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Coccyxって何?


 本当に痛かった!
 
 憧れていたプール付きのコンドミニアム借りた。1階が駐車場になっていて2台分のスペースがある。2階部分が暖炉のある広々とした居間になっていて、その周りに部屋があり、トイレも2つある優雅な4LDK。パサデナは夜になると寒い時期があるので、電気で暖める暖炉がある部屋が多い。そこに近所に住む次男の友達のジローが遊びに来た。
 そのジローを部屋の目の前にあるプールに自慢気に連れて行く。周りは建物もなく、電信柱や電線もなく、雲さえも見えない広い青空、湿度は低く空気はサラッとしていて、気温は25度くらい。カリフォルニアの天候の典型のような爽やかな昼のひと時。
 澄んだ水をたたえた縦20メート、横5メートルほどの小ぶりなプール。プールサイドには緑の木々が茂り、白いビーチチェアが置かれてあり、絵葉書のような美しい景色だ。私は缶ビールを持ち、人生の至福を感じながら
「イエーイ、乾杯!」
と憩いよくビーチチェアに腰をおろした。途端、ビーチチェアが
「バーンッ!」
ひっくり返り私は腰から思いっ切りコンクリートの床に倒れ込んだ。背もたれの方に座ってしまったのだ。

 眼から星が飛び散る。漫画に良く描かれているようなキラキラ星が眼から拡散する。息が止まるほどの痛さだった。ジローがプールサイドで笑い転げている。でも、駆け寄って来てくれ、手を取って起こしてくれ
「大丈夫?」と聞く。
「痛いけど大丈夫、大丈夫」と私。
でも、実は全然、大丈夫ではなかった!
 夜には唸り声が出るほどの痛さが襲って来た。長男が近くにある、まるで最高級ホテルと見間違えるような外観の総合病院に救急で連れて行ってくれた。
 受付が済むとすぐに黒人の看護師が車椅子を押して来た。私を抱き上げながら椅子に座らせてくれ、手足に白い手袋と靴下を付けてくれる。
「診察室に行きますから動かないように」
と待合室を横切る。
 お尻を打ったと言う事で重症扱いなのだろうか、診察室に直行。長男は状況説明と触診とレントゲン検査。
 検査が済み、待合室に戻り結果を待つ。広くて清潔な待合室には手首をしっかり押さえて、痛そうにしている白人の老婦人、だるそうにソファに寝ている中年のアジア系の女性、静かに座って新聞を見ている黒人の男性など、多くの人が順番を待っていた。名前を呼ばれ、結果を聞くため診察室の中に入る。中では真っ白の白衣を着て、背が高く、眼鏡を掛け、真面目そうな金髪の中年の白人の女医さんがスックと立って私達を待っていてくれた。
 彼女は近寄ってきて私達と向き合うように立つ。そして、おもむろに右手をジャンケンのグーのように握って、その腕を水平に突き出した。すると握った手から人差し指だけを私達に向かって指さす。
「???」
 私達はなんの事か分からず、ただただ黙ってその指に目を凝らす。
 間があって、女医さんがその指をいきなり第2関節から憩いよく床に向かって90度折り曲げた。私達は不思議に思いながらその動作をじっと見つめる。それを見て女医さんが説明開始。
 「あなたのお母さんの“Coccyx”はこのように90度曲がっています」
と厳かに言い放った。それを聞いた長男は状況をすぐに理解。最初は肩で笑っていたが、我慢しきれず
「くつくつくつ」
と声を出して笑う。
「Coccyx」って何?と私。長男は一言
「尾てい骨」
と笑いながら答える。
 それを冷たくジッと見る女医さんの眼が眼鏡の奥で険しく光る。
「笑ってはいけません。これは本当に痛いのです。私も同じ事をやりました!」と怒り声で言う。思わず長男の顔が引きつり、急いで笑いを飲み込み、
「Very Sorry!」
と急いで謝る。黙って頷いた後、女医さんは
「Take care(お大事に)」
とだけ言って、クルッと向きを変え、スタスタと診察室の奥に引っ込んでしまった。
 それからの2週間、円形のゴムの輪っかを腕に通して持ち歩く生活が続いた。
 ゴムの輪の穴ところに丁度、尾てい骨がピタッとハマるように座る。それがなければ激痛で座れないのだ!処方してくれた痛み止めの薬をいくら飲んでも全く効かない。
 本当に痛かった!
 痛みが和らぐまでに約2週間。20年経った今でも私の尾てい骨(Coccyx)は90度曲がっているのだろうか……
 これを書いたので、勇気を出して触ってみた。

見事に90度曲がっていた!



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