オンライン学習のみで学びは成り立つのか。東南アジアEdTechやミネルバ大学の事例

こんにちは。Quipperというオンラインの教育サービスを提供している会社で、2014年より教育サービス開発・事業展開に関わっています。2015年からはインドネシア事業の立ち上げに携わって来ました。Manabie (マナビー)のTakuyaさんとは2019年までインドネシアで共同代表を務めていた仲です。今回、このCOVID-19の件で注目を浴びているオンライン教育に関して、自身のインドネシア・フィリピン・日本での体験を踏まえて筆を執らせていただきました!EdTechの歴史的な背景も踏まえて、長くなりすぎないようにして(それでも長いかもしれませんが)まとめたので、ご一読頂ければ幸いです。

著者紹介:Quipperというオンラインの教育サービスを提供している会社のインドネシアの代表を務めている。Quipperが提供するK12の生徒向けの学習サービスQuipper Videoは、Recruitが提供するスタディサプリと同じプラットフォームを使って提供されており、現在インドネシア、フィリピン、メキシコでサービス展開されている。

オンライン学習の勃興

2006年にSalman Khan氏がKhan Academyを創業し、更にMOOC (Massive Open Online Courses) という言葉が広まりだしたのもその頃だ。もう14年も前のことになる。インターネットさえあれば、世界のどこからでも一流の教材にアクセスできる。当時はおそらく「これぞ次世代の教育の在り方だ」と多くの人がオンライン教育に可能性を見出したことだろう。14年が経った今、果たしてその結果はどうだったのだろうか。

見えてきた可能性と現実問題

オンライン教育によって、これまで良質な教育へのアクセスが無かった多くの人が恩恵を受けたのは事実である。例えば、モンゴルの15歳の学生がMOOCを使ってMITに合格した事例などは、文字通り誰もが世界のどこからでもハンデなく勉強できるようになったことを示している。インドネシアでもアチェやパプアといった地域で、塾などに通えない生徒がQuipperを使って首都圏のトップ大学に合格するストーリーなどは枚挙に暇がない。

ではこれで誰もが勉強できるようになって問題解決だろうか。勿論そんなことはない。オンラインの教育サービスだけで勉強し続けるには強い意志が必要となる。一般にオンラインのコースを履修し始めて、1学期分に相当する学習量を完了する人の割合は一般に5%前後と言われている。なぜか。それはオンラインの教育サービスはyoutubeに上がっているもの等も含め有料だろうが無料だろうが、一つの教材という側面を拭えないからである。一般のビジネスマンにしても、英語学習をしようと意気込みその勢いで参考書や単語帳を買って、最後までやり続けられる人が何割いるだろうか?

ここでの一番の課題は学習者のモチベーションを保ち続けること。更には、適切なペース配分、学習計画の策定などが難しいということがある。

ではこのモチベーション管理の難しさという課題をどう乗り越えてゆけばよいのか。この問いに挑戦し続けている企業やサービスは勿論世界中に数多く存在する。Quipperも例外ではない。また、国やその教育制度によっても解決の方向性は異なりうる。今回は弊社を含め3つの事例を紹介したい。

事例1:伴走者としての学校の先生

学校の先生は忙しい。これはインドネシア・日本に限らず世界共通だろう。授業に充てる時間などは一部でしかない。学校の運営、学習指導要領から授業内容への落とし込み、学年単位や教科単位での先生間の連携、生徒の評価、保護者とのやり取り、(日本だと)部活動など数えればきりがない。学校の先生の負担を少しでも減らし、彼らが本来時間を使いたいことに使ってもらうためにQuipperとして何ができるだろうか。我々が辿り着いたのは、先生や学校の持っている役割をUnbundle(分解)し、外部サービスやテクノロジーを活用できる要素に関してはとことん活用してもらうスタンスである。

QuipperはQuipper Schoolという学校の先生向けの宿題配信・管理ツールを2014年から提供しておりこれまで世界で1,000万人以上の生徒、50万人以上の先生に使われてた。インドネシア・フィリピンなどが主な展開国である。このQuipper Schoolの導入時に特に驚いたのは、インドネシアやフィリピンなどでは、一人一人の先生個人での意思決定で外部サービスの導入が可能であり、校長先生や教育委員会の承認を取ることなく使い始める先生が大勢いたことである。これは日本の学校ではおそらく難しく、意思決定プロセスの違いによるものだろう。しかも、特に気に入ってくれた先生は、周りの先生に勝手に啓蒙活動までしてくれる。「学校で他の先生向けにトレーニングやったよー」、なんて報告までfacebookで写真付きでしてくれたりする。こういう熱狂的なファンの先生がいてくれたことでQuipper Schoolというサービスは加速度的に広がっていった。ただしこれはあくまでも学校が定常運転している状況でのストーリーである。

しかし今回、COVID-19の影響により、インドネシアの多くの地域で学校が閉鎖することになった。生徒は学校に行くことができない。ただし、勉強ができないということは全くない。大量の宿題は既に学校から出されており、自主学習をしようと思えば、世の中にオンライン/オフライン(本など)含め教材は山ほどある。だがこの状況、どこかで聞いたことがないだろうか。先ほどのオンライン教育サービスが直面している課題と正に同じ構造だ。学習の進み具合が学習者一人一人のモチベーションに大きく依存してしまうため、モチベーションが保てない学習者が取り残されてしまうのである。

そんな中、Quipperはインドネシアの教育省から「この状況で何か教育現場をサポートしてくれないか」と要請を頂いた。我々は上記の課題を踏まえ、生徒が取り残されないこと・学校が生徒との接点を持ち続けられることを最重要視し、学校経由での活用に限りQuipper School とQuipper Videoのコンテンツの全無料開放を決めた。この内容は教育省から正式にプレスリリースも出され、ジョコウィ大統領自らが記者会見にてQuipperの名前を出しながら紹介してくださった。

これにより、学校、特に先生が選んだコンテンツを、先生が決めたペースで生徒は学習することができる。先生が設定した締切が存在することも一つの強制力になる。

その後、学校側からの問い合わせも殺到し、我々としてもできる限りの導入サポートを実施してきた。その結果、大統領の記者会見があった3/17以降、既に2万人以上の先生、38万人以上の生徒がサービスを使用している(4/10時点)。また、週単位で見てもアクセスは落ちることなく上昇している。ただしまだまだ課題はある。ある学校では、先生がQuipper Schoolを使って配信する宿題の量が多すぎるため、生徒のモチベーションが逆に下がってしまったりしている。Quipperとしては引き続き、学校側と連携しながら、自宅学習でも学習者がモチベーションを維持し続けられるような学習環境の構築に取り組んでいく次第である。

事例2:伴走者としての学習サポートコーチ

学習者のモチベーション維持を別の角度から解決しようとする取り組みの事例が学習者に対するコーチングサポートである。Quipper Indonesiaでも、インドネシア大学などのトップ大学の大学生が「コーチ」となり、高校生である学習者をサポートしてきた。ビジネスマン向けのコーチングなども増えてきているが、学習者に対しても「コーチング」は必要である。

学習計画を一緒に作ってあげたり、日々の学習を横で並走しながら励ましサポートするお兄さん・お姉さん的な存在である。

イメージとしてはマラソン選手のコーチが近いだろうか。試合で記録を出すことを目標に、選手のコンディションを見極めながら日々の練習メニューを組み、日々の練習中は選手に対して励ましや時に厳しい声をかける(箱根駅伝のように試合中も車から声をかけるケースもある)。これにより一人ではたどり着けなかった高みへと登ることができる。

更にはQuipper Indonesiaではコーチングだけでなく、躓いた時に進み続けられるよう、On-demandの教科質問サービスも提供している。これにより、学習者が何かにつまずいても、必要なサポートはいつでも得られる状態となるのである。

事例3:ミネルバ大学

ミネルバ大学をご存知だろうか。特定のキャンパスを保有していない全オンラインの大学で、その斬新さから多方面で話題になっている。世界中から2万人以上が出願するものの、合格率はわずか1.2%ほどとも言われている。中にはハーバード大学の合格を辞退してミネルバ大学を選んだという学生もいるそうだ。オンラインであることもさながら、特徴的なのはその学び方だ。アクティブラーニングを駆使し、議論中心の授業となる。講師の役割はどちらかというとファイリテーターに近い。授業という言葉も使わずにセッションと呼んでいる。詳しくはこちら

私は、このミネルバ大学が日本のRecruit Holdingsと提携して提供しようとしている社会人向けリーダーシッププログラムの講師を務めている。仕組みは本体のミネルバ大学と同じで全てオンラインの授業である。ここで講師として体験していることを紹介したい。

まず一つ目は、オンラインでも全く下がることのない効率の高い学習環境である。これはCOVID-19の影響で、これまでZOOMを使ってきた人に限らず、Zoom meetingが当たり前になってきたことからもイメージしやすいだろう。特にミネルバのセッションでは、Breakoutと呼ばれるグループディスカッションが何度も組み込まれる。もしこれがオフラインの場での提供だったら、グループデスカッション用の座席配置にするのに数分、議論に集中しだすのにも更にある程度の時間が必要だろう。ところがミネルバでは、まさに1クリック、秒でグループディスカッションがスタートできる。グループディスカッションに限らず、絵文字やアンケートなど、オンラインでのエンゲージメントを高める仕組みが他にも多々散りばめられている。

二点目は学びの深さである。これは所謂Flipped learningと言われる考え方にも近く、生徒には予習前提で知識を事前に装着してきてもらい、セッション中はその知識を使った議論や意見表明を通した「アウトプット」が中心となる。それによりインプットもより深化するという仕組みである。実際にこれをやるのは生徒としても相当体力が必要だが、各セッションが終わったあとの「疲労感」と「何を習ったか今すぐちゃんと説明できる感覚」は通常の講義スタイルではなかなか得られないものである。

3つ目はオフラインでの人との接点の再定義である。ミネルバの期間中に生徒として参加された方々とオフラインで交流する機会が、一通りの授業終了後に一度だけあったのだが、このたった一度のオフラインの交流がめちゃくちゃ盛り上がるのである。(普段は他の人の画面上の顔しか見てないため)「立体ですねー!」とか「意外と背が高いんですね」とかだけで延々と盛り上がれる。何が言いたかったというと、「全てをオンラインで完結すべし」とは思っていないということだ。オフラインでの接点が必要最低限でいいので設けられていることで、相乗効果となりエンゲージメントが高まり、コミュニティのつながりが強まるのである。これを学校や塾に置き換えると、月に一回だけオフラインでの登校が必須で基本はオンラインで実施される学校なども考えられるであろう。

ちなみにミネルバの授業は今後はリクルートの社外の方も受けられるように開放する予定である(興味のある方はご連絡を!)

今回のCOVID-19の件で、大きく注目されているオンライン教育。「オフラインの接点」や「人の介在」で学習者が学び続けられる確率はぐっと高まる。この流れで着目されるオンライン学習の「恩恵」にだけ目を向けるのではなく、「課題」にも逃げずにまっすぐ取組み、新しい価値を生み出し続けていきたい!


Manabieが監修している「学校のオンライン移行ガイドブック」はこちら



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