平成元年に生まれた自分が平成の間に幸せになれなかった理由

平成31年4月。もう平成は終わる。

自分は平成元年に生まれた。
ということは、“平成生まれ”として一番長くチヤホヤされたといえる。

だが、平成生まれとして、イキがったことはない。
そもそも昭和が古いとも思ってない。というか、なんとも思ってない。
昭和を生きてきた人にとっては新鮮に感じられた言葉で、「若い」という言葉を言い換えたかったのだろう。
自分とは世代が違うと表せるなら、昭和/平成でも、10代/20代でも、20世紀生まれ/21世紀生まれでも、言い方は何でもいい。

平成なんて、ろくな時代じゃなかった。
自分たちは不景気しか知らない。
成長していく時代も、浮かれていた時代も知らない。
少子化で同級生は少ない。しかも平成生まれのなかでもゆとり世代。
同世代の子供を産んでもらえなかった、教育も失敗された、寂しくて悲しい世代である。
教育もそこそこに、少ない人数でたくさんの高齢者を支えるなんて、本当にやってられない。

昭和世代はあんまり平成生まれの子供を育てることに興味がなかったようで、平成はIT技術の方が大変発展した。
インターネットや携帯電話の進化とともに自分たちは成長した。
機械と比べて、人間とは大変非効率でポンコツに思う。これは比べるものではないが。
だが、変に人間は自らのポンコツさを自覚し始めたような気がする。
違いを受け入れようという言説は、実はそんなにきれいなものではない。
意識しすぎて、なんだかやりづらい状況になっている。

そんなふうに考える自分でも、昔よりも今の方がいいと思っている。
去年よりも今年の方がいい。
先週よりも今週の方がいい。
じゃなかったら、この世界はとっくに滅びている。

自分には、戻りたい過去も、憧れる時代もない。
人生をやり直したいとも、社会を誰かに改善してほしいとも思ってない。


平成の間に自分が幸せになれなかった本当の理由はここからだ。


自分たちは何も持たずに、何もできない存在から始まった。
そこからいろんなことを覚え、いろんなことができるようになった。
自分が生まれ落ちる世界は自分で選べない。
あるいは、実は数ある選択肢の中からこの運命を選んだはずだけど、選んだ事実も忘れて生まれてきた可能性もある。
そうなってくると、人生に文句を言うたびに「自分で選んだんやんけ」という話になってしまってどうもバツが悪いので、生まれた事情など知らないということにしておく。

ときどき、この世界って自分が知覚する範囲しか存在していないのではないかと思うことがある。
自分の知覚していない部分に世界があることを証明できない。
見えてる世界、感じられる世界、知ることのできる世界だけが、自分の世界の全てだ。

だから、仮に自分の知らない範囲に世界が広がっていたとしても、自分には関係ない。
自分の世界は、今自分が感じている“これ”だけだ。


自分の世界を生きていると、良いことも悪いことも起きる。

人が好きなのは、自分の予想もしてなかった良いことが起きることだ。そして人が嫌いなのは、自分の予想もしてなかった悪いことが起きることだ。

予想をしていたかどうかは、きっと関係があると思う。

自分の世界で予想外の悪いことが起きないように、人は知恵をつける。

効率主義やミニマリストもそう。
あるいは、正義を振りかざす人も、自分の意識の高さを誇示することで世界を自分の支配できる範疇に押し込めようとする。

自分の世界に想定外に起きた不都合を、外部の世界のせいにすると気が楽だ。

自分の暮らしが楽にならないのは、

誰のせい?国?国って誰?

じゃ、政治家100人を集めて、自分の生きやすい仕組みを考えてもらえたら幸せになるかと言われると、それで幸せになるとは限らない。

そしてその100人が自分たった一人のために尽くす義理は無い。

どういう人が、何人いたら、自分は幸せになれるのか。

考えなくてもわかるかもしれないが、この問いかけは不毛なものだ。


実際のところ、一人の人間を救うのはとても難しい。

本当は、自分の世界は、自分で救うべきなのだ。

自分が自分や人を救うよりも、誰かに自分が救われたい人が多い。
人を救える余裕のある人が少ないのかもしれない。


平成に生まれ、自分の世界を救うことの難しさを感じている。

課題に課題が絡み合い、そしてそれらに単純な解決策はない。
たった一人の悪役がいれば、楽だったけど、
そういう感じでもないということは、早々に感じた。

自分の前にはなんとも大変な世界が広がっているものだ…


◇◇◇◇◇

読了しても、何も得るものがない文章を書いてしまった。
特に伝えたいことがあったわけでもない。

“幸せではなかった”という称号を与えて、平成を葬りたかったんだと思う。

自分の世界を自分で幸せにする作業が、平成のうちに間に合わなかったという方が正しいが。

自分の世界は自分で責任を持つしかない。

令和はどう生きていこうか。


AY


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