古伝説と、シルレルの詩から。
ぎぃとドアを開ける。
この日、僕は気になっている女の子とのデート。身体測定なら1発アウトの背伸びをして恵比寿のカジュアルなイタリアンレストランを予約した。
「いらっしゃいませ。お待ちしておりました。」
うわぁ、カジュアルって聞いてたのに場違いじゃないか……。小洒落じゃなくて、洒落ている……。
「こちらへどうぞ」
はぁ、とサービスマンの方についていk....待て、俺よ。
お前は昨日の夜「イタリアンレストラン マナー」「デート イタリアン 動き」で調べた1時間41分を早々に無駄にするつもりか?
ここはサービスマン、女性、お前の順番だろ。お前、ここで女性より前を歩いてみろ、オセロなら負けてるぞ。
横が思ったより近い……が、何も言わずに座る。彼女はソファ側だから、椅子は引かなくていいな。「椅子の引き方 動画」に費やされた昨日の約0.3メガバイトはまた、次の機会に日の目を見るさ。何より今日、彼女を楽しませることが最優先だ。
「何食べようか、ここはラザニアが有名らしいんだけど。」
「そうなんだ!ラザニア食べたいな!」
落ち着け、俺よ。お前の意図はよくわかる。まず全体の流れを確定したいんだよな。お前の好きな漫画『バンビーノ』そう、それだ。secondの最後はラビオリの裏で、もはやバトル漫画みたいになってたあの漫画だ。
あれで学んだ知識「アンティパスト・プリモピアット・セコンドピアット・ドルチェ」の流れを踏襲したいのだろう。
ラザニアでプリモピアットを確定させて、アンティパストとセコンドピアットで肉と魚をバラけさせたい、そういう算段だな?わかるさ、うまくいってるぞ。
「じゃあラザニアは絶対頼もうか。お肉好きっていってたしメインはお肉どうかな??この…タリアータ?ってやつ」
「いいね!お肉好きだよ!」
「前菜っぽいやつも欲しくない?ここ前菜の欄だけど、好きなやつあるかな?」
「これは?魚介のフリット」
「いいね、今さらだけどアレルギーとか無い??」
「無いよ!今更だなぁ。」
今更過ぎるぞ、俺よ。昨日確認した「肉と魚どっちが好き?」に対する「どっちも好き!」を見事に回収できる店を選べたことに、テンションが「♯(シャープ)」になっている。余裕を見せろ。想定どおりのフリットに対しても「♮(ナチュラル)」ないし、「♭(フラット)」で。
「よし、とりあえずこれで一旦頼もうか。」
「そうだね!」
あれ、チンベルはどk……「お伺いいたしますよ。」
ええ!?サービスマンさんもう来るの!?恵比寿のカジュアルなイタリアンレストランはすみません要らずなのね!?
「あぁ、お願いします。ええと、魚介のフリット。と〜、ラザニア。でタリアータをお願いします。」
お願いします祭りだな、俺よ。
オセロだったら
「あぁ、お願いします。お願いします。お願いします。お願いします。お願いします。お願いします。」になるところだぞ。
「承知いたしました。ラザニアとご一緒にバゲットはいかがでしょうか?うちのラザニアは生クリームたっぷりでミルキーなので、付けながら召し上がって頂くのもオススメですよ。」
チラ、と彼女を見る。心なしかキラキラした眼。眩しいぜ!
「では、それも、お願いします。」
今夜はお願いしますの出血大サービスです。
「はい、ありがとうございます。それではバゲットもラザニアと一緒にお待ちいたしますね。……、すみません忘れておりました、お飲み物はお決まりですか?」
すみません、私もすっかり忘れておりましたぁ!!
「あぁ!ほんとだ!ちょっと待ってくださいね。何飲む?」
「ん〜、あんまりこういうお店来ないし、折角だからワインかなぁ」
おいおい、眩しいぜ。
「そうしようか。白?赤?」
「それはわかんないや。」
パラパラとワインリストをめくるが、わかるはずもない。何を隠そう私、下戸で普段はお酒を一滴も飲まないのである。わたしにはワインがわからぬ。わたしは私大の学生である。玉を投げ、犬と遊んで暮らしてきた。けれどもアルコールに対しては、人一倍に敏感であった。
「ペッシェビーノという白ワインはいかがですか?注文されている魚介のフリットに合いますし、何よりボトルがかわいいですよ」
天啓。恵比寿のカジュアルなイタリアンレストランには神がいました。
できるならわたしの胸をたち割って、真紅の心臓をお目にかけたいよ。わたしはあなたにこの時、本当に救われました。
「ではそれをお願いします。」
ふぅ……、愛と真実の血液がドコドコと音を立てて流れる。
「ボトルかわいいって!楽しみだね。」
おいおい、眩しいぜ。向かいの席でここから2時間強は耐えられないよ。
2分とたたずして、神が帰ってきた。真空パックに石垣島の海を詰めて持ってきたのかと思った。白ワインてこんなに綺麗なんや。眩しいぜ。
「わぁ、ボトルとってもかわいい!これは何のお魚なんだろうね!鯉かな?」と彼女が聞く。
神は背後から2人の様をまじまじと見つめていたが、やがて静かに2人に近づき、顔を赤らめて、こう言った。
「ん〜、そうですね……。『こい』、かもしれないですね。」
こっちをニコニコ見るな神よ、わたしの好きな気持ちが透けて見えちゃっていたのね。そうだよ、恋だよ。わたしはひどく赤面した。
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