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fish.

俺には好きな人がいる。


「......。」




窓際の席でボーッと校庭を眺めている村山美羽さん。




スラリと高い身長に高い鼻、吸い込まれそうなほどに綺麗な瞳。



気だるそうに授業を聞きながら、時々欠伸もしている。



......そのせいか成績はいっつもビリだけど。




恋は盲目とよく言うが、そんなことすら愛おしいと思っている俺も、例外では無いのだろう。





恋になんて興味がなかった俺からしたら、何の感情も湧かなかった幾つものラブソング。



今なら、その歌詞を何度読み返しても俺の事を救ってくれる気がする。



授業終了のチャイムが鳴る。




去年までは退屈で仕方なかったこの時間も、まるで有限の水槽の中に入ったようにあっという間に過ぎ去る。





帰りのホームルームも終わり、後は帰るだけ...なのだが、今日はとある約束があった。




「あれ、○○帰んの?」


いつも一緒に帰っている親友が怪訝な表情を浮かべる。



「あぁ、すまん。ちょっとな。」




「そっか、んじゃまた明日な。」


「あいあい〜。」



そのまま俺は少し距離のある場所に佇むファミレスへと足を運ぶ。






「いらっしゃいませー。おひとり様ですか?」




同年代の店員さんに接客される。




「あ、いえ、待ち合わせを。」




そのままキョロキョロと店内を見渡すと、こっちに向かって手を挙げているのが見えた。






「おまた。」




「かまわんよ。」




俺と簡潔にやり取りを行っているのは、同じクラスの的野だ。



文章では分かりづらかったかもしれないが、女の子である。



「どしたん、急に呼び出して。決闘か?」



俺は笑って話を振る。


「笑い事ぢゃねー。前言ってたこと、返事もらってないんですけども。」




「あ?」




「あ?じゃないが。小林くんのこと!!彼女いるか探っといてって言ったじゃん!忘れたんかこの薄情もん!」




的野は躊躇いもなく俺の胸ぐらを掴むとブンブンと上下に振る。



よく公共の場でできるなそんなこと。




ちなみに小林というのはここに来る前に少しだけ絡んだ俺の親友だ。





爽やかな顔立ちと誰にでも分け隔てなく接する性格から校内でも人気が高いザ・イケメンである。




いや違う、母音だからジ・イケメンである。






的野もそんなあいつに憧れている一人らしく、奴の情報を定期的に欲しがってくるのだ。




「あ、あ〜。そうだったな。安心しろ、あいつ今は彼女いないみたいだ。」




「それはまことか!?」




何故、一見俺に何のメリットもなさそうな関係を続けているのか、それは...






「あ!てか俺の方こそ村山さんに好きな団子の種類聞いとけって言ったよな!?」




「じゃかあし!好きな団子の種類なんぞ日常会話の中から都合よく聞けるか!」




そう、的野は村山さんととても仲が良く、ご覧の通りお互いの親友の情報を垂れ流しあっているのだ。




「俺ァ村山さんとお団子デートがしたいんだよ!はよ聞いとけぃ!」






最初はお互い探り探りだったが、独特なワードセンスを持つ的野とは、いつもこんな調子で会話をしている。




好きなアイドルが同じだと言うことから少しずつ話すようになり、気がつけばお互いの恋を成就させるために協定を結んでいた。





「てかさ、もうめんどくさいからお互い直接話すか?」




俺はドリンクバーのコーラを飲みながら的野に提案する。




「え、それはどういう...」





的野は不思議そうな表情を浮かべる。





「4人で遊びに行こう!」




「え、え、ムリムリムリムリ!絶対事故る。目見て話せん。姿を見ただけで死す。」







的野はわかり易くテンパっている。





「いや、でも今のままだとお互い進展しないだろ。ここは思い切って行くんだよ。俺も頑張るし。」






「やべ、ヨダレが止まらん...」





「なんでだよ...」




コイツ、本当に大丈夫なんだろうか......



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4人で約束をした当日。





緊張しすぎてほとんど眠れなかった俺は集合時間の1時間も前に到着してしまった。




(...さすがに誰もいないか。)




とりあえず近くのベンチへ腰掛ける。




集合場所に指定した駅は、休日ということもあってか人が流れるように歩いている。




やべ、緊張してきた。



勿論、同じクラスなので軽く会話をしたことはあるが、ちゃんと話すのは今日が初めてだ。




というか、村山さんの私服ってどんなんなんだろう。



持ち物黒いのばっかだしやっぱり黒なのかな?



いや、意外とピンクのフリフリのスカートだったらどうしよう...



「デュフフフフwww」



「ん?」




隣で明らかに様子のおかしい笑い声が聞こえた。





「あぁ小林くん......ダメだよこんな所で...」




「...........................。」





「でもぉ、どうしてもって言うならぁ...」




「ンーーーーー」





「そこで何しとる。」






「げ!○○くん!?」



もう全員がわかったと思うが、そう、アイツがいた。




「い、いや、一応シュミレーションをね...」




「にしてもだよ。んなこと駅前でやるんじゃないよ。」




本当に先が思いやられる。







その後、2人が合流して4人でボウリングへと向かう。




ボウリングなんて長らくやっていないが、村山さんにいい所を見せるために、この指が爆ぜようともパーフェクトゲームを出すのだ。





「いや怖い怖い怖い。」




的野が絡んでくる。





「何がだよ。」




「いや、人でも殺めにいくんかって面構えだったから。」



「フッ、的野よ。その目をかっ開いてよく見ておけ。」



「はぁ。」



「今......伝説が始まる.........!!!!!!!!!!」







ガコーン





俺の投じた球は一直線へとガターへと吸い込まれる。





「...............。」




「..................。」




「..................フフッw」



あ、村山さんにだけウケてる。




いや〜、人を笑顔に出来た瞬間が一番幸せだよね。




「○○くんってさ、面白いよねw」




村山さんはお腹を抱えて笑っている。




そうか、村山さんってそんな顔で笑うんだな。





胸の奥が少しだけ狭くなった感覚だ。








「でりゃあアアア!!!!!!!!!!」





的野も何故か全力投球で球を転がす。






「ふぅ......」



そして投球後はゆっくりとこちらに向かって歩いてくる。





「いや的野、めっちゃドヤ顔してるけどお前もガターだから。」



コイツは本当に相変わらずである。




とにかくガターしか出さない俺達の投球は、完全におもしろ投球タイムへと化していき多くの笑いをお届けした。



そしてボウリングが終わり、筋肉痛となった腕を引き連れながらその横のゲームセンターへと移動していた。



「あ、こんなのあるぞ。」



親友が指さした先には



『相性占い』



の文字が。




「んだよんだよ少年〜。占ってみたいのかねぇ〜?」



俺は親友が首を縦に振るのを待つために変な絡み方をする。





「せっかくだし○○やれば?」



「......せっかくってなんだよ。」



とりあえずその場のノリでやってみることに。



まずは俺と村山さんが、名前と生年月日を入力する。



...これで何がわかるってんだよ。っていう野暮なコメントは一旦置いておきまして。




『2人の相性は〜?』




デデン!!!!!!!!!!




『10%〜!』



「......だ、そうです。」



「フフッw相性最悪じゃんwww」



村山さんは相変わらず爆笑している。




ちょっとツボがよくわからんなこの人。






「こ、ここここここここ小林くん!!!!!私達もやらないかい!?」




ももクロの歌詞みたいになっている的野と親友が続けてチャレンジしていた。



が、結果は同じく10%だった。



「バカナ......」


的野は分かりやすく落ち込んでいた。



「最後に俺たちでやるか。んで、笑い取って終わろ。」



「......せやな。」



俺と的野は早速生年月日を入力する。





デデン!!!!!!!!!!




『100%〜!!!!!ヒューヒュー!!!!!』



「.........」




「.........」





「解散!」



結局その日は俺の一言によって解散した。





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その後は4人で色んな所へと遊びに出掛けた。







皆がよく知るテーマパークにも、少し話題の水族館にも。



これが青春でないのなら、俺の元には一生青春なんて来なくていいと思えるくらいに。




また、色んな話をした。





すると最近、俺は気がついてしまった。




俺は、3人の前だと鏡のようになってしまう。



楽しかったこと、嬉しかったこと、ムカついたことが反射して同じ気持ちになるのだ。




ふと思うこともある。





俺のこの村山さんを想う気持ちも、鏡のように見つけてくれないかと。





「もうすぐ夏休みだな。」



俺はそんな事を思いつつパンを齧りながら、ボーッと親友の話を聞いていた。



「だなー。」





「今年はどこ行くよ、あいつら連れて夏祭りとか行くか?」





夏祭りか...



去年までは全くと言っていいほど興味は無かったが、皆とならいいか。




「アリだな。」






「だろ?2人にも声掛けとくわ。」




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「......と、言うわけで夏祭りへ行くことが決まりやした。」



俺は的野を連れていつものファミレスで作戦会議を行っていた。



「人混み...キライ......」




「まぁ、そう言うなって。折角だし楽しもうぜ。」






「まぁ、小林君来るなら全然いいや。美羽は浴衣着るって言ってたし私も着ていこうかな。」




「お、いいじゃん。」






そして俺は決心したように的野の顔を見る。





「何、急に見つめてきて。え!?今日のお昼のり弁だったのバレた!?」




的野は一人で前歯を出しているが無視して話す。




「俺、夏祭りの日に村山さんに告白するわ。」





「...私もちょっとだけ同じこと思ってた。」





どうやら的野も俺と同じ気持ちを映していたみたいだ。



「でも大丈夫かな...私ってブスだし根暗だし絶対フラれるよ。」



的野はいつもネガティブなことばかり言う。




気持ちは痛いほどよくわかる。






今まで積み上げてきた時間が大きすぎて。





ちゃんと言葉にして伝えられるかどうかもわからない。




もし、今の関係が崩れてしまったとしたら。







それでも。





俺は「出会えてよかった」で終わりたくない。




自分の最大級の愛の、その上を受け取って欲しい。


「大丈夫、的野は可愛い。おまけに陽キャだ。だから絶対大丈夫だ。」



「...ほんとに思ってる?まぁでも、ありがと。」




「俺も頑張るから、絶対成功させような。」





「おう!やってやるぜ!」




まるで男友達のように2人はグータッチをする。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー





そして、夏祭りの日。





会場になっている神社で待ち合わせた俺たちは、噎せるような人混みの中を歩く。





「やっぱり今年も人エグイな〜。」




「先に花火の場所取りした方がいいかもな。」





男性陣は前を歩く。




「うぷ…人混みが……」




「フフッwww美青の顔おもろwww」




女性陣は後ろで相変わらずのペースで歩く。







そんなこんなで花火が見えやすい高台の所までやってきた。




ここならベンチも近いしいい場所だ。






早速ベンチに座り、さっき屋台で買ったかき氷を皆で食べる。









「あ、そうそう美羽、聞いて。昨日見たホラー映画なんだけどさ…」




「やめて。」




「神社の井戸から女の人が出てきてさ、ほら、ちょうどあんな感じの…」





「え、私やめてって言ったよね。」




本当に2人は相変わらずだ。








「え、それって昨日テレビでやってたやつ?」




ホラー映画好きの親友が真っ先に食いつく。




「そ、そうそう!日本のホラー久しぶりに見たから面白くて…」



「面白かったよなー!○○がホラーてんでダメだから語る人いなかったんだよー!まさか的野さんがホラーいける口だとは!」



「デュフフwわ、私でよければ…」





2人は楽しそうにホラートークを始めてしまった。



ホラーが無理な俺と村山さんは少し距離をとる。




「…ったく、ホラーの話なんてして何が楽しいんだっつーの。」




「それな。…あ、○○くん、私りんご飴食べたい。」






「りんご飴か、さっき屋台見かけたな。一緒に買いに行くか。」



「うん。」







2人に一声だけかけて俺たちは再び人混みに向かって歩き出す。






「…あのさ。」




「んー?」




「えっと…浴衣、似合ってる。可愛いよ。」





「……ありがと。」






人生で一番と言っていいほど鼓動が早くなる。





どうしてだろう、この独特な神社の草の匂いが俺を強気にさせてしまったのだろうか。




「はぐれたらアレだし、手……」




「………わかった。」





体温がみるみる上がっていくのがわかる。



手汗がヤバい。





願うなら、この少し涼しい夜風が俺のことを冷ましてくれないだろうか。






初めて握った女の子の手は、柔らかかった。






本当は、今だって色んな話をしたい。





でも、俺の頭の中には。





この時間が永遠に続いてくれたらいいのに、と。





ありもしない願いを神様にぶつける事しか出来なかった。





目的のりんご飴を買った俺達は屋台の近くの石段に腰掛けた。








手はまだ繋いだままだ。





お互い何も言わない。





もう人混みは抜けているのだ。








もしかしたら、次の言葉が手を離してっていう類の話題なら。





そう思うとうまく言葉が俺の口から離れてくれなかった。



「花火…………」



村山さんが先に口を開く。




「んと、何時からだっけ?」




「あ、あ〜…忘れたわ。」





「そっか。あ、りんご飴いただきます。」




2人はそっと手を離してりんご飴に齧り付く。




「俺、初めて食ったかも。」




「結構美味しいでしょ。」




「うん、村山さんと食べてるし余計……」





「もー、なにそれ。」





村山さんは照れたように右手をヒラヒラさせている。




「村山さん、あのさ…」





言うなら今しかない。





俺はそう思った。





今、言わないと。





俺の中の弱虫が支配するが。




「どしたの?」






村山さんは少し笑みを浮かべながらこっちを見てくれる。




怖い。






たった2文字の言葉を伝えるだけなのに。








まるで、山積みになっている原稿用紙のように。






俺の言葉が詰まる。






でも。







的野と約束しただろ。







アイツだって、勇気を振り絞って頑張ってんだ。







「俺さ、村山さんのことが……」









ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




「あ、帰ってきた。」





「…おっす。」




俺と村山さんはさっきいたベンチまで戻ってきた。





「遅いぞー。」




「わりわり、ちょっとな。」





的野の方を見ると、俯いて少し泣きそうな顔をしていた。





「あ、あー!焼きそば買うの忘れてたわー!」




俺はわざとらしく大きな声で言う。




「なんだよ○○、お前まだ食うのかよ。」





「的野!一緒に行こうぜ!」




「え?え?私?」




「ほら!」




俺は的野を強引に連れ出すと、人混みを抜けてさっき村山さんと座った石段の所までやってきた。






「俺さ、村山さんにフラれたわ〜。アイツのことが好きなんだって。」





腰掛けながら俺は笑って言う。





「……私もフラれた。小林くんも美羽のことが好きなんだって。」





「んだよ、アイツら両想いかよ。」





「…………グスッ。」





「的野……」



「……うぅ、ぐやじ〜」




的野はポロポロと涙を流す。




「俺だって悔しいよ。」



俺は続ける。



「村山さんにフラれたことよりもさ、俺の大事な人が横で泣いてんのに何も出来ないことが悔しい。」




「○○くん…」





的野は、堰を切ったように泣き始める。





「私ね、本気で好きだったんだ……」





「あぁ、知ってる。」





「今日だって頑張ってメイクもして、可愛い浴衣選んで来たんだ………」



「あぁ、知ってる。」




「なのになんで?なんでいっつも私は……」





「的野。」






「大丈夫、今日の的野は世界で一番可愛い。」




「うそだぁ!」




「今日村山さんに言ったセリフをそのまま的野に言うなんてズルいことはしない。でも。」





「少しでもこの一緒の傷が癒えるんなら。」






「……もう少し一緒にいない?」





「……うん。」





的野は俺の肩に頭を預ける。






その時、夜空に大きな花が咲く。






2人の気持ちはこんなに鮮やかに彩られてはいないだろう。






でも、逃した魚はこんなに大きかったんだと。





そう思わせられるような。






そんな、未来を描けるように。






俺はさっきここに来るまでに2人で買ったラムネを手に取ると。





この弾けた恋を、一気に飲み干した。

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