テレ東ドラマシナリオ 訪問者

〈あらすじ〉

小出玲央(24)はアルバイト先であるパン工場の主任、大谷慎吾(37)から、会社経営をする親戚の事務所兼自宅の留守番を頼まれる。
留守番当日。業務は3名の顧客対応だという。一人目は、元風俗嬢の高森正美(38)。虚偽の履歴書と職務経歴書の作成費として200万円を払っていった。きな臭いとは思ったが、主任の紹介でもあり、自分を納得させる小出。二人目はアイドルデビュー予定の宮内由梨(16)。デブだった過去を消すために、村の同級生全員分の卒業アルバムの写真を入れ替える対価に、1000万円を置いていった。とうとう怖くなった小出だが、空腹のあまり食事を優先したり、私服警官のパトロール対応などをしているうちに、3人目の来客が。それは人気AV女優の桃瀬瑠々こと谷岡山祥子(22)。彼女は家族全員の新しい戸籍代として5千万円を支払っていった。
その後入れ替わるように入ってきたのは大谷と同僚の松本春香(30)。大谷の正体は戸籍屋で、春香は部下だった。大谷にスカウトされる小出は断るが、大谷に過去を暴かれて愕然とする。小出は幼少期に戸籍を変えていたのだ。

〇スマイルパン所沢工場・外観(夕)
大きな建物が数棟ある。
門扉に『スマイルパン所沢工場』の文字。

〇同・喫煙所(夕)
オープンスペースに屋根があり、灰皿が置かれている。
私服姿の小出怜央(24)がタバコを吸っている。
他に数名の私服姿の人々。ミニスカート姿、すらりとして容姿端麗な
松本春香(30)もおり、その姿をちらちらと伺う小出。
アナウンスの声「立川行バス、発車3分前です」
春香「小出君、また明日」
嬉しそうな小出。
小出「お疲れさまです」
小出に手を振りながら足早に歩く春香の脚に目が行く小出。
他の人々もバス停へ向かう。
入れ替わりにやって来る大谷慎吾(37)。
大谷「春香ちゃんの後、追わなくて良いの?」
小出「ちょっとマジやめてくださいよ」
にやりとする大谷。
小出「バス行っちゃいますよ」
大谷「どうしても一本吸いたくて。次のバスでいいや」
小出「ですよね、わかります」
大谷「小出君は、川越行だったよね」
小出「さすが大谷さん」
大谷「部下のバスぐらい把握してないと」
小出「バイトが乗るバス把握してる主任なんて、大谷さんだけっす」
大谷「俺もさすがに短期の人までは把握してないけど」
小出「僕も、短期のつもりだったんですけどね」
大谷「そろそろ1年か」
小出「はい」
大谷「貯金してるんだよね?」
小出「まあ、少しは」
大谷「起業とか考えてるの?」
小出「いやいや、そんな大それたことは」
大谷「でも、うちで契約社員になる話、断ったよね。ボーナスは少ないけど、そんなに悪い話じゃなかったでしょ」
小出「はい、ありがたかったんですけど」
大谷「組織に縛られるなんて、まっぴらだ」
小出「(少し微笑んで)はい」
大谷「わかるわあ」
小出「わかります?」
大谷「あっ、俺のことつまんない中間管理職だと思って下に見てんだろ」
小出、笑って
小出「見てないっす」
大谷「いや、見てる」
小出「見てないっす」
大谷「いや……そうだ。スーツ持ってる?」              小出「一応。学生の時にとりあえず買ったリクルート感丸出しのですけど」
大谷「今度の水曜、休みだよね」
小出「はい」
大谷「デート?」
小出「彼女いないっす」
大谷「予定は?」
小出「VR三昧の予定です」
大谷「それって、自宅じゃなくても出来るよね?」
小出「はい?」
大谷「会社やってる親戚がいるんだけど、急に来週出張が入っちゃって。留守番探してるんだ」
小出「はあ」
大谷「荷物の受け取りとか、書類撮りに来る顧客対応とか。1日だけバイトしてもらえないかな?」
小出「会社で、留守番……自信ないっす」
大谷「あるある。会社って言っても、ただの一軒家だから」
小出「一軒家?」
大谷「うん、自宅兼オフィス。うちの日給の3倍出す」
目を輝かせる小出。
小出「やりますやりますやります」
大谷「3回言った」
小出「何度でも言います。やりますやります」
大谷「じゃあ、決まり」
小出「ありがとうございます」
喜ぶ小出。

〇住宅街
リクルートスーツを着てリュックを背負った小出、スマホで地図を見ながらながらキョロキョロしている。
数メートル後ろに、スーツ姿でビジネスバッグを持った松本春香(30)。
小出「!」
目の前の小奇麗な一軒家に『転職・起業支援の(株)ダイヤモンドプランニング』の看板を見つけ、立ち止まる小出。
春香も立ち止まり、電柱の陰に隠れる。
   
〇ダイヤモンドプランニング・玄関
鼻歌を歌いながら、靴を脱ぐ小出。
小出「VR、VR」
リズムに乗って、廊下を進んでいく小出。

〇同・リビング
20畳ほどの広さ、センスの良いシンプルなリビングセットとダイニングセットにテレビ。
小出はリュックからVRゴーグルを取り出して、ソファに置く。
着信音が鳴る。
ポケットからスマホを取り出して画面を見ると『ダイヤモンドプランニング社長』の文字。
『通話』ボタンを押し、スマホを耳にあてる小出。
小出「はい……はい、小出です。……はい……少々お待ちください」
『スピーカー』ボタンを押し、テーブルにスマホを置く小出。
社長の声「リビングテーブルに、メモと封筒があるでしょ」
小出「はい」
メモを手に取る小出。
『本日のお仕事の流れ』と題され、『10時半ごろ 宅配便受け取り』『①11時ご来社 高森様』『②12時ご来社 宮内様』『③15時ご来社 谷岡山様』と、スケジュールが記されている。
社長の声「昼休みは13時~15時。封筒に5000円入ってるから、出前を取って領収書貰っておいて」
小出「昼休み2時間に出前5000円、いいんすか」
社長の声「いいよ。急に来てもらって、本当に助かってる」
小出「ありがとうございます」
スマホに向かって頭を下げる小出。
社長の声「それぞれのお客様の対応詳細は、この後届く書類に入ってるから」
小出「はい」
社長の声「よろしくね」
小出「承知しました」
社長の声「一つだけ注意」
小出「はい」
社長の声「お客様のプライバシーを守るために、カーテンは開けないで」
小出「わかりました」
社長の声「じゃあ、頼むよ」
ぷつりと切れる通話。
   
〇同・玄関
配達業者から大きな封筒を受け取り、サインをする小出。
靴箱の上の花瓶に、花が一輪生けてある。

〇同・リビング
ソファに座り、封筒を開封する小出。
ファイルが3冊入っており、それぞれ、『①11時ご来社 高森様』『②12時 ご来社宮内様』『③13時ご来社 谷岡山様』と表紙に貼紙がある。
① のファイルを開く小出。
始めのポケットにレジュメが入っており、『お取引内容 履歴書・職務経歴書作成』『今日の業務 書類データお渡しと代金お受け取り』とあり、次のポケットにUSBフラッシュメモリ、その次のページには会社員としてのキャリアがびっしり書き込まれた履歴書と職務経歴書が入っている。
スマホで時計を確認する小出。
『10時54分』の表示。
傍らのVRゴーグルを見つめ、
小出「流石の俺でも間に合わないか」
欠伸をする小出。
インターホンが鳴り、慌てて立ち上がる小出。
小出「!」
VRゴーグルをリュックにしまい、モニター付きのインターフォンに出る小出。
小出「はい」
モニターには地味なスーツ姿の高森正美(38)。
正美「11時にお約束いただいている高森です」
小出「はい、お待ちくださいませ」
部屋を出る小出。
    ×   ×   ×
ダイニングセットで向かいあって座っている小出と正美。
テーブルにはファイルと経歴書、職務経歴書がおいてある。
泣き出す正美。
慌てる小出。
小出「どうされましたか?」
正美「これで、昼の仕事につけます」
小出「……」
正美「資格はいっぱい取ったのに、職歴はスケスケビーナス、ぬるぬるエンジェル、人妻倶楽部に欲しがり未亡人じゃ、履歴書すら書けなくて」
小出「!」
正美「社長にはお知り合いの会社で経理のお手伝いをさせてもらって、実務経験まで積ませていただいて」
肩を震わせながら、バッグから分厚い封筒を取り出して小出に渡す正美。 正美「確認してください」                      少し震えているような小出、封筒からピン札の束を二つ取り出す。    正美「180ってことでしたけど、20は気持ちです」         小出「そんな」                           正美は封を切ろうとする小出の腕をつかみ               正美「社長は恩人です。皆さんでお食事にでも行ってください。また、相談させていただくこともあるかもしれません」
困惑する小出。

〇同・玄関
正美「社長によろしく」
小出「はい。ご活躍、期待しております」
涙ぐむ正美、軽く頭を下げてドアを開けて出ていく。
ドアが閉まり、気が抜けた様子の小出。
   
〇同・リビング
スマホで『ダイヤモンドプランニング』のホームページを見ている小出。
『沿革』『会社概要』『取引先』『代表取締役 宗田正弘』など、一般的な会社のHPといったところ。
小出「宗田さんか……ちょっとグレーな人助けってとこか」
スマホ画面に表示された『11時48分』の文字と、テーブルにあるファイルの『②12時ご来社 宮内様』の文字を見て、
小出「何が留守番だよ、VR時間なんて全然ないじゃん!」
不貞腐れながら②のファイルを開くと、『お取引内容 中学卒業アルバムの写真入れ替え、中学時代の写真作成』『今日の業務内容 写真データお渡し、作業中動画の確認(確認後、画像は消去)、代金お受け取り』とある。
  
〇同・トイレ
ズボンを下げ、便器に座っている小出。
小出「主任の紹介なんだから、大丈夫」
頬を両手でパンパン叩く小出。
インターフォンが鳴る。
小出「(大声で)はーい、今行きまーす」
急いで踏ん張る小出。

〇同・リビング
ダイニングセットに向かいあって座り、ノートパソコンで動画を見ている小出と宮内由梨(16)。
由梨はアイドルのようなルックスである。
動画には、古い民家の押し入れ前で作業をする、覆面をかぶった男A・B。
男Aが何かを取り出し、カメラに向ける。
映っているのはアルバムⒶで、表紙には『大出村立大出中学校 平成30年度卒業記念』の文字。
アルバムを開くと、全員のバストアップ写真のページが映し出され、お世辞にも可愛いとは言えない、激ポチャの陰気な少女の写真の下に『宮内由梨』の文字。
男Aはそのアルバムをジュラルミンケースにしまい、鍵をかける。
次に男Bがカメラに向けているのは、アルバムⒶと同じデザインで同じ文字が印字されたアルバムⒷ。
全員のバストアップ写真のページが映し出され、宮内由梨』の文字の上には、小出の目の前にいる由梨と思しき美少女の写真。
由梨「本当に、ここまでやっていただいたんですね」
小出「はい。動画ファイルが22個あります。由梨さんの同級生が17人で17冊、2冊購入した同級生が2人いてプラス2冊、担任の小早川先生1冊、学校保管が1冊、写真館の保管が1冊。すべての入れ替え作業が記録されてます」
由梨「ありがとうございます」
小出「全部1分弱ですので、すべて確認していただいて」
由梨「いえいえ、これで十分です。社長には美容外科もご紹介いただいて、信頼してますので」
小出「承知しました」
22個のファイルを消去し、パソコンを閉じる小出。
テーブルにはアルバムⒷのバストアップ写真の拡大版の他、ジャージ姿や浴衣姿など数名の女子中学生が映っているものが10枚ほどあり、そこにも現在の由梨と思しき少女。
小出「集合写真も、全て入れ替えました」
由梨「田舎に生まれてよかったです。都会の学校だったら、無理でしたよね」
小出「確かに、難しかったかもしれません」
由梨「やっぱり、アイドルの昔の写真でさっきのあれが出てきたら、引きますよね」
小出「アイドル? 引きはしないですよ、案外、ネタになったり」
由梨「……」
小出「あっ、すみません」
由梨「いいえ」
小出「……」
由梨「社長にもそう言ってもらったんです。こっちも愛嬌があって可愛らしいじゃないって」
小出「はい、僕もそう思いました」
由梨「嬉しかったです。でも、私どうしても昔の姿を沢山の人に見られるのが耐えられなくて」
小出「僕も、子供の頃太ってました」
由梨「! なら、わかってもらえますよね?」
小出「はい」
由梨、バッグからから両手で札束を次々を取り出し、小出の前に積む。
札束の数を数えている由梨。
由梨「950って言われたんですけど、1000万ちょうどあります。50万はみなさんでお食事にでも」
小出「いえいえ、いただけません」
由梨「整形した病院、院長のオペは5年先まで予約がいっぱいだったのに、
社長のコネでカウンセリングから10日後にオペをしていただいて」
小出「でも、50万円はいただきすぎです」
由梨「あと1千万払っても足りないくらいなんです、お納めください」
由梨に1千万を胸元に押し出され、圧倒される小出。

〇同・玄関
由梨を送る小出。
由梨「星野渚の芸名でデビューします」
小出「星野渚」
由梨「昭和っぽいですよね」
小出「まあ、そうですね。でも、覚えやすいですよ」
由梨「でしょ?」
小出「はい」
由梨「では、社長によろしくお伝えください」
小出「お伝えします」
ドアを開けて出ていく由梨に、深々と頭を下げる小出。
ドアが閉まり、大きく深呼吸する小出。
小出「めちゃめちゃやべーじゃん、家宅侵入しまくりじゃん、VRどころじゃねーぞ」
慌てる小出。

〇同・リビング
意を決したような小出、カーテンをほんの少しだけ開けて外を伺う。
小出の視線の先には、さほど広くはないが整備された芝生の庭が広がっているだけである。

〇同・玄関                             花を一輪持っている小出。靴箱の花瓶には花はない。          小出「逃げる」                           花びらを一枚むしり取る小出。                    小出「逃げない」                       ×   ×   ×                          小出「逃げる」                           最後の一枚の花びらをむしり取る小出。   

〇同・リビング
具がたっぷり乗った高そうな宅配ピザを食べながら、スマホで『ダイヤモンドプランニング やばい』『ダイヤモンドプランニング 反社』など検索しまくる小出だが、ダイヤモンドの通信販売や即売会の情報しか出てこない。

〇同・玄関
リュックを背負った小出、靴を履いてドアの前まで進み、意を決してドアを開けるとトレンチコート姿で強面の男C・Dが立っている。
観念したような小出。
小出「逃げません、逃げませんから」
男C「逃げなければいけないようなことがあるんですか?」
小出「いえ最後のお客さんまだですし、ちよっと外の空気を吸いたくなっただけです」
警察手帳を見せる男C・D。
小出「あ、ああ~。助かったあ」
膝から崩れ落ちる小出。
男D「?」
男C「監禁でもされてるんですか?」
小出「あっ、あの」

〇(回想)スマイルパン所沢工場・喫煙所
大谷「うちの日給の3倍出す」

〇元のダイヤモンドプランニング・玄関
男C・Dの革靴に目を落としている小出、首をぶんぶん横に振り、立ち上がる。   
小出「いいえ、すみません。なんでもないんです」
男D「なんでもないってことはないでしょう」
小出「アルバイトで留守番してたんですけど、慣れない仕事で疲れ切ってしまって」
怪訝な表情で小出を見る男C・D。

〇ダイヤモンドプランニング前の通り
春香が電柱の陰から小出と男C・Dののやり取りを伺っている。
扉が閉まる。
不安げな春香。          

〇ダイヤモンドプランニング・玄関
男D、小出の運転免許証を見ながら誰かとスマホで話している。
男Cは玄関をじろじろ見まわしている。
小出はリュック片手に俯いている。
男D「はい、了解です」
通話をやめる男D。
男D「犯歴ありませんでした」
男D、小出に運転免許証を返す。
男C「一応、おかばんの中見せていただけますか?」
目を丸くする小出。
小出「あっ、あの……」
男C「何かまずいことでも?」
観念した様子でリュックを男Cに渡す小出。
リュックを漁る男C、VRゴーグルを取り出す。
顔を真っ赤にする小出。
男D「アルバイト中なんですよね?」
小出「もっと暇だと思ってたんです。ここを紹介してくれたパン工場の主任にも許可貰ってます」
男D「ちなみに、誰?」
小出「誰?」
男C「女優」
小出「桃瀬瑠々」
男C「うぇーい」
男D「うぇーい」
男C、Dからハイタッチを要求され、応じる小出。
男C「ちなみに、勤務先はどこの工場?」
小出「スマイルパンの所沢工場です」
男D「ああ、所沢だけど狭山茶メロンパンで有名な」
小出「そうですそうです」
男C、男Dと小出を交互に見て
男C「何? 有名なの?」
男D「はい、クリームがめちゃめちゃうまいんす。まじヤバいっす。悪魔のメロンパンって言われてます」
小出「ちょっと高いんですけど」
男D「たしかに」
男C「いくら?」
小出「320円」
男C「高っ」
男D「先輩、おこづがい制っすもんね」
憤慨している男C。
男D「あっ、すみません。お時間大丈夫ですか?」
小出「15時に来客がありますが、それまでは」
男C「実は、最近この辺りに空き巣が多発してまして」
男D「周辺の防犯カメラに全く映っていないので、近くの住人の可能性もあって」
小出「そうでしたか」
男C「では、お邪魔しました」
ドアを開け、頭を下げて出ていく男CとD。
ドアが閉まる。
ぐったりして、その場に倒れこむ小出。
小出「逃げられたのにな」
ハッとする小出、ポケットからスマホを出すと、画面には14時49分。
小出「やっべー」
立ち上がる小出。

〇ダイヤモンドプランニング前の通り
苦虫を潰したような顔で歩く男CとD。
男C「長いよ、コントが」
男D「いや、何か楽しくなっちやって」
その様子を電柱の陰から見ている春香、スマホを操作し始める。

〇同・リビング
表紙に「③15時ご来社 谷岡山様」とあるファイルを開くと『お取引内容 戸籍購入』『今日の業務 戸籍謄本・住民票お渡し、下取り有無の再確認、代金お受け取り」の文字。
震える小出。
インターフォンが鳴り、飛び上がる小出。

〇同・玄関
大きなスーツケースを転がす谷岡山祥子(22)を招き入れる小出、驚きを隠せない様子。
にっこり笑う祥子。
唾を飲み込む小出。

〇同・リビング
ダイニングセットに向かい合う祥子と小出。
テーブルには③のファイル。
おろおろする小出。
祥子「私のこと、知ってます?」
小出「あ、あの」
にっこり微笑みかける祥子。
小出「も……桃瀬……瑠々ちゃん」
祥子「はい、その通りです」
深呼吸する小出。
小出「いつもお世話になって、いや、お待ちしておりました」
くすっと笑う祥子。
小出「では、早速」
小出、ファイルから戸籍謄本、住民票を次々と取り出す。
小出が数えると、それぞれ五枚づつ。
小出「谷岡山様ご本人、ご両親とお姉さま、弟様分ございます」
小出、翔子に手渡す。
目を輝かせながら確認する祥子。
祥子「私、南田茉名になるんだ、可愛い」
小出「……」
祥子「姉ちゃんは玲名、お母さんは智世」
嬉しそうな祥子。
祥子「これで、新しい人生が始められる」
小出「下取りは、なしでよろしかったですね」
祥子「うん、そう伝えてあるはずだけど」
小出「はい、伺っておりますが、気が変わる方もいらっしゃるんで」
祥子「確かに、最大半額になるんだもんね」
俯く祥子。            
祥子「……うちね、ダメなの」
小出「?」
ポケットからスマホを出し、いくつか操作してから小出に見せる祥子。
そこには『レジェンド空き巣御用』『谷岡山俊太容疑者(47)』の文字。
小出「……」
ふたたびスマホを操作し、小出に見せる祥子。
そこには『ホスト専門、連続昏睡強盗逮捕』の見出しと『谷岡山桜容疑者(23)』の文字。
小出「え……」
祥子「親父とねーちゃん。ドロボーだらけなの」
小出「そうでしたか」
祥子「家族も含めて、加害者戸籍って、下取り超安いんだって。悪用されることもあるらしいから、下取りはやめておく」
神妙な面持ちの小出。
祥子「鈴木か佐藤だったらね~。谷岡山なんて、出所後も、家族も逃げようないから」
小出「難しい問題ですね」
祥子「弟が高校入るタイミングと二人が出所するタイミングが一緒になりそうだから、思い切ったの」
小出「ご苦労されてたんですね」
祥子「されました。さすがに疲れたので、私も引退」
小出「え~!」
頭を抱えて悶絶する小出。
小出「俺、何を楽しみに生きて行けば」
祥子「そんなに……ありがとう」
涙を流し始める小出。
祥子「あ、泣かないで」
祥子にハンカチを渡される小出、涙は拭かずに勢いよく匂いを嗅ぎ始める。
ケタケタと笑う祥子、スーツケースを開ける。
そこにはびっしりと札束が。
圧倒される小出。
祥子「5000万。ヨンゴ―でって言われたんだけど、ここはアフターサービスも頼めるし、500万はチップってことで」
小出「いやいやいやいや」
慌てる小出。
祥子「社長には本当に感謝してるの。こんなこと、本当にできるなんて」
小出「でも、チップ500万はやばすぎます」
祥子「ぜんっぜんやばくないの」
祥子、小出の背後に回って抱きつき、
祥子「そんなこと言わないで、受け取ってよ」
鼻息が荒い小出。

〇同・玄関
祥子を送る小出。
小出「お元気で」
頷く祥子、思い出したように、
祥子「引退発表は明後日だから、それまで黙っててね」
小出「もちろん」
にっこり笑う祥子。
小出「あの、引退作、出ますよね?」
祥子「もちろん! 瑠々のイってもイっても終わらない、24時間ズボズボパニック」
小出「買います、絶対買います」
ドアを開け、ウインクして出ていく祥子。
どっと疲れた様子で、その場にへたり込む小出。
小出「瑠々ちゃん……戸籍はやばいだろ、やばすぎんだろ」
放心している小出。
ガチャっとドアが開く。
小出「ひいっ」
大谷と春香が入って来る。
驚く小出。

〇同・リビング
ソファに座っている大谷、ダイニングセットで向かい合う小出と春香。
小出「もう、何が何だか」
大谷「だよなー、当然だ」
頷く春香。
大谷「元は戸籍屋だったんだけど、色々オプションでやってうるちに、そっちも単体で売れ始めて」
小出「社長さんが、主任のご親戚なんですよね?」
大谷「社長は俺」
小出「いやいや、主任はパン工場で働いてるじゃないですか」
春香「それは世を忍ぶ仮の姿」
大谷「パン工場のバイトってありとあらゆる人が入って来るから、仕入れ先探したりもできて、便利なんだよ」
小出「ホームページに、宗田さんって社長の名前あるじゃないですか」
大谷「本当に?」
小出「はい」
春香「もう一回見てごらん」
ふくれっ面の小出、スマホで閲覧履歴から『ダイヤモンドプランニングホームページ』を選択するが、『Not Found』と出る。
小出「出ない! あれ? 出ない」
大谷「もう消したよ」
春香「残しとくわけないじゃん」
表情が険しくなる小出。
小出「春香さんは、愛人か何かですか?」
笑い出す大谷と春香。
春香「スカウトされたの、喫煙所で」
大谷「闇深そうだから声かけてみたら、がっつりこっち側の人だったんで。今やうちのエース」
春香「うらやましいでしょ?」
小出「いいえ」
春香「もう、恥ずかしがっちゃって」
ウインクする春香をにらみつける小出。
小出「ベタですけど、誰にも言わないんで、今日のことはなかったことに。命ばかりはお助けを」
大谷「何言ってんの? 来週から仕入れとアフターサービスやってもらうよ」
小出「バイトあります」
大谷「退職届出しといたから」
小出「ちよっと待ってくださいよ」
春香「ちなみに、私も昨日でやめた。今日から、こっちに専念」
小出「いや、無理です。俺には無理ですって」
大谷「ずっと見てたけど、才能あるよ」
小出「見てたんだ……」                              春香「チップもネコババしなかったし」
大谷「一瞬冷っとしたけど」
春香 「ああ、ニセ警官ね」
小出「ニセ?」
テレビをつける春香。
画面には『ニセ警官連続窃盗犯逮捕』のテロップが出て、男CとDが連行される様子が映し出される。
春香「あの、ニセ警官に泣きついて逃げてたら」
蚊の音が聞こえて、辺りを見回す大谷、両手を大きく打ち鳴らす。
震えあがる小出。 
手をパンパンとほろう大谷。
大谷「君なら出来る、小出怜央君、じゃなかった山崎亮磨君」
愕然とし、血の気が引いている様子の小出。
小出「何のことですか?」
大谷「覚えてない? 俺のこと」
小出「?」
大谷「覚えてないか。小学校上がる前だもんな、父親が人殺して、母親が体売って戸籍買いに来たの」
頭を抱えて蹲る小出。                     〈終〉
                  
 
  



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?