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ときどき、夜にふっとどこかに出かけたくなる。
そんな日はだいたい、頭の中で悩み事がぐるぐるしていて、ちょっと泣きたいようなときだ。

鍵とスマホだけを持って、家を出た。
生ぬるい夜風を浴びると、もう蛍の季節だね、という誰かの言葉が思い出された。自然と足が哲学の道の方へと向かった。

疏水沿いを辿ってみるけれど、蛍は見えない。微妙な時間だったかな、なんて考えながら立ち止まってぼーっと眺めていると、視界の隅に黄緑色の光が映った。1匹の蛍が控えめに点滅していた。あ、蛍だ、なんて考えているうちに光は消えてしまった。

哲学の道の看板があるところに着いた。寄り添い合うカップルの視線の先を辿ると、蛍が2匹。じっと眺めていたい気分だったけれど、カップルの邪魔をしても悪いのでもう少し奥の方へ。タイミングが良かったのか、場所の問題なのかわからないけれど、さっきとは打って変わって黄緑色の光があちらこちらで揺れ動いていた。

人気のない橋の上でしゃがみ込んで疏水を覗き込んだ。ふわふわと黄緑の光が飛び交う中、1匹だけ塩ビ管の上でゆっくりと点滅していた。人間が近い場所にいるのに何の気にもせず、マイペースに光を発していた。肝が据わった蛍だなぁ、私もこんなふうに周りを気にせずに自分のやるべきことに集中できたらいいのにな、なんて考えながら黄緑色の光をただ見つめていた。

ひとしきりぼんやりし終えて、帰路についた。少し空気が肌寒くなり、いつのまにか蛍の光も見えなくなっていた。

物思いに耽っていると、ふと視線を感じた。振り返ると、猫がベンチの陰に佇んでいた。

しゃがみ込んで、視線を交わす。少し近寄ってみると目を逸らされた。でも逃げない。
さっきの蛍と言い、この猫といい、みんな肝が据わっている。持って生まれた性格なのだろうか。少し羨ましく感じた。

家に帰り、ガチャっと鍵を閉めると、すこしほっとした。夜の外出は好きだけれど、一番落ち着くのはやっぱり自分の部屋。

でも、夜に思い悩んでいるとどこかに出かけたくなる。鴨川だったり、神社だったり、哲学の道だったり。
あの蛍や猫のようにマイペースにはなかなか生きられないけれど、せめて気ままに夜の散歩へ出かけられる自分のままでいたい。

今夜はどこへいこうか。

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