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遅咲きの緋

1月に生まれたから、「睦月」と名付けられた。
なんて単純な。と、今でも彼女は思う。

睦月は、幼いながら、自分が周りより劣っていることに勘づいていた。
身体は小さく、体力も無かった。

小1の頃。
初めてのマラソン大会では、女子80人中71位。
足が遅かった睦月は、足が速い子を心底羨ましいと思っていた。

さらに、睦月の通う小学校では、足が速くて目がぱっちりしている子がモテた。

そのことが睦月のコンプレックスを一層強くさせた。

睦月は、細くて切れ長の目をよくからかわれていたのだ。

「おい、のろま!」
「目ぇ細っ!」
「笑うと目が線みたい!」
「へーあん時代の人みたい!」

クラスの男子の無神経さに呆れ、無視しつつも、内心かなり傷ついていた。

からかわれたことを母に言うと、
「あんたはお母さんに似てるからね。ごめんね。」
と言われるのがさらに辛かった。

同じクラスの皐月ちゃんはよくモテた。
彼女は、マラソン大会では3位。目がぱっちりしていて、性格も明るかった。

良いなあと思っていたけど、私は皐月ちゃんにはなれないのだ。

「睦月は足遅いし、ほんとのろまだよな!」
「さつきとむつきって、名前似てるのに全然違うよな!」

クラスの男子が言う。

そりゃそうだよ。

だって私は「睦月」だもん。

小6のマラソン大会。

私は3位になった。

小1の頃は全然走れなかったけど、初めてのマラソン大会以降、父と一緒に特訓した。

小学校の朝の部活動にも入ることにし、私は毎朝走った。

父と走るのも、朝の部活も、とても辛かった。
でも、からかってきた男子どもを見返したくて頑張った。

皐月ちゃんは2位だった。

負けたけど、良い。

私に「のろま」と言ってくる奴はもういなかった。

そしてこの頃、私は成長期を向かえ、他の同級生と変わらないくらいに背が伸びた。

同級生たちに、やっと追いつけた。

じりじりと、枝を伸ばす桜のように。

日の当たるところを、探すように。

成長は止まない。


成人式当日。

私は、切れ長の目を生かすため、アイラインを少し長めに引いた。
着物ではなく、私は紺色のワンピースに袖を通す。

成人式には行かない。
親友の弥生と飲みに行く。それだけ。

小学校~中学校時代には、あまり良い思い出が無い。

足が速くなってからは、「のろま」とは言われなくなった。
が、「元のろま」と言ってくる輩が出てきた。

幼稚な奴なんてそんなもん。
「のろまキャラ」だった私が、のろまじゃなくなった。
けど、カースト的には何も変わらない。

クラスの頂点にいる子。
もてはやされる子。
その条件は、

「元々可愛くて、足が速い子。」

今は足が速くとも、元々が「のろま」な私は、一度ついたイメージを払拭できずにいたのだ。

また、「のろま」とは言わなくても、相変わらず「目が細い」とからかってくる輩もいた。

私はうんざりした。

この環境にも。

努力で「のろま」を解消した私に、今度は努力ではどうにもならない、「容姿」という弱点を突いてくる輩にも。

だから、さっさとこの人間関係から抜けようと、この中学校からは誰も行けないような高校を目指し、がむしゃらに勉強した。

同級生からは、「お前がそんな良い高校に行けるはずない」と言われた。

そんな心無い声には耳を傾けず、私は放課後も、休み時間も、ひたすら問題を解き、解けなかった問題は自分なりにノートへまとめた。
抜け出したくて、必死だった。

そして、私は見事志望校に受かったのだ。
そこからは、最低最悪な元同級生たちとは顔を合わせることも無かった。

高校大学では、容姿をからかってくるような人は居なかった。

そんなことより、皆今するべき勉強や、将来のことで頭がいっぱいだった。

誰かを引きずり落とすこと。
そんなくだらないことに労力を使う人なんて、居なかった。

そして、容姿も。

今は化粧を研究して何とかなっている。
走るようになってからは、体型も引き締まっているので、スタイルも問題ない。

自分が自分の容姿を気に入っていれば、何も問題ない。

私は、私の見た目についてとやかく言う、失礼な奴のために容姿を変えたりしない。

だから、「目を大きく見せるメイク」ではなく、「切れ長の目を、美しく魅せるメイク」を研究した。
それが私に合ってると思ったし、自分で良いと思ったから。

そして、私のことを「可愛い」「綺麗」と言ってくれる人も現れた。

今はその人と過ごす日々が大切だ。

飲みが終わり、夜の街路樹がざわめく中学校沿いの通りを弥生と2人で歩いていたところ、前方からやってきた女性に声をかけられた。

「久しぶり!」
と明るく声をかけてくる彼女。

相変わらず目がぱっちりしていて、可愛らしい。

短かった彼女の髪。
今は綺麗に伸ばして、亜麻色に染められている。

着ているのは、着物ではなく水色のコート。
彼女の長い脚に、黒いストッキングとショートブーツが映える。

どれも可憐な彼女に似合っている。

やはり、私は皐月ちゃんにはなれない。
そう思った。でも良い。

睦月は睦月。
弥生は弥生。
皐月は皐月。

それで良い。

「同窓会には行かないの?」

弥生が聞くと、皐月ちゃんは

「行きたくないもん。」

と答えた。
あんなに人気者だった皐月ちゃん。

彼女が同窓会へ行かないなんて、少し意外だ。
でも、彼女なりの行きたくない理由があるのだろう。

深くは追わず、少し会話をして皐月ちゃんと別れた。

寒緋桜が咲いていた。

赤色の花は、強烈な印象を与えてくる。

確か、早咲きの桜だ。

そういえば、かつて弥生と

「『早生まれ』ってさ、『早』ってよりか『遅生まれ』だよねー」

なんて会話をしたことがある。

同級生よりも遅く生まれて、身体も小さくて、体力も無くて。

同級生から、からかわれて。

なかなか殻を破ることが出来なかったけど。

寒緋桜も、「早咲き」じゃなくて、実は「遅咲き」だったりして。

なんてことを考えたりする。

固い蕾が、花開くところを想像する。


厳しく、鋭く、冷たい冬に生まれ。

どの桜よりも赤く燃えている。


さらに赤く。


春への道に、先陣を切る。




私も、私の人生でもえるだろうか。

もえるだろうか。

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