コロナとの付き合い。


 米大統領選の勝者が11月7日にほぼ決定してから、いまだにドナルド・トランプ大統領は敗北を認められずにいる。とはいえ、12月8日に各州で選挙人が確定し、12月14日には選挙人らの投票によって次期大統領が決定するスケジュールに変更はない。トランプ大統領に残された時間はあまりない。

【バイデン陣営は短い動画を作ってPR】

 世界的にも大きな注目となった大統領選挙だったが、コロナ禍ということもあって、現地ではこれまでになかったような選挙戦が繰り広げられていた。特に、オンラインによる選挙戦が史上最も活発だったといわれている。

 日本では、10月にジョー・バイデン候補が任天堂のオンラインゲーム「あつまれどうぶつの森」の中で選挙本部を作ったというニュースが報じられて話題になった。

 ただこの取り組みは、バイデン陣営のオンライン戦略のほんの一例にすぎない。あまり報じられていないが、実はバイデン陣営は大規模なオンライン選挙戦を繰り広げており、その活動がバイデン勝利に大きな要素となったのである。選挙戦のほとんどはオンラインで行われたとすら分析されている。

 米メディアには、「バイデンの選挙キャンペーンは、まるでビンテージのコルベットに新品のエンジンが付いているかのようで、その車でオフロードを疾走しているモンスターのようなトラックとカーレースをしているかのようだ」と書いていたところもある。

 サイバー空間とは切っても切り離せなくなった現代。未曾有のコロナ禍における選挙戦で、いかにオンラインによる活動が米大統領選の勝敗を左右したのかについて追ってみたい。その大規模で緻密な戦略は、企業活動などにも参考になる部分がありそうだ。

「Slack」で支持者を動かす、情報共有や協力を密に

 まずあらためて言うが、今回の大統領選は前例のない選挙戦だった。新型コロナウイルスの蔓延によって、両陣営とも、伝統的な選挙活動を思うようにできなかったからだ。本来なら、全米各地で活発に集会やイベントを実施したり、自宅訪問などを行って、支持者を固めたり、浮動票を取り込んだりする。

 普段から「マスクはいらない」「ビジネスを殺すロックダウン(都市封鎖)はいらない」「ウイルスは消えて無くなる」と主張していたトランプ大統領の陣営は、規模は縮小しながらも自宅訪問などは行っていた。だが新型コロナを深刻な脅威とし、トランプと全く逆の立場を主張をしていたバイデン陣営は、集会だけでなく自宅訪問などもほとんど実施しなかった。選挙の追い込みとなる10月以降は、いくつかの絞った地域だけに限定して訪問などを行ったくらいだった。

 そこでバイデン陣営が強化したのは、オンラインによる選挙活動。というよりも、今回バイデンの選挙キャンペーンのほとんどはオンラインが中心となっていたと言える。

 そのオンライン選挙活動とはどんなものだったのか。

 例えば選挙活動に欠かせないボランティアをオンラインで効率的に組織した。ビジネス向けチャットの「Slack」を使って、ボランティアのチャンネルを作り、ボランティア同士が協力したり、活動の仕方をトレーニングしたり、有権者に向けた電話やメッセージのボランティアに効果的に参加できるような情報を共有したりできるようにしていた。企業の活動でも、多くの協力者を動員するには、こうした自発的に学べるようなプラットフォームは有効だろう。

 また、2017年から民主党支持者のデジタルプラットフォームとなっている「Mobilize(モビライズ)」に登録している400万の有権者なども動員。もともとモビライズはデジタルではなく、実際の集会を組織するようなプラットフォームだったが、それを新型コロナ以降はデジタルに変えた。バイデンの動向などをアップデートするようなイベントはオンライン上で行われ、支持者らはネット上で参加できるようになっていた。多い時で、4日間に8000件ものイベントが行われた。

 この活動は、3月以降、3倍に増えているという。それに加えて、非常に限定的に実際の集会も組織している。

過去の投票データを効率的に活用

 さらには、個別訪問の代わりに、ボランティアが「VoteJoe(ジョーに投票)」というアプリをインストールし、それをもとに、激戦州などのリストに一斉にメッセージを送るといった非常に機能的な活動も行った。

 この「VoteJoe」アプリを簡単に説明すると、ボランティアがアプリをGooglePlayやAppStoreからダウンロードすると、電話帳へのアクセスが求められる。それにOKすると、その名前や連絡先をアプリ側の有権者情報(過去の投票歴などは公的情報として得られる)と照らし合わせ、誰がどこの州で過去にどのくらい投票をしているのかなどが分かるようになる。そしてその情報を元にメッセージなどを送ってバイデンへの投票を促すことができるのだ。このアプリも今回の選挙戦でかなり活躍したという。

 これらに加え、バイデン陣営は、テレビ広告などとは別に、FacebookやYouTube、Instagram向けに15秒以下のビデオを作り、バイデンが大統領になることで医療分野の保険や治療がどう変わるかなどの説明を簡単な動画にして配信した。その動画は、家族を事故や病気で失ってきたバイデンは人の心が分かる、というメッセージもうまく組み込んでいる。

 米国の選挙では普通なら、例えば無料のコンサートなどを行うなどして有権者を取り込んだりすることが多いが、コロナ禍ではそれができない。代わりに、InstagramやTikTok、YouTubeなどで活躍するインフルエンサーを雇い、Facebookライブやインスタライブを実施。オンラインでインフルエンサー(ビデオブロガーなど)がバイデンにインタビューをするといった企画も行っている。

 米国の大統領選では、相手を激しく批判するネガティブキャンペーンが普通だが、オンラインでもそれは同じだ。例えばトランプ陣営は、バイデンをネタにしたフェイクニュースをばらまく工作などを行っていたが、バイデン陣営はそれにもオンラインで撃退するチームを立ち上げていた。その作戦は陣営内部では「Malarkey Factory(でたらめ工場)」と呼ばれ、多くの専門スタッフを置いてネット上で話題になっている反バイデンの情報などをチェックした。例えば、バイデンが「社会主義者」であるという情報や、「スリーピー(眠そう)」といった情報には反論する投稿などを行って対処した。

 その上で、例えば米フェイスブックが政治広告を禁じた選挙直前の時期には、民主党支持者ら5000人ほどを動員してフェイクニュースに対応したり、バイデンのメッセージを広める体制を作るなどした。

オンラインで“資金力”がどんどん上昇

 ここまで見てきたようなバイデン陣営の活動は、もちろんトランプ陣営も行っている。というのも、実は16年の米大統領選でのトランプの勝利は、オンラインでの選挙活動なしには実現しなかった。オンライン選挙活動の分野では先駆者的だったバラク・オバマ元大統領のデジタル戦略とは比較にならないほど、大々的なキャンペーンをトランプは実施している。当時トランプ陣営は「プロジェクト・アラモ」というデータベースを作り上げて、有権者層にピンポイントでSNSなどを通してオンライン広告を配信し、資金集めにも乗り出していた。この戦略で有権者にメッセージを届けることで、2億5000万ドル以上の寄付を集めた。この戦略がトランプ勝利に大きく貢献したのは間違いない。

 米国の大統領選では、資金が勝敗に大きな影響を及ぼす。寄付などで資金を集め、既存メディアやオンラインなどを駆使して、選挙戦を繰り広げる。筆者は今回の大統領選の間、米国に入って、ワシントンDCやその周辺州などで取材を行っていたが、テレビ番組の間のCMは、大統領選のトランプ陣営またはバイデン陣営のCMか、同時に行われた議会選候補のCMばかりだった。とんでもないカネが動くのである。

 今回、バイデンはオンラインでの寄付などでトランプを圧倒し、オンライン選挙活動やメディアのCMなどでも優位に選挙戦を進めていた。選挙直前の10月には、1日で2000万ドル以上の寄付を得る日もあったほど、オンラインでのキャンペーンがとてつもない勢いになっていた。

 実はもともと、選挙戦序盤には、バイデン側は資金が集まらなくて苦労していた。長い選挙戦を勝ち抜くためのキャッシュ(現金)が少なかったためだ。事実、出馬を表明した19年5月以降、一向に資金が集まらずにオンラインでの選挙活動を停止せざるを得ないところまでいっていた。

 バイデン陣営は当初、デジタル分野は非常に弱く、トランプには太刀打ちできないレベルだと見られていた。トランプ陣営は保守や極右のラジオショーの論客などがトランプの主張をどんどん拡散してくれることが強みの一つになっていたのだが、バイデン陣営は、トランプのそうした戦略を分析。新型コロナに対して慎重な姿勢を打ち出していたこともあり、早々にオンライン戦略を切り替え、徹底強化した。

 そして、3月に20人ほどしかいなかったオンライン戦略スタッフの大幅増員を決めて突き進んだ。民主党の指名候補争いをしたカマラ・ハリス上院議員やバーニー・サンダース上院議員、エリザベス・ウォーレン上院議員など、敵陣営にいた有能なオンライン戦略スタッフなども雇い入れて、9月の段階では、オンラインのスタッフは200人を超える規模になった。10月末までには20万人のボランティアがオンラインのキャンペーンに協力していた。

コロナ禍で重要度増すオンライン戦略

 さらにトランプ側が無理のあるスキャンダルを広めようとしたことや、トランプ政権の新型コロナ対策に問題があったことなどで、寄付などが集まるようになり、一気に勢いを増した。また8月にハリスを副大統領候補に指名した後は、前代未聞の、24時間で2600万ドルの寄付を記録している。8月は特に寄付の勢いは止まらず、8月だけで2億ドル以上の寄付を集めている。結局、今回の選挙戦では、オンラインでのキャンペーンに力を入れたバイデン陣営がトランプ陣営を圧倒するほどの資金を得て、オンラインを中心に優位に選挙戦を進めたのだった。

 一方のトランプ陣営は、新型コロナを過小評価し、オンラインと実際の選挙活動が中途半端になり、思うように寄付を集めることができなかった。トランプが敗れた大きな敗因の一つになったと考えられる。

 このように、バイデン陣営のオンライン選挙戦略はコロナ禍のおかげで徹底したものとなり、勝利に大きく貢献している。そして、こうした活動からビジネスパーソンが学べることは少なくない。

 世界はコロナ禍で大きく変わった。そんな時代には、ビジネスにおいても皆が思っている以上にオンラインでの活動が非常に重要になる。バイデンは、オンライン選挙活動で参加者をどんどん迎えられるプラットフォームを作り、寄付などのカネを生み、それを元手にさらに陣営がオンラインツールを使って有権者にリーチできるようにした。

 インターネットやSNS、SMSやメッセージングアプリを使えば、ビジネスの営業・PR的な活動は全てオンラインでできてしまう。事実、ほぼオンラインだけで世界唯一の超大国である米国の大統領選に勝利したのだから、それ以上の有効性の証明はない。オンラインのプラットフォームで活動が回っていくエコシステムを作ることで、オンライン上ではビジネスが効果的に回っていくのだ。

 もはやショーと化した大統領選だが、水面下の動きを見るとビジネスパーソンにも学べることは少なくないのである。

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