命を輝かせることができるということ。それを自らの人生を賭けて証明していきたいと思う。情熱と輝きこそが自分の命を根底から支えている。それらを失った時が自分がこの世からいなくなる時なのだろう。

内側から燃えたぎる熱い思い。その1つには唯識学の探究があるのだが、それはこれまでの成人発達理論やインテグラル理論と何かが違う。何が違うのだろうと考えた時に、成人発達理論やインテグラル理論を探究する当時の情熱は、それらの理論を日本に紹介することに向けて注がれていたものだった。それらの理論を日本に紹介するという輸入に向けて、自分はさまざまな取り組みをしてきたし、そこに情熱を傾けていたのである。ところがどうだろう。今回の唯識学の探究、より厳密には日本法相唯識学の探究は、日本が誇る精神・文化遺産として忘れられつつある日本法相唯識学の教えを日本の人たちに紹介するということもさることながら、自分はそれを欧米社会の人たちに知ってもらう取り組み、つまり宣揚の活動に向けて情熱の炎を燃やし始めている。つまりこれまでは欧米の学問を日本に輸入することに情熱を傾けていたところから、ここからは日本に残る叡智を欧米に輸出することに情熱を持っているという大きなシフトが起きているのである。それを受けてのことだったのだ。それを受けて、突如英語のスピーキング能力の向上を本気になって取り組んでみようと思ったのである。これまでも人生の節目節目で英語学習に力を入れてきたが、留学の際における動機は欧米の学問的成果を日本に紹介することにあったから、無意識がそれに反応して、必然的に英語学習においてもインプットを司る技能、すなわちリーディングやリスニングに傾きがちであったことに気づく。ところが欧米生活も13年目を開始しようとするこのタイミングで、初めてとでも言っていいかのようにスピーキング能力の向上に対して本気になって取り組んでみようと思ったのである。自分なりの本気さを持って、今日もまた唯識学の探究とスピーキング能力の向上実践をセットにして進めていきたい。ここからの取り組みはもはや唯識学の文献読解と英語のスピーキング能力の向上だけに特化して日々を過ごしていく。そしてそれを下支えする強靭な精神と肉体を獲得・維持・向上させていくために、隔週でのシロシビン・セッションと肉体改造的筋力トレーニングに従事していく。フローニンゲン:2024/5/12(日)06:15

12679. 英語の発話能力の極みに向かって   

時刻は午前11時を迎えた。午前中の探究活動と英語のスピーキング能力の向上実践はとても充実した形で進んでいる。今日はすこぶる天気が良く、今、雲ひとつない青空が広がっている。午後からもずっとこのような天気の様子で、気温も22度まで上がるようなので、夕方には散歩がてら近所のスーパーに行って必要な食材を購入してきたいと思う。

今はもっぱら唯識学の研究と英語の発話訓練を交互に行なっている状態で、それをセットにして集中力が高い状態を維持した形でそれぞれに取り組み、集中力が減退する前に反対の実践に従事している。双方を行き来する形で朝から晩まで過ごしていくというのがここからの自分の取り組みになる。結局、英語を使って何を実現したいのかが重要であるということを改めて考えさせられる。今の自分は、日本法相唯識学を欧米社会で英語を用いて宣揚していくことが目標としてあり、それを実現させるためにはこれまで本気で取り組んでこなかったスピーキング能力の向上が大切となる。CEFRのC2というネイティブレベルのスピーキング力を身につけるというのは最低限の目標であって、自分は英語をネイティブとする発話者のスピーキング力を超える発話力を身につけていこうと思っている。日本語を発話する時と寸分違わぬ次元にまで英語の発話能力を獲得することを目標に設定した次第だ。その目標を達成する道のりは遠く険しいだろうが、その道のりを歩むことそのものを楽しみとし、即興的に自由自在に自分の考えや思いを英語で表現できるようになっていきたいと思う。その次元まで自らの英語発話能力を高めた時、欧米社会で日本法相唯識学の宣揚を実現させることができるのではないかと思う。とにかく大欲を持って精進あるのみである。ネイティブを超え、母国語の日本語の発話能力を超えることを目標にしてしまってもいいぐらいに高い目標を掲げて、英語の発話能力を極みまで高めていきたいと思う。英語学習においてこうした明確な目標を持てたことを嬉しく思う。フローニンゲン:2024/5/12(日)11:19

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