京急事故の報道批判でも知って欲しい「現場取材」のあり方


9月5日に起こった京急車両とトラックの衝突事故で、「無許可で線路に入って撮影し、警察官の注意も聞かない」など、マスコミの取材自体がツイッターで大きな批判を起こしました。

京急事故ツイッター

事故を伝えるツイートより拡散しています…




もちろん同僚のカメラマンも現場に駆けつけ取材しました。


映像報道部ツイッター


2千近くリツイされていますが、リプをたどると事故そのものよりも、「どこから撮影したのか」、「線路に入って取材した証拠そのもの」という否定的な意味で拡散しているのが分かりました。

撮影したカメラマンに直接確認しましたが、「線路内から撮影していない」とはっきりと言っています。写真をよく見てもらえれば分かるように、少し斜めから先頭車両を捉えています。
ただ、「厳密に言えば公道ではない敷地、おそらく京急の、に入って撮影した」とも話していました。

救助活動や復旧、捜査の迷惑にならないように、さらに絶対に二次的な事故を起こさないように、事故現場からある程度距離をとり、線路の真ん中には踏み込まない。でも、事故や被害状況をわかりやすく伝え、事故原因、復旧作業や支援を考えるヒントになるような写真や映像を撮りたい。

そのギリギリの判断から行った撮影だとすぐに理解できました。
許可をとっていないのは良いことではありませんが、この大事故の状況下では、許される範囲だと思います。もし、自分が現場に行っても同じ判断をしたと断言できます。

なぜなら、救助、復旧、事故原因の捜査を妨げ、実害を出しているわけではないからです。(←これが一番大事ですね)それに、多方面に影響を及ぼすであろう大事故の核心に迫るかもしれない情報を出すことは、多くの人にとっても役立つからです。
ただ、線路上での取材は、今回の場合でもアウトだとと個人的には思います。


また、線路内からの撮影でないにせよ、法に違反しているかしていないかを厳格に考えたら、確かに「建造物侵入」か「鉄道営業法違反」でしょう。でも「実害」を出さない、二次被害を出さない、その敷地の所有者や居住者に迷惑がかからない範囲であれば、何が起こったのかを広く知らせるという公共の利益(こういう偉そうな言葉は使いたくないですが)のために許される時もあると考えます。

普段の生活でも、やむにやまれず、厳密には「建造物侵入」を犯してしまった、道交法違反をしてしまったと言う人は少なくないですよね。


もちろん、報道の自由を盾に「マスコミは法律やルールを無視してでも取材する権利がある」なんて全然思ってませんし、法を犯さない取材方法が当たり前です。私は普段から常識的な感覚を取材手法の基準にもしています。
ただ、「普段は悪質な撮り鉄を批判してるくせに」「線路入って書類送検されたタレントもいる」という批判には、娯楽や趣味、個人的な利益のため線路内に入って写真を撮影した場合と、この京急の事故の場合は状況や目的が違うとはっきり言っておきます。「マスコミの方が偉いんだぞ」なんて意味でもありません。(今の時代だれでも写真や映像が撮れるので、事件事故を伝える理由なら、一般の方もマスコミ同様、少々の逸脱は許されると思います。そこに差はありません)


警察の「危険だから降りなさい」という制止は、人としての「親心」だと思います。規制線内だったら、有無を言わさず「出て、出て」、「出ろ」ですから…。最近は、取材した後から敷かれた制線ならともかく、到着前に敷かれた規制線は破りません。
ただ、時にまっとうな理由がないのに、とにかくカメラマンを現場から遠ざけようとする(いやがらせ??)警察官や警備員もいますので、絶対的な服従はできません。ほとんどの場合は「すぐ出ます」と断って、必要な撮影ができたらすぐにその場を離れるようにします。尺の必要なテレビは少し長い時間が必要ですし、そのような場で中継のレポートをするのはさすがに??ですけれど。

誤解を恐れずに言うと、時に取材では、迷惑をかけない「赤信号でも状況を見て渡る」程度の逸脱は許されても良いのではと思います。
これまでは世間にもある程度許容されていたのに、メディア自らがその上で偉そうにあぐらをかいたような態度でいたから、世間が許さなくなったという意味では身から出たサビではあります…。

いずれにせよ、世間からも「あのメディア(記者、フォトグラファー)ならしょうがないね」と思われる、信頼されたメディア(いち記者、いちフォトグラファー)にならなければいけないのだと改めて感じています。