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パンデミックの「高揚期」が過ぎ去って、学生の心が壊れてしまう前にできること

気がつけば季節は秋に変わっていて“キャンパス”に学生たちが戻ってきました。大学によって、戻った先がリアルなキャンパスという学生もいれば、再びスクリーンの前という学生もたくさんいます。

実は筆者も一大学教員で、後期の授業は引き続きオンラインのみです。さてどんな授業にしていこうかと考える時、どうしても気になるのが学生達の心の状態です。

今年度前期を振り返ると、教員も学生達も何とかこの緊急事態に対応し教育や学習を止めないようにと懸命でした。本当のところ学生がどうだったかは分からないけれど、少なくとも教員については授業をゼロから作り直すような作業があったり、周囲との助け合いで問題を乗り越えたりという場面も多く、前期の終わりには「達成感」や「同僚との一体感」などを口にする大学教員が多かった印象です。大学教員に限らず、世の中何となく高揚していました。

しかしそのコロナパンデミックの「高揚期」は過ぎ去り、ここに来てメンタルヘルスの悪化を伝える報道が国内外で増えています。

そこで今回は、「学生の心の健康のために何ができるだろう?」と考えている、特に学校関係者にヒントになる、今年7月に発表されたイェール大学とこども研究センターとEI(感情知性)センターの研究結果をご紹介します。「ストレスや不安をマネジメントするテクニックを学ぶことで、大学生のウェルビーイングが高まる」というものです。

では、そのテクニックとはどのようなものでしょうか。

舞台はイェール大学。言わずと知れた米国の名門大学ですが、過去10年はメンタルヘルスの相談窓口を訪れる学生の数が右肩上がりで、2018年の時点でその割合は、なんと全学生の50%に達していました。

そのイェール大学生135人に対して8週間(30時間)かけて、3種類のウェルビーイングを高めるトレーニングが実施されました。その中で最も効果があったプログラムが「SKY Campus Happiness Program」。このプログラムを受けた学生には、うつ病、ストレス、メンタルヘルス、マインドフルネス、ポジティブ感情、社会的つながりの改善が見られたそうです。

「SKY Campus Happiness Program」はArt of Living Foundationが実施しているもので、学生とキャンパスコミュニティの幸せ、社会的つながり、回復力(レジリエンス)を支援し、学生が思いやりのある奉仕の精神を持ったリーダーとして、公私ともに充実した人生を送ることをねらいとしています。では、その中身は。

プログラムは以下の3つのパートで構成されています:

自分とのつながり

他者とのつながり

深い目的とのつながり


1)自分とのつながり

ヨガのポーズ、呼吸法の学習、瞑想、自己認識のワークなどを行います。これらを通して参加者は、意識をリラックスさせ、マイナス感情やストレスをコントロールすることでレジリエンスを高め、エネルギーや適応力を養い、課題に直面しても動揺しない落ち着きと広い視野を獲得します。不安やうつ症状を抑制し、楽観性やウェルビーイングの向上に効果をもたらします。


2)他者とのつながり

他者との交流を通して、自己の弱みの中に強みを見つける方法、他者と信頼関係を築く方法、批判や失敗を乗り越える方法、自分が他者の助けになれる意識を持つ方法を学びます。自己肯定感、社会とのつながり、良好な関係性の構築に効果をもたらします。


3)深い目的とのつながり

仲間との奉仕活動の計画と実践、そして自己の振り返りを行います。それらを通して、奉仕活動が自己の成長ややりがいをもたらすことを知り、大学での学習と人生の目的につながりを見出し、より大きなビジョンを描いて仲間を導き鼓舞し、自分と他者との深いつながりを感じて、その中から自然に生きることの意義を見出します。責任感、リーダーシップ、人間性の向上などに効果をもたらします。

本研究では、他にもEI(心の知能指数)について解説するプログラム、瞑想やマインドフルネスのみに焦点を当てたプログラムを実施し、それらの結果について比較を行っていますが、いずれも「SKY Campus Happiness Program」ほどの効果は見られなかったと報告されています。やはり他者との実際のコミュニケーション、協同活動、奉仕体験という実践を含む包括的なプログラムの方が心の回復や成長に高い効果をもたらすようです。

このプログラムだけでなく、米国では以前より多くの大学で「メンタルヘルス・クライシス」が起こっていて、同様のプログラムが導入されています。大学によっては「マインドフルネスマネージャー」という専門の職員もいるそうで、オンライン/オフラインでの機会を提供し、学生たちの心の安全を守っています。

日本においても、今後悩みを持つ学生が急増し続ける場合、カウンセラーや精神科医による対処には人員的にも財政的にも限界がくるでしょう。そもそも悩みを打ち明けることすらできない学生も多いはずです。心配な様子が見られるようになる前から、自分を見つめ、心のバランスの取り方を伝えることが大事なんだと感じます。

前述したようなプログラムを日本で見つけすぐに手配するのは簡単ではなさそうですが、コミュニケーションワークショップやヨガ、ボランティア活動など様々な地域の取り組みを活用するのはどうでしょう。授業の中で自分の心のバランスを大切にすることを伝えながら、地域やオンラインで提供されている機会を紹介することであれば私にも始められそうです。

(寄稿:泉谷道子 - 心理学博士)

出典:

Emma M. Seppälä, Christina Bradley, Julia Moeller, Leilah Harouni, Dhruv Nandamudi, Marc A. Brackett. Promoting Mental Health and Psychological Thriving in University Students: A Randomized Controlled Trial of Three Well-Being Interventions. Frontiers in Psychiatry, 2020; 11 DOI: 10.3389/fpsyt.2020.00590

Emma M. Seppälä, Christina Bradley, Julia Moeller, Leilah Harouni, Dhruv Nandamudi, Marc A. Brackett. Promoting Mental Health and Psychological Thriving in University Students: A Randomized Controlled Trial of Three Well-Being Interventions. Frontiers in Psychiatry, 2020; 11 DOI: 10.3389/fpsyt.2020.00590


IAHV

https://us.iahv.org/portfolio/yes-plus-for-universities/



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