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カフカ『雑種』で比べる版と訳のちがい その1

カフカの小説は、版によって内容が少々違う

カフカが1924年に亡くなった後、友人のマックス・ブロートがカフカの遺稿の管理人となりました。
カフカ自身は遺言で、すべての遺稿を焼却するように、友人のマックス・ブロートに頼んでいましたが、ブロートは自己の信念に従い、生前未発表であった長編『審判』、『城』、『アメリカ(失踪者)』を始めとするカフカの遺稿を次々と公刊していきました。
ブロートによるカフカの遺稿の編集・刊行は、カフカの国際的な受容に大きく貢献しましたが、これらには批判的な見解も出されています 。
 その結果、マックス・ブロートによって編集された版(マックス・ブロート版と呼ぶ)に対する批判として、1982年から刊行された『批判版カフカ全集』が刊行されました。この全集は、カフカ自身の訂正や抹消も含めたすべての記述を忠実に活字化したものが掲載されています。
その後、カフカの書いた原稿をそのまま提示する『史的批判版カフカ全集』が出版されました。

『雑種』のあらすじ

1917年に執筆し、原題の「Eine Kreuzung」は、カフカ自身がつけました。交差点を意味します。
この物語は、語り手が父の遺産として、半分子猫、半分子羊の動物を譲り受けました。語り手は、その動物がそれぞれの品種の動物の特徴を持ちながら、独自の特徴も持っていることを説明しています。最終的には子猫の不安と子羊の不安を同居させているこの動物を殺すのがしあわせなのだろうと思ったが、寿命まで飼おうと決意するところでおわります。

日本では、マックス・ブロート版、批判版、史的批判版(たぶん)をもとに翻訳されています。今回比較する『雑種』は短篇ですが、それでもいろいろと違いがありますので、比較してみます。

羊猫の目はどうなっているのか

羊猫の眼の描写が版によって違いがでていました。

猫からは頭と爪、羊からは大きさと形を貰っており、両方から受けているのは、ぴかぴかと光って野性的な眼と

『カフカ傑作短編集(タイトル:変種)』長谷部四郎 訳 福武文庫(1988年)

頭と爪は猫、胴と大きさ羊である。両方の特徴を受けついで、目はたけだけしく光っている。

『カフカ短篇集』池内紀 訳 岩波文庫(1987年)

批判版だと羊猫の描写がちがいました。

頭と鉤爪は猫のもの、身体の大きさと形姿は小羊のもので、ちらちら動く優しい目や

『カフカセレクションⅢ』浅井健二郎 訳 ちくま文庫(2008年)

頭と爪は猫から、大きさと姿かたちは小羊から、せわしなく動く優しい眼、

『カフカ』竹峰義和 訳 集英社文庫(2015年)

批判版では目がやさしくなりました。
しかし、2018年の最新の訳では、カフカの手稿に忠実な新校訂版全集を底本としたとあります。『史的批判版カフカ全集』のことなのでしょうか。

頭と爪はネコ。胴体と大きさは子ヒツジ。目は両方の特徴を受けついでいて、ぎらぎら光っている。

『雑種』酒寄進一 訳 理論社(2018年)

結局、やさしいのか、ぎらぎらしているのか、わかりません。
ちなみに生原稿は、イギリスのボードリアン大学に寄贈されています。デジタル公開は見つかりませんでした。

その2ではマックス・ブロートが大幅に加筆した箇所を取り上げます。