あの時に死ねたら、それはそれは美しい人生だった

という時が、私には明確にあります。

2022年の3月。2月の終わりに誕生日を迎えて43歳になったけど、42歳までで死ねばよかった。

今の44歳はもう、本当に、どうしようもない。
身も心もしっかりおばさんで、自営業なんて社会的地位も固定収入もなくて辛いだけで。
無償の愛をくれる子どもはいなくて、背中を預けあえる夫もいない。
貯金も2年くらい暮らしたら(それも爪に火を灯すように)なくなるほどしかなくて、何かにときめくことがほぼなくなって、ごく稀に「今日は比較的気分がいい=さほど死にたくはないな」という日があるくらい。
海外旅行はおろか、車で2時間くらいの場所に遠出するのも面倒。
体重はこの2年で10キロ増えて、ほんとうの肥満体型だ。
ああ、一体あの、全身の血が沸き立つような仕事や恋愛への情熱は
どこへ消え失せたのか。

私はもう、本当に本当に、おばさんになったのだ。
しかも、かなり残念な方の。

42歳で、集大成の仕事をやり終えた時に、死ねばよかった。
そうしたら、教育虐待を受けた0歳代、跳ね除けて優等生をやってた10代前半、ようやく生きてる喜びを知った10代後半、生きる喜びの拡張を求めて社会に適合した20代、会社から飛び出して理想を追った30代を経て、最後理想に辿り着いて思いをとげた。生き果たした。という美しい物語が完成したのに。

一体なんなんだ、この薄鈍間抜けな余生は。

理想を追うのに忙しくて、社会的地位は皆無。確たるものは何もない。
何人もの友人を失った。私の癇癪と暴言のせいだ。
もとより薄い関係だったのだけれど、今はもっと薄い関係しかない。

情熱や愛や、知的好奇心や尊敬できる朗らかな人間関係や。
人生を豊かにする、いや、人生になくてはならない栄養が枯れ果てている。
あるにはあるのかもしれないけれど、私がそういうふうに感じられない。
感じる心を失っている。

人生の栄養というだけでなく、仕事においてもリソースだったのだ。
私は人生の栄養と仕事のリソースをあらかたなくした。

何度も度々思う。50歳で死のう。
先日あまりに将来が不安なので、75歳まで働いて7500万円貯めて、残りの15年毎年500万円使って暮らすというざっくりとした計算をしたが、50歳で死ぬなら、あと6年でいい。あと6年、やり過ごせれば。
あと6年で、何をしよう。そうだ、本を書いて終わろうか。本が残せれば、いいかもしれない。それならば何をテーマに書こうか。

きっと、この人生にはもう、そんなに旨味は残されていないのだろうと思う。私はきっと、その時その時、人生を良くしようと思って、一生懸命に生きてきたけれど、結局、何も優等なことはできなかった。

海外留学もできなかったし、一流企業で地位を得ることもできなかった。

私は一体何をやってきたのだろうか。

「一流企業での出世も結婚も出産も海外留学もできなかった女はいったい何をしていたのか問題。」みたいな本でも書こうか。

デビューできなかった。天才になれなかった。僕たちはみんな大人になれなかった。そしてそのチャンスはもう来ない。チャンスは、次の世代の若い人たちや子どもたちのためのものということになっている。私は置き去りにされた。時代の谷間に、私は置き去りにされた。

海と、人と、一体感を得たかった。ただただ、それが欲しかった。
あの時のように。
そうか、私は目標というものを持ったことがないんだな。
「◯◯な感じ」を感じたい、その瞬間のために生きてきたんだな。

であるならば、目標を持ってみようかな。今更すぎるかな。

いや、目標はあった。フリーランスで食べていくことだったんだよな。それを毎年毎年達成し続けたんだよ。偉いなあ。
他にも、フリーペーパーの編集長になるとか、2000万円の見積もり書くとか、そういう目標、というか「これがしたい」は叶えたよ。

そうか、私は、「できた!」が欲しいんだな。

今までだって、たくさんのことを叶えてきた。

次、どうしようかなあ。

やっぱり、本かなあ。


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