担降りした話

 担降りした。ファンクラブも退会したし、YouTubeチャンネルも登録解除した。いつから推していたのか定かではないが、転機は主演作「仮面ライダービルド」の夏映画を観た日だと思う。その映画は2018年8月公開だから、2年と6ヶ月ほど推していたことになる。飽き性の自分としてはこれほど長く一人の、それも実在する人物を推していたのは初めてだった。
 そもそも俳優を好きになったのが初めてだった。舞台挨拶は可能な限り行った。写真集を積んで、イベントでチェキも撮った。コロナ禍になってから始まったYouTubeも広告収入が入るよう作業用BGMにしていたし、配信限定の舞台もチケットを買った。推しにもっとお金をつぎ込んでいる人が見れば鼻で笑う程度だろうが、稼ぎが少ない自分にしては頑張っていたと思う。多分。

 担降りの主な原因は、2021年1月23日に上げられた動画、「とある俳優の宝物紹介(空島編)」にある。
 内容としてはありがちな私物紹介で、9分に満たない尺の中で七つの「宝物」が紹介された。
 初めてのバイト代で買ったスニーカーや仮面ライダーの劇中で使っていたアイテムなどが登場し、それにまつわるエピソードにも軽く触れられる。私は「これは永久保存版だ」と画面に向かってニチャニチャしていた。動画の6:33までは。
 宝物として六つ目に紹介されたのは、乃木坂46の与田祐希さんの写真集だった。彼女とは実写映画「ぐらんぶる」のメインキャストとして共演しており、その縁で頂いたものだと言う。メッセージを書いてもらったらしく、犬飼が表紙の一部を手で覆い隠し、その内容は最後まで分からずじまいだった。嫌な予感がした。
 彼はオタクだ。『いちご100%』で育ったと公言し、仮面ライダーで相棒だった役のスピンオフ映画の舞台挨拶の日には、プライベートでFateの映画を観に行っていた。ラジオ「ライムスター宇多丸とマイゲーム・マイライフ」にゲスト出演した際はゲームに関する思い出を熱く語った。
 そして、以前はアイドルオタクでもあった。AKB48の指原莉乃さんを好きすぎるあまり、頭に「指原」の剃り込みを入れたという高校時代の逸話がある。

 当該動画を見返してみると、違和感を覚える点がある。彼が紹介した「宝物」を登場順にまとめてみた。
①初めてのバイト代で買ったスニーカー
②仮面ライダーで劇中使用したのと対になるスニーカー
③仮面ライダーで劇中使用していた腕時計
④バルセロナのユニフォーム(安倍裕葵選手のサイン入り)
⑤映画「ぐらんぶる」DVD
⑥与田祐希さんの写真集(サイン、メッセージ入り)
⑦「化物語」「偽物語」のBlu-ray BOX、『進撃の巨人』『斉木楠雄のΨ難』の単行本(神谷浩史さんのサイン入り)

 注目してほしいのは、先に挙げた与田さんの写真集の一つ前、五番目に紹介された映画「ぐらんぶる」のDVDである。他の「宝物」は世界に一つしかないレア物や有名人のサイン入りばかりだが、これだけはプレミアものでもなんでもないただのDVDなのだ。確かに彼の直近の出演作ではあるが、物自体は現在も販売中で、言ってしまえばいつでもどこでも、中古でも手に入る。
 私はこれを「与田さんの写真集を紹介するための足掛かり」だと考えている。与田さんとの出演作のDVDを直前に置くことで、視聴者に「そういえば共演していたよね」と思わせる、小手先の目線逸らしのように思えてならない。「ぐらんぶる」が思い入れのある作品だからそこで貰った与田さんの写真集も大切にして当たり前、そこに男女関係を見出す方が不純とでも言いたげな態度だと思う。実際に、そういう意見の人をTwitterで見つけた。ブロックした。Twitterもアンインストールした。

 私は俳優としての犬飼貴丈が好きだった。潔癖症の気があるのに握手会で神対応してくれたこと、子ども向けの仮面ライダーで主演を務めるに当たって人一倍私生活に気をつけていたこと、全く泳げないのに映画のためにダイビングに挑戦したこと。挙げればキリがないが、容姿や演技と同じくらい彼のプロ意識が好きだった。
 しかしあの動画はファンを喜ばせようというより、自分の「見せたい」が先行した内容だった。元々YouTubeチャンネルは家での自炊やプライベートを切り取った動画が多い。テレビでは見られない俳優のオフの様子を楽しむもので、それを「プロ意識がない」と指摘するのは的外れだと言う人もいるかもしれない。それでも、あの動画に「ずっと僕が死ぬまで仮面ライダー」「永遠に教えを守って生きていく」と言ってくれた犬飼はどこにもいない。こっちが勝手にプライベートを付け回したのではなく、向こうから「はいどうぞ」と公開された内容は、誰がなんと言おうとプロの仕事の一部だ。実際に与田さんとの関係がどうなのか、どのような意図があったのか、現時点では邪推することしかできない。所謂匂わせをした事実以上に、前座に共演作のDVDを置くことで誤魔化そうとした、その魂胆が見え透いて応援できなくなってしまった。

 匂わせ以上に、とは言ったものの匂わせ自体もしっかりショックだった。先述の通り私は俳優・犬飼貴丈という商品を好きだったのであって、犬飼貴丈に性的魅力を感じていたかと問われれば首をひねることになる。失礼を承知で言うと、写真集の上裸のショットは正直必要ないと思ったし、「ぐらんぶる」や舞台「サウナーマン」でほとんど裸になったときはどこに需要があるんだろうと疑問だった。彼は下手すれば肋骨が浮き出るほどの痩せ型なので、肌の露出があるたびに食生活が心配になっていた。推しを応援しているときくらいは、性とか男女関係とかそういう煩わしさから離れたところにいたかった。推しという存在にはそう思わせる神聖さがあると思う。リアコを否定するわけではないが、私の場合はそうだった。
 商品としての俳優活動に一貫していたクリーンさが、今回の匂わせで一気に崩れ落ちた。聖像から生々しい匂いが漂ってきた。手触りが象牙のそれからブニブニした肉の感触に変わった。
 「匂わせは嗅ぎにいった方が悪い」なんてよく言うが、推しに関しては「知らない」のが許せない性分なので遅かれ早かれ担降りに至っていただろう。彼が俳優として提供していた、上澄みの綺麗なところだけを好きでいられればそれで良かったのにと思うと、YouTubeチャンネル開設の一因であるコロナが余計憎らしくもなる。

 ファンクラブも退会したし、YouTubeチャンネルも登録解除した。大学生活の大半を捧げた推し活に一区切りついた。しかし、公式Instagramのフォローだけはまだ外すことができていない。フォローをやめたとしても、私はたびたび検索欄に彼の名前を入力してしまうのだと思う。

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