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紫陽花のワルツ。


雨が降り続きジメジメと湿った夜。


俺は傘を差しながら携帯電話を取り出す。



すぐにコール音は途切れる。


そして、電話の向こうから優しい声が聞こえる。


『もしも〜し』


「あ、玲さん、もうすぐ着きます。」


『はーい。』


それだけのやり取りの後、電話を切る。


そして、俺の歩幅は小さく速くなる。


この雨の日特有のアスファルトの湿った匂いが嫌いだからということにしておこう。



マンションの入口に到着するとすぐにオートロックが開く。


「やっほ〜○○くん、いらっしゃ〜い。」



「お邪魔します。」


この人はバイト先で出会った大園玲さん。



落ち着いた雰囲気と、柔らかい喋り方が特徴の女性だ。



年齢が近いこともあって、仲良くなるのに時間はかからなかった。





「ご飯食べる?」



「あ、はい。いただきます。」



「ちょっと待っててね〜」




玲さんはすぐにキッチンへと向かう。



「あ、これ良かったら。」



俺はここに来る道中で買った缶ビールをテーブルに置く。


「ありがとー、あとで乾杯しよっか。」




他愛もない会話を交わしていると、美味しそうな料理が運ばれてくる。



「それじゃ、かんぱーい!」



俺達は缶ビールで乾杯する。



まだ大学生の俺は、最近初めてお酒を飲んだのだが、その時も玲さんとだった。



まだビールの美味しさは正直わからないのだが、玲さんの真似をして二人で会う時はビールを飲む。



「どう?美味しくできてるかな?」



「美味しいです!」



「えへへ、ありがと。」




玲さんは少し照れくさそうに笑う。



「そうだ、○○くん。今日はこのままウチに泊まってかない?」





「え、でも…」




「明日大学もお休みだよね?大丈夫、今夜はあの人帰らないから。」




「えっと……。」




「ねぇ、○○くん。私、一人じゃ寂しいなぁ…」




「…………わかりました。」





「えへへ、ありがとう。」



玲さんは髪を耳に掛けながら笑う。



薬指に嵌められている指輪も、それと同じように微笑む。





そして、2人で晩酌をした後は手を繋ぐ。




「あーあ、○○くんと先に出会ってたらなぁ……」



そう言って玲さんは俺の頬を撫でる。





「玲さん、もう酔っ払ってんですか。」




「えへへ、だってホントのことだもーん。」




そして、ソファから伸びる影が一つに重なる。




吐息がお互いの名前と同じ形に象(かたど)られる。




悲鳴にも似た声が谺(こだま)する。



風に揺れる木々のような、世迷言を繰り返す。




この瞬間だけは。



この温度も重なり合う声も甘い匂いも味も。



全て2人だけの物だから。











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その後は、気が付いたら朝になっていた。




手を繋ぎながら、その細い指を握り締めた。





少し冷えている手の温度も、少しずつ温もりを取り戻していく。




「ん...…おはよ、○○くん。」



「玲さん、おはようございます。」



そしてまた、2人は空っぽの愛を啄んでいく。






何回も何回も、これで会うのは最後って決めているのに。



「えへへ、○○くん。」




玲さんの笑顔や言葉が、俺の世界を優しく撫でる。




その度に、また会いたくなってしまう。



「玲さん…玲さん……!」




いつもそうだ。



この人に会う時は。


嬉しさ、寂しさ、虚しさ、苦しさが入り混じる。



初めから分かっていた。



2人に永遠なんてないのだろう。



「ねぇ○○くん。」



「ん?」




「これ、あげる。」



「なんすかそれ。アジサイ?」




「うん。気をつけて帰るんだよ?」




「はい、"また"会いましょう。」






外に出ると、まだ雨は止んでいなかった。



俺は傘も差さずに歩き出す。






水溜まりに映る青い影が踊り出す。





まるで、踊り疲れるまであの人の掌の上で踊らされている俺を見ているようだ。







もう何度目だろう。





ただ俺は、あなたとお揃いの口紅を付けたかっただけなのに。







俺が出来ることは、最後にあなたから貰ったこの子の花言葉を調べることぐらいだ。

















これからの世界は。







あなたとの過去を忘れたふりをしながら生きていく。

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