それって、幸せ?

今日もSNSを見て嫉妬した。

美人で頭もいいバイリンガルの一軍女子たちに嫉妬した。

「わたしもそうならなければならないのに」「そうなるはずだったのに」と焦った。

いったいいつから、なぜ、そうならなければならない、そうなるはずだったと思い込むようになったのか。これはほかでもない、母親の呪いなのだ。

わたしはそんなに働き者じゃないし、コツコツ勉強することもできないし、効率よくお金を稼ぐ要領のよさもなければ頭の回転がはやいわけでもない。きほん、裸で生きていたいから外見も内面も、飾ることや魅せることに興味もセンスもない。流行より普遍に興味があるから流行には鈍感だ。愛想笑いも苦手だし気の利いたトークもできない。

そういう女は、就活に勝ち抜いたりすることも、いい感じの夫をつかまえることもできない。どんくさくて、都会的じゃない。

そのことにずっと、納得がいかないまま生きてきた。それなのに、変わらない。納得がいかないけど、変える努力もしない。それが、今ここにいるわたしだ。

できることはあるのに。痩せることと英語の勉強。「痩せたい」「英語が話せるようになりたい」今年の抱負ランキングのツートップにきそうなあまりにも平凡な願望だ。

美人じゃないので美人にはなれなくても、今よりは容姿をマシにして、英語を話せるようになることはできるはずだ。

痩せれば、美人に見えがちな服を着こなすことができるかもしれない。英語を話せるようになれば

理想の自分に少しずつでも近づいていくことは、きっと楽しいことだろうと思う。

できるとかできないとか他者から評価されるとかされないとかじゃなく、幸せ基準で物事を選ぼうという記事をかくつもりが、結局できるできないの話になった。そうだったのか。私にとっての幸せは、理想とする自分に、少しずつでも近づいていくプロセスを楽しむことだったのか。



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