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服に断りを入れると書いて断服式

土曜夜の悲鳴。

並んでテレビを見ながら晩ご飯を食べている最中に、隣の配偶者がアマゾンの猿のような声を上げた。
「どうした?!」
「こしっ、こしが……!!!」
「コルセット巻いて!!」
うちは双方共に時折急激な腰痛に襲われてぎっくり腰目前まで行くことが多く、2人ですぐに共有出来るようにコルセットをリビングに置いている。
這々の体でコルセットを腰に巻いた配偶者は、少し楽になったと安堵した様子で再び食卓に向かう。
「……明日無理しなくていいよ?」
11/1を前にして断服式を行ってその足で徒歩圏内のリサイクルショップに衣料を売り払ってくる予定だったが、いかんせん量が多いので数日前に配偶者に荷物運びを依頼していた。
が、さすがにそれを強いるのも酷な話だ。配偶者が作ったピーマンの肉詰めを頬張りながら「ふくのせいりはわたしひとりでやるし、うりにいくのもひとりでやるよ」とのんきに答える私に、いくらか痛みが引いて冷静さを取り戻した配偶者は「明日の様子で考えるよ」と至って冷静である。

とにもかくにも明日以外はチャンスのない断服式。10月中旬手前から始まった激務で疲れ切ってはいたが自問自答ファッションに出逢ってから最初の機会は逃すわけには行くまい。

のんきながらも私は明日どれだけの服と対峙する羽目になるかと考えては気鬱になる。

「このほうれん草の入った卵焼き美味しいよ」

なんて、言ってもいないとやってられない前夜だった。

日曜朝の決断。

ラジオを流しながら洗濯をしてメイクをして、最近買った中でも一番アクティブに動ける服を着たところで私はクローゼットに向かう。
目標は12時までの整理完了。開始時刻は10時。

私は物を捨てるとき、阿修羅のようになると配偶者によく言われる。
必要か、不必要か、手に取った瞬間に判別して猛然としたスピードで袋に詰めていくスタイルは恐怖を与えるらしい。
確かに私は興味を失った物に対する愛着が異様なまでに少ない。
形ある物は壊れるし姿ある物は汚れる。いいと思って買った物も熱が冷めればただの質量を持った塊。
そんな私にファストファッションはちょうどよかった。その時に欲しいものを欲しいときに買う気持ちを満たしてくれてお財布にも優しい。

ただちょっと待て、と部屋の隅で主張する演歌バッグと自己主張靴がにらみをきかせる。

「それは俺たち(私たち)に合う物か?」
「……あっはいそれを吟味します」

室内物干しを簡易クローゼット代わりにして足下に靴とバッグを広げて一軍服を並べていく。ジャケット、ジレ、切り返しを多用したブラウス。金の花柄刺繍が入った黒いジャケット、金のチャームがついた紺のカーディガン。早めに全身鏡を買っていなかった私のバカ、と罵りながらコンセプト決めを行ってから購入した次から次へと並べられる一軍服たち。
「流石にお似合いでございますね」
「そりゃそうでしょう」
どうやら彼らも納得のようである。

ではお次、冬を乗り切るためのニット類である。
外側が濃い色になりがちなので明るめの色の物(ホワイト、ブルー、イエロー、グリーン、ライトグレー、ライトブラウン、一つだけ紺色)を厚めから薄めまで7点ほどチョイスする。
「こうやって並べるとニットってあまりときめくアイテムがありませんね」
「あなた毎年同じ紺色のモヘアのニット着てるじゃない」
「あれはエモだしかわいいから永遠のNo.1なんですよ……逆にNo.2,3が見つけられないっつうか」
「じゃあそれが次の買い物の課題ね」
エモかわニットを探す……と次のToDoが分かったところでスカート類を並べる。

「スカートはもう王道がわかったようね」
「スカートはこれが春夏秋冬スタメンでいいと思ってるんです」
青のティアードスカート、黒のプリーツスカート、濃い緑の巻きスカート付きの黒のフレアスカート、黒地にスカーフの柄のようなリボンとベルトが書かれたアシンメトリーなプリーツスカート。
このあたりは文句なしのチョイスなんだよなあ、と最近めっきりスカート派になったことを痛感する。

あとはワンピース。最近購入した物は半袖の物ばかりだがこれからは上にニットを着るとちょうど良さそうな物ばかりだ。鮮やかな花柄と淡い灰色のプリーツワンピース。
「あとこれは昨日ココさんに教えて貰った気力体力5点の日のワンピース」

「なるほど、記事内ではココさんは黒子になりたいと書かれているけれどあなたは白のニット地のVネックワンピースを選んだのね」
「とにかく着心地が楽で……あとは黒い気持ちを少しでも明るくさせたかったから……」
「なるほど、気力5点の時の靴は?」
「スニーカー一軍のホカオネオネの黒白にする予定です。あれはどんなに歩いても足が疲れないので」
「鞄は?」
「一瞬この前買ったSHISEIDOのエコバッグって浮かんだけど差し色が鮮やかすぎるかなというところです。迷いますが黒いバッグはまだあるのでそれにしてみたいです」

ところで、とコートをクローゼットの一番奥から一番取り出しやすい中央に移動したところで私はクローゼットの管理人こと演歌バッグと自己主張靴に話しかけます。

「わたし、あんま春服と秋冬服の差って感覚ないんですよね。イエベ秋色が苦手だから秋服らしい色合いはないから春服を転用してるし。あとはコート着てるか着てないかの違いぐらいしかなくて。」
「というのは?」
「いや、住んでたところが結構寒い地域だったんで」
「うん」
「コートさえ着ておけばとりあえずおっけ☆みたいなところがあったんで……どうせ寒いからものすごい防寒性って気にしないんですよ。あと都内の電車は軒並み暑いからのぼせるし」
「在来線に開くボタンと閉じるボタンがある田舎育ちだもんなあ」
「あれ大事なんですよ?停車中閉じておかないと雪が吹き込んでくるんですから……いやそんなことはよくって」
「つまり何が言いたいわけ」
「……コート、今年も新調できないですけど別にそれが重大な問題ではないんですよね……」
「出たー、北から目線」
「とりまニットとジャケット着てれば暖かくないですか?」
「んじゃあおしゃれ目的だったらどうなの」

痛いところを突かれた私はタジタジで返します。
「そりゃ欲しいものはありますよ!ドーバーストリートマーケットで見たマルジェラのケープ!!買ったら私の財政大破綻しますけど」
「じゃあそれはとりあえず妄想クローゼットの中に入れておけ。機能性よりも必要性よりも欲望に任せておけ」
「……うっす」
さすがっすね先輩、と思いながらあとは今回の基準から漏れ落ちてしまった服をひたすらハンガーから外していく作業をします。ついでに出しっぱなしだった夏のTシャツ類をたたんでしまう作業もします。

さてもまあ、どうしてこんなに服があるのに毎日ないないと大騒ぎしていたのでしょう。
よく着ていても少しでも不満点がある物、全く袖を通さなかったものは「すまん」と断りを入れてショップ袋へ。その時々、したかった格好がなんとなく浮かび上がってきました。

「……なんというか着たい服ってわかりませんね」
「最初から分かるんなら誰も苦労しないよ」
「そらそうですけど……あと今回クローゼットをコートを中心にして左右に趣味服と仕事服で分けてみて一目で整理がついたのは良かったんですけど仕事服のテンションあがらなさっぷりやばいですね。グレーと黒ばっか」
「あんたのテンションが上がったことによって下がる評価もあるものよ」
「現実つっらー」

ファストファッションは気軽で、その時の気持ちを満たしてくれるけど。その優しさに甘えていた結果こうなる。と山のように積まれた服をショップ袋とカートに入れている間にのっそりと配偶者が私の部屋に顔を出します。

「もしかしたらいけそうかも」
「無理せんでいいよ」
「いやまあ、割と楽になってきたっぽいし」
お昼ご飯作るから食べたら行こうと誘われます。まあ、なんというか一言で言えば優しいですね。

さてクローゼットが大分軽くなりましたがクローゼット回りに沢山残る紙袋。「これ本当に使います?」と言い聞かせてから「使いません」と答えが出たのでガンガンにゴミ袋に入れていきます。
広げっぱなしの段ボールは片付けて次の資源ゴミに回します。
片付けに必要な箱についてはクローゼットの空いた空間に埋めます。
そういえばムンプラには「この半年間でやりたいこととしてクローゼット前を広げて趣味用の作業机を置きたい」というやりたいことを書いていました。
これ!いけんじゃん!
そうか、やりたいことが可視化されていればそれがそのまま形にできるのか……と痛感します。

それじゃあもう一つやりたかったこと、とデザインが好きで集めたトートバッグたちをクローゼットのドアフックにかけます。
大きなユニオンジャック柄のハフキンズのジュートバッグ一つの絵のようでしたしたし好きな劇団のトートバックもかわいらしいデザインだったので飾るととっても映えます。


並べると「紳士」みがある。

本来はコーディネートまで考えて制服化までーーといきたいところでしたが、今週中に少人数自問自答ファッション講座を受けることになっていること、その中で解決したかったのでとりあえずは置いておきます。
今日はとにかく多量の服に断りを入れて手放すことが優先です。
まずはこの積み上げてきた私の欲望の残骸をどうにかするのが先だと、リサイクルショップへ向かうことを決意したのです。

日曜昼の待機。

配偶者の作ったオムライスを食べた後で私たちはカート一個と大きなショップ袋四つ分の服を持ってリサイクルショップへ向かいます。
「最近落ち着いて話す時間も無かったよね」
「そういやそうだね」
お互いの繁忙期が重なった結果、じっくり話せる機会がなかったので散歩をしながらよしなしごとを話します。
(うそですほとんどがしごとのぐちでした)

歩いてしばらくしてお目当ての店にたどり着きます。
四袋分を一気に預けた結果、待ち時間は1時間から2時間半程度になるとのことでした。
「少しこのあたり散歩しようか」
「そうね」
最近出来ていなかったですが私たちの共通の趣味は散歩です。
何でも無いことを話しながらだらだらと歩き、街の風景が変わっていくことを楽しんでいたはず。ですが、昨今のお互いの忙しさがなかかなかいつも通りのルーティンを赦してはくれませんでした。

「なんかさあ、最近、今まで以上に疲れてるよね」
「去年と比べたら労働時間が段違いだもの、仕方が無いよ」
「そう考えると去年は生活力があったし散歩にも行けていた」
「あった。最近全然生活力が無いことに目を背けている」

ワークライフバランス、いやお前なんでライフの前にワーク来て一人前の顔しとんねんアホかボケライフが先じゃと呟きながら歩く途中で某ファミレスを見つけました。
「暇潰すんならちょうどいいんじゃない?」
「そうしましょう」
すっかりオムライスでおなかがいっぱいになった私たちはデザートとドリンクバーを頼み、まちがいさがしに悩み(なんと今日は初めて10個見つけられました!!)本を読み、スマホに目を落として、なんとなく時間を潰していましたが。
ーー限界が来ます。
というのも私も配偶者も一つの店に留まるのがとても苦手で、一時間以上滞留するとなんだか気詰まりがしてくるのです。
「買い取りには1時間半から2時間ぐらいかかるっていってた」
「まもなくここに来て1時間半……遠回りして時間潰してみる?」
「そうしよ」

なんとかだましだまし、自分たちの心を平静にしながら私たちは散歩をして時間を潰します。そうして教えられていたURL内のステータスが査定中に変わったところでホッとして店に戻ることにしたのです。しかしそこから30分間の待機、更には査定終了後も呼び出し順のため更に待機。
明らかに配偶者の気分は落ちていく一方です。(配偶者は人や物が多いところにいるとナーバスになりがち)
「私一人で対応しておくから外歩いてていいよ」
「ごめんそうする」
見送った後に私は店内を吟味しながら、あれやこれやと考えを巡らせます。とりあえずこの買い取りが済んだらそのお金で迷っていた姿見ぐらい買えたらいいな~、と。

そんなもんは甘い幻想だとぶち抜かされるまで、10分前。

日曜夕の誤算。

買い取り結果は、うちでは買い取れないと大幅に返された服たちとワンコインにもならない買い取り金額。
じゃあ売りませんと言うことにも行かずとりあえずドリンクバーの元はとれたか、と思いながら換金をして貰いました。しかしこの山のような服、どうしたらいいのでしょう。
合流した配偶者に事情を話すと爆笑の後に「仕方ないね、リサイクルセンターに持って行こうか」と提案してくれます。うちのゴミ捨て管理は全て配偶者管理なので私は「おなしゃす」と頼んで帰路につくことにしたのですが。

「……このまま帰る?」
「どうしたの」
「いや、全身鏡を見に行きたくて大型店舗がある方に行ってみたいんだけどあなたの調子はどうかと思って」
「気にしないで、見に行くだけなら全然いいよ」

今日は久々に長い散歩が出来たし、まちがえさがしだって10個も見つかったもんね、とおたがいに言い聞かせて歩いて行きます。すでに夕暮れがゆっくりと訪れようとしている時間でした。
ざわつくショッピングモールにたどり着くとき、ふと店の入り口に置かれた看板の前で立ち止まります。
「衣料品全般回収?鞄も?」
「これじゃん!これしかないじゃん!」

(時期によってはクーポンなどと引き換えなどの取り組みもあったらしいのですが、イオンで購入した物が対象だったりしていたので……今回は期間限定ですが「衣料品全般と鞄の回収」が出来るということがとてつもなく重要でした!!断服式で手放す服が一般的なリサイクルショップでもNGになりそうな場合はちょうど時期も合致してますしこちらもご検討に入れてみてはいかがでしょうか)

慌てて荷物を抱えた私たちは指定の場所に服を持って行ってせっせと服をおさめていきます。
「悪いがみんなここでお別れだ!!」
「これなら姿見も買えるかもしれない!!」
「異様なまでの幸福感に包まれている!これは何?!」
確かに私の服はファストファッションだらけで、二束三文にもならないものばかりでしたが別の場所で役に立てるなら話は別です。次の機会につながっていきますようにと納めきった私たちは意気揚々と家具売り場に向かったのですが。

……全身鏡ちっちぇー……。

そう、私はあきやさんの記事を拝見して横幅40cm以上の鏡!と考えていたのですが全くありません。頼りの無印も在庫ゼロ!
「これは早急に決めない方がいいよ。疲れてるから」
至極真っ当なご意見に納得して私たちは帰ることにしました。
帰り道は終始無言で、自然と疲れがにじみ出ていたのに気付きます。

夕日がまぶしすぎて、裏道を通って帰ろうとしてやっと言葉が出てきます。
「さすがに人多いところ行きすぎた」
「疲れたね」
「全身鏡どっかで探さないとな」
「帰って休んでゆっくりしてからにしなさい」
「はあい」

完璧な断服式……とはいきませんでしたがまずは手始めの第一歩を開始できたというところでは十分な成果を上げられたと思います。
何より昨日は近寄りがたくて仕方が無かった演歌バッグは今日の私のお供になってくれました。大荷物の私の機動力を上げてくれた5acマイクロ、なんだかとっても気まぐれなようです。

その姿から蝶よ花よと愛でられているのに(ブロークンミラーによる)反発が強くて我を通すこの演歌バッグ、少し乗りこなすには自分の気力体力との真剣勝負を挑まねばならないようですが、

この続きはまた次の機会と言うことで。

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