日米韓首脳会談の意味合い―――新たな封じ込め態勢へ

1 はじめに
  「8月に日米韓首脳会談をキャンプデービッドで開催する」旨が7月下旬に報じられた。当該会談の開催は「歴史的」と強調される割に、歴史的な会談の開催発表は唐突だった、と感じた人は少なくなかったのではないだろうか。また、全首脳が合意した「キャンプデービッド原則」についても、多くの日本人、アメリカ人にとって特に目新しい内容でなかったと受け止めていると思う。しかしながら、アジアの冷戦構造の現状と将来を考える時、やはりこの会談は「歴史的」と評価し得ると思う。
  何故「歴史的」と評価できるかに関する回答を、以下の問いに答えることで回答したい。
  ① 「自由で開かれたインド太平洋」の意味合い
  ② 「自由で開かれたインド太平洋」に韓国が加わる効果
   Ⓐ 防衛上の側面
   Ⓑ 経済・技術等の側面
  ③ 特に中国にとっての意味合い

2 「自由で開かれたインド太平洋」の意味合い
  第2次世界大戦や米ソ冷戦の文脈で「自由で開かれたインド太平洋」を見ると、策定された時代背景や発出のねらい等に差はあるものの、地域や世界の秩序に関する理念を謳っている点や米国の関与を引き出している点で、英チャーチル首相と米ローズベルト大統領が1941年に発表した「大西洋憲章(The Atlantic Charter)」と同じ意味合いを有している。それが安部元総理の最大の業績である。ちなみに大西洋憲章の意味合いは、「米国の対独・対日参戦を後押しした」こと及び「第2次大戦後の米国の国際(米州外)安全保障への参画を後押しした」ことにある。

3 「自由で開かれたインド太平洋」に韓国が加わる効果(Ⓐ)
  朝鮮戦争は、アジアにおける冷戦構造を象徴する出来事であった。第3次世界大戦に発展しなかったものの、冷戦が熱戦化した(血で血を洗う戦いとなった)最初の戦争である。朝鮮国連軍という錦の御旗が立てられ、わが国も締結・批准した国連軍地位協定及び関連合意は、今なお北東アジアにおける米主導有志国連合の安全保障関与の基盤を与えてくれている。その基盤を「自由で開かれたインド太平洋」に公式に準用することは、単に韓国を味方につけることのみでなく、他の自由主義国に北東アジアにおける活動の基盤を与える重要な意味合いを持つ。
  当然ながら、北東アジアにおいて、中国、特に北京や黄海に最も近接する国の一つである韓国がインド太平洋の枠組みに加わった意味は、軍事的に大きい。韓国軍と在韓米軍がより能動的に対中態勢をとることができる。

4 「自由で開かれたインド太平洋」に韓国が加わる効果(Ⓑ)
  半導体をはじめ、各種産業で国際的な存在感を発揮している韓国が経済・技術の面でも中国に対し距離を置く方向にシフトすることは、冷戦期に取り極められた「多国間輸出統制調整委員会(通称、「対共産圏輸出統制委員会(Coordinating Committee for Multilateral Export Controls; COCOM(ココム))」の現代版を構築することと同じ意味合いを与えてくれるものになる。安全保障のみでなく、経済・技術面を含めて協力の態勢が整いつつあることは、包括的な対立構造を形成するものになり得る。

5 特に中国にとっての意味合い
  今次の原則で述べられた「日米韓安全保障協力」は、中国が文在寅政権に約束させた「三不一限(『三不』は『THAAD(終末高高度防衛ミサイル)追加配備不可』『アメリカ合衆国のミサイル防衛(MD)システム参加不可』『韓米日軍事同盟不可』、『一限』とは、2017年10月末に加わった『現有のTHAADシステムの使用に関しては、中国の戦略的安全性の利益を損なわないよう、制限を設けなくてはならない』というTHAAD運用制限を言う。)」における「韓米日軍事同盟不可」と、実質的に両立しないことを意味する。つまり韓国にとって今次の合意は、「三不一限」との決別の表明とも受け取れられることから、中国にとって悪夢以外何者でもない。しかも、朝鮮戦争の枠組みが台湾海峡危機に準用され得る態勢になり、かつ各種の貿易、先端技術へのアクセスに更なる制約が課されることになること、また自国内の最近のニュースが芳しくないことと相まって、非常に大きな痛手であると思われる。他方で、このようなプレッシャーは、中国に次の手を誤らせるリスクにも至り得る、とも思う。

6 おわりに
  アジアにNATOができる、多国間同盟ができる、とは思わないが、アジア版の集団防衛的な態勢を確立する上で、日米韓の協力態勢が極めて重要な意味合いをもつことを述べてきたつもりである。
  ただ、集団防衛態勢・体制は、容易にできるものではなく、常に挑戦・試練にさらされる。NATOにおいては、ギリシャ・トルコの和解、独の加盟、戦域核配備等があった。また冷戦後、主敵を失ったNATOは何処に向かうべきか、非常に難しい課題に直面した。結果として、旧共産圏を取り込む東方拡大に舵を切った。その結果、今日のロシア・ウクライナ戦争に至っている。しかしそれは織り込み済みのことであった。歴史修正主義が台頭する現実的な国際政治において現実的に対応したことは、難しいながらも、価値観を共有する人々の想いを実現する上で賢明な判断であった。
  日米韓が実効的な対中封じ込めを行っていくためには、NATOが直面したような試練を乗り越える必要がある。日韓の政治指導者にその覚悟があるか、国民にその真意を伝え支持を得ることができるか、確信をもってできると言える状況にはまだない。米国の手先としての日韓と捉えるか、平和を維持するためにそれぞれ今何をなすべきかを考えるか、国民レベルの理解・熟慮と決意が求められている、と思う。

【参考】
l  佐瀬昌盛『NATO―――21世紀からの世界戦略』文春新書(1999)
l  細谷雄一「『国際連合』の起源 : 戦後構想をめぐる英米関係」、慶應義塾大学学術情報リポジトリ(KOARA)(2005);

https://koara.lib.keio.ac.jp/xoonips/modules/xoonips/download.php/AN00224504-20050828-0001.pdf?file_id=109342

l  秋田浩之「戦中に生まれる戦後秩序 日本、太平洋憲章の起草を」日本経済新聞(2023年2月1日);

l 読売新聞「【独自】対中国『現代版ココム』に発展も…先端技術の輸出規制で日米が新たな枠組み検討」(2022年1月10日)

l ウィキペディア「三不一限」;
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%89%E4%B8%8D%E4%B8%80%E9%99%90
l  Yahooニュース「3か国の協力『新たな時代に』 日米韓首脳会談終え共同会見」に対する村野将氏のコメント(2023年8月19日);


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?