「フォーチュン・クエスト」という安心

私の好きなライトノベルのひとつに『フォーチュン・クエスト』がある。
30年にも渡る壮大な時間の果てに、つい先日、完結した。

作者は「深沢美潮」先生。イラストは「迎夏生」さん。

高校の図書室で、オタクの友人から、「あかほりさとる」「神坂一」「冴木忍」、そして雑誌『ムー』と一緒に紹介された『フォーチュン・クエスト』は、私にとって、ライトノベルの金字塔であった。

深沢先生の作品は、ときにグロい。とくに「ケーキとなめくじ」だけは、いまだもってトラウマになっている。インコの頭にウネウネ~っとした体のモンスターとか、「どうしたんだろう。先生、スランプなのかな」とか、本当に心配になった。

主人公のパステルが、シリーズを追うごとに、だんだん「優柔不断」になっていって、ものすごく「心の叫び」みたいなものを発するようになってくると、いよいよ「先生、どうしたんだろう。何か嫌なことがあったのかな」とか、本当に心から心配になる。

シリーズがうしろのほうに行くに従って、パステルの「毛糸のパンツ丸見え率」が高まってきたりすると「先生! そっちに流れないで!」と、出版社の青年対応方針みたいなものに、猛烈な反発を覚える。

「もうパステル! なんでそこでひとりで悩むの?!」とか「ルーミィ、ルーミィ言い過ぎ!」とか、パステルにイライラすることもある。それぐらい、私にとって『フォーチュン・クエスト』は、家族か従姉妹か、とにかく身近な距離感の作品なのだ。

でも、そういう部分を差し引いて、ほとんどの部分は「何度も何度も、そこだけ読みたい!」という場面に溢れている。「いや、目を離せないでいたのかもしれない」とか、グリーンドラゴンがクレイを見つめちゃうところなんて、擦り切れるぐらい読んだ。そのページだけ手垢がやたらついてる。そこだけコピーして手帳に挟んでるぐらい好き、というぐらい好きだ。

そんなパステルたちの物語を支えるのが、盟友の迎夏生さんだ。迎さん(あえて親しみを込めて、先生とは呼ばず)のイラストが、深沢先生には必要不可欠。「パステルって、こんな顔してたんだ」ということを最初に決めてくれたのが、迎さんだ。迎さんでなければ、『フォーチュン・クエスト』は、読まなかったかもしれない。

そんな迎さんは、ご自身の絵をうまいと、あまりお考えではないことは、ご本人のブログでも知られている。私に画才はないから、努力をされた方のご謙遜を、そのまま文字通りに受け止めることは出来ないけれど、確かに世の中には「うまいイラスト」が溢れている。

でも、『フォーチュン・クエスト』の主人公パステルや、仲間のクレイや、トラップや、ノルや、キットンや、シロちゃんや、そしてルーミイ。これらを受け止めることが出来る絵を、私は他に知らない。pixivでもなんでも、そんな絵はない。

美しい女性、可愛い少女、グラマラスで、カッコよくて、キュートで、あらゆるパターンの髪型、あらゆるパターンの顔立ち、そして、手の込んだ細かい装飾がこれでもかと描かれ、どこにも手本のない魔法の武具を身につけた「ファンタジック」な人物イラストは、多々ある。それらのイラストレーターさんは、多くのフォロワーを持ち、多くのいいねで満ちている。

でも、それらの人物たちには、「安心感」が決定的に欠落している。努力してきた画家をバカにするわけじゃないけど、それらの絵を「安心してみる」ことが出来ない。逆に「安心感」を得ようとすると、動物とか二頭身のように、キャラクター化してしまう。

パステルたちは、キャラクターではない。生きている。そこにいる。

思えば、日本人というのは「口承伝承」を大切にしてきた。稗田阿礼が暗唱して、太安万侶が『古事記』を撰録したように。『竹取物語』に作者が不詳であるように。良質な〈物語〉は、まさに〈ものがたる〉ことによって伝えられてきた。『フォーチュン・クエスト』には、そのような日本人的な面影がある。舞台は完全に異世界だけど、不思議と口承の色合いがある。

「むかしむかし、パステルという女の子がいてね」と、お母さんが、そしてお父さんが、安心して子供に語れる。そういう色合いがある。それに気づかせてくれているのが、迎さんの絵だ。深沢先生の物語の本当の魅力は「語り継いでいけること」にあるのであり、その大切なことに気付かせるための、いわば魔法の看板のようなものが、迎さんの絵なのだ。

だから迎さんは「私の絵はうまくない」と本当に思っているのかもしれないけど、ほかのどのイラストレーターにも不可能な「安心して語れる物語」という魔法を、『フォーチュン・クエスト』にかけてくれた。そして、今もって、それをかけつづけてくれている。

私は、かつて『竹取物語』が「かぐや姫」になって、子どもたちの枕元で、両親によって語られてきたように、「パステルとシロ」のような簡易な童話として、子どもたちを優しく包む本となって普及することを、ひそかに願っている。そこにも、迎さんの「安心感」のあるイラストが必要なのだ。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?