初恋はラジオの中に
この話は徒然なるままに、わたしが話し言葉でなにかを書きたいがために書くものです。
読んでもなにもお得な情報はありませんので、ご了承ください。
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わたしは中学生のとき、嵐の相葉くんと、クラリネットと、ラジオが大好きだった。
今日はそのうちのラジオについて書こうと思う。
ある時まで、ラジオというのはラジオ体操のときに使うものだと思っていて、いろいろな番組があることも知らなかった。
ある日CDプレーヤーで音楽を聴こうとしたとき、途中でザーッという音が聴こえて、さらに謎のつまみをぐるぐる回したらたまに人の声が聞こえた。最初にチューニングぎ合ったのはたしかtokyo fm。いろいろな局を聴く中でFM横浜という局を好きになり、毎日夜7時からの番組を聴くようになった。
わたしが中学生だった2010年は、FM横浜の開局25周年。
それにちなんだ曲 初恋はラジオの中に
という曲を知っている人はいるだろうか。おそらくいないだろう。YouTubeで3年前に公開されているものの、再生回数は54回。そのうち2回は私です。
数秒聴いただけなのに、初恋はラジオの中に、というサビのフレーズだけ、メロディも歌詞もずっと頭に残っていた
番組DJに心酔している感覚が恋に似ていると思ったのだろうか、
それとも家と学校以外の世界があることの象徴に感じたからだろうか、
なぜかすごくいい曲だなと思って、そこだけをずっと頭の中で繰り返して10年。
周りにこの曲を知っている人がいないどころか、その時代スマホなんてなくradikoもなく
その曲についてわかることはなにもなかった。
それが!昨夜思いつきで検索してみたらなんとYouTubeで聴くことができた。
あの時のワクワク感がそのまま再現されてとても懐かしかった。再生回数少なすぎるけど、、、。
10年が経ち、歌詞にあった25周年は35周年になり、私は日常的にはラジオを聴かなくなった。
だけどラジオを毎日楽しみにしていた日々は私の中で青春の1ページ的な立ち位置にある。
友達の誰とも共有していないけど、誰からも定義されないけど、わたしの中ではちゃんと青春。
好きすぎて、いっときはエフヨコが入っているランドマークタワーの写真を部屋に貼っていた(理解不能
夏休みにエフヨコで行われたラジオ体験講座みたいなのにも行った。
そこでわたしが大好きだったDJさんが話してくれたエピソードもずっと覚えてる。
そのDJさんがまだアシスタントだったとき、番組のDJが放送中に言ったらしい
いまこのラジオを聴いている人はベランダに出て、携帯の明かりを揺らしてくれ、と。
そしたらラジオ局から明かりがたくさん見えて鳥肌が立つほどに、ラジオの力を感じたんだ、と。
今はradikoがあるから時間にも場所にも制約を受けず、放送内容を聴くことはできる。
だけどわたしは、時間も場所も制約されるラジオが大好きだ。
その時、その電波を共有している人たちだけが作る独特の空気感。
深夜の文化放送、相葉くんのレコメン!は事前収録だったけど、、、
好きなアイドルのおしゃべりだけを30分聴けるという幸福のためにがんばってベッドで寝たふりして深夜まで起きていて、親に隠れてイヤホンで聴いていたり
無理な時はカセットテープで録音したりしてたなあ。
とにかくラジオを聴くために生活を曲げてまで頑張ってた笑
なぜあんなに頑張れていたのか今となってはよくわからない。
チューニングがうまくできない時間の焦り、うまく合わせられた時の嬉しさ、知らない音楽との遭遇、DJともはや友達なんじゃないかってくらい毎回読まれる常連ハガキ職人、
番組リスナーだけがわかる決めゼリフ、毎時流れるスジャータとか住宅情報館のCM、道路交通情報センターの、声が綺麗なお姉さんの話し方、番組内でニュースを読むキャスターさんの名前、いろいろな小さきことを覚えている。
たくさんのムダと変な情熱がいい思い出として残ってる。
きっとラジオリスナーはみんなそうなんじゃないか。そもそもラジオを聴く目的なんてムダな時間に癒されることとさえ言えるんじゃないか。
ラジオを語る時はクイーンも徳永英明も、誰もがちょっとノスタルジー、だと思う。
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久しぶりに雑文書きました。
最後まで読んでくれた人がいたら、ありがとうございます。
次があるとしたら、美味しいお好み焼きを作るコツとか紹介したほうがいいですかね。
それか男性歌手の好きな高音パートのベスト10。それか、江國香織の文体が好きすぎる件。
目的は、偏見、いい意味ではこだわり、があったほうが面白いトピック、大体は個人の好み、について気の済むまで書くってことです。自己満足ワールド、、、
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