薬草

「見つけてくださり、ありがとうございます.....」

この場を借りてそうお礼を言いたい。
2019年12月19日、癌のため53歳の若さでこの世を去ったイノマーさんに。

僕が高3から大学生の頃にかけて発売され一世を風靡した『STREET ROCK FILE』というインディーズパンクバンド中心の音楽雑誌。
イノマーさんはその編集をしていたこともあり、あの頃まさに神のような存在だった。

神のような存在だった人が今は本当に天国にいる。

2005年7月10日。
今は無き下北沢CAVE‐BE。
ここで初めてイノマーさんと出会った。
出会ったと言っても、僕はもちろん一方的に知っていたし、イノマーさんがやってらっしゃったバンド「オナニーマシーン」通称「オナマシ」のライブにも足を運んでいたので、正確には、ここで初めて自分たちのライブを見てもらえたということだ。
イノマーさんが全国から気になる若手バンドを東京に集めて開催することになった『イノマー万博』というライブイベント、その記念すべき第1回目がこの日開催され、そこに僕たちのバンドが呼んでもらえたのだ。
弱冠22歳。確かに正真正銘の若手バンドである。
このイベントをきっかけに自分たちをコミックバンドと名乗り始めたと記憶している。青春パンクバンドが多かったからかな?
そこで初めてライブを見てもらって以来、その後ずっと続くこのイベントには何度も呼んでいただいたし、あの『STREET ROCK FILE』のバンドカタログのページにも載せていただいた。

後に『イノマー万博』は当時の若手バンドの登竜門的イベントになっていく。
ここをきっかけに同世代のバンド友達がたくさんできた。
1番生活が苦しかった頃、笑ってその時期を乗り切ることができたのは、間違いなくここで出会ったバンドマンたちとの日々があったからだと思う。

だから僕からイノマーさんに1番伝えたい言葉は、

「見つけてくださり、ありがとうございます」


最後にお会いできたのは、2019年7月19日、渋谷ラママ。
歴史あるこのライブハウスでオナマシがずっと続けてきた自主イベント『ティッシュタイム』でオナマシとの最初で最後のツーマンが実現した。

口腔底癌が転移し再発したイノマーさんが本当に会場まで来ることができるのか、当日まで、いや本番まで誰もわからない状態だったが、開演直前、僕たちの出番直前、イノマーさんに会うことができた。楽屋からモニターでライブを観てもらうこともできた。
MCで「元気になって、また『STREET ROCK FILE』作ってくださいよ」とお願いしたのを覚えている。

オナマシのライブは凄まじかった。
今その姿を長々と書いてみたが、全て消した。
僕が言葉にできるものではなかったから。


秋から冬に変わる頃、僕たちは一曲の歌を作り始めた。
タイトルは『薬草』、バンド結成17年目、30代中盤とは思えない程ストレートな青春パンク。
イノマーさんに聴いてもらいたくて作った。
イノマーさんに向けて作ったと言ってしまってもいいのだが、そこにはやはりたくさんの人に届けたい気持ちもあったので、イノマーさんがきっかけをくれた曲としておこう。

聴いてもらいたかった。
しかしそれは叶わなかった。

イノマーさんが亡くなった日も僕たちはライブをしていて、その日のライブでは出来て間もない『薬草』を何度も何度も繰り返し歌った。

あれだけバンドが好きだったイノマーさんのことだ。
来世でまたバンドを組むだろう。
そのとき、この歌をコピーしてくれたらいいな。
それまで歌い継がれる曲にしたい。


歌の説明をするなんてナンセンスだという意見もあるし、そもそもダサい感じがするのもわかる。
逆に、せっかく大切に作った歌なのだから説明はした方がいいという先輩の言葉もずっと胸にある。
説明自体がおもしろければ僕は大歓迎。
個人的には、ライブについては一度きりだからあれこれ語りたいが、歌は何度も繰り返し聴いてもらうことが可能だから、歌については出来てから何年も何年も経ってから懐かしむように語りたい。

しかし、この『薬草』については少しだけ語りたいんです、今から。

歌が出来た頃「17歳が作るストレートな曲調に、バンド17年やってないと歌えない歌詞を載せました」
そう言ってから歌い出すことが多かったな。

まずその『薬草』の歌詞を。

『薬草』

あなたが死にそうに 消えてしまいそうになったら
忘れちゃいそうになったら 歌が薬草になってやら

薬草でも 雑草でも 脱走しておいで
約束でも ヤケクソでも 脱走しておいで

薬草

死にたくなったらこの歌を 思い出してほしいんだ
知らんぷりはしないから 思い出してほしいんだ
死にたくなったらこの歌で 思い直してほしいんだ
グランプリはいらないから 思い直してほしいんだ
無理やり約束だ

あなたが死にそうに 消えてしまいそうになったら
忘れちゃいそうになったら 歌が薬草になってやら

薬草でも 雑草でも 脱走しておいで
約束でも ヤケクソでも 脱走しておいで

薬草

思い出しやすいメロディだ 思い出してほしいから
ダサいの承知で歌ってる 思い出してほしいから
君に最後に流れるのが こんなにダサい歌だったら
死にきれないはずだから 思い出してほしいんだ
無理やり約束だ

あなたが死にそうに 消えてしまいそうになったら
忘れちゃいそうになったら 僕がthat's allって言ってやら

薬草でも 雑草でも ザッツ・エンタテインメント
約束だよ “生(ショウ)”マストゴーオン ガッツ・エンターテイメント
薬草でも 雑草でも 脱走してoh,yeah
約束でも ヤケクソでも 脱走してoh,yeah

薬草
約束
that's all.



わずか2分22秒の歌。
死を目の前にしている人に聴いてもらうには、まず短い歌であるべきだと思った。時間がないのだから。

そして基本的にこの歌詞はダジャレ、謎かけで構成されている。

まず「薬草」を「訳そう」と変換。

しきりに出てくる「エンターテイメント」という言葉。
この「エンターテイメント」という言葉を訳そう。
数あるその日本語訳の中に「息抜き」というのがある。
「息抜き」を「生き抜き」と変換。
これはイノマーさんが敬愛するtheピーズ先輩の超名曲『生きのばし』をイメージしてみた。あの渋谷ラママでのツーマンでも、僕たちはイノマーさんに向けてこの歌をカバーしたし。

そして「薬草」という言葉自体も英語に訳そう。
「薬草」は英語で「herb」である。
「herb」は「くだらない・ださい」という意味の俗語でもある。

〈君に最後に流れるのが こんなにダサい歌だったら 死にきれないはずだから 思い出してほしいんだ〉

この歌の最も肝になる部分だ。

くだらないダジャレはまだまだ続く。
歌詞を書きながら非常に照れ臭かった一節がある。

〈僕がthat's allって言ってやら〉

照れ臭い。
だがこれもダジャレ。
このフレーズは僕が1人で歌うパート。
僕の名前は「康雄」です。
「康雄」と叫べば「薬草」に聞こえ、「薬草」と叫べば「康雄」に聞こえる。
ここは恥ずかしいからこの辺で。

ダジャレまみれのこの歌。
つまり、しっかりコミックソングである。
イノマーさんの大好きな青春パンクであり実はコミックソング。
初めてのイノマー万博が蘇る。

最後にもう1つだけ。
「薬草」は「くすり」の「はっぱ」である。
「くすり」と笑える歌にしたかった。
誰かに「はっぱ」をかけるような歌にしたかった。

聞かれてもいないのに歌詞についてツラツラと語ってしまい、この歌同様にダサいかもしれない。
しかし、『薬草』についてだけはどうしても書きたかった。
『STREET ROCK FILE』編集長のイノマーさんにインタビューしてもらいたかったからだ。イノマーさんに聞いてもらいたかったからだ。
元気になって、また『STREET ROCK FILE』作ってほしかったんだ。

書き残しておく必要がある。

とてもマニアックな人だった。
驚くほど音楽に詳しい人で、形見分けの際に初めて訪問させてもらったイノマーさんの部屋にはCDと音楽に関する本がビッシリだった。
もちろん『STREET ROCK FILE』も。

音楽マニア。パンクマニア。
だからきっと、来世でこのブログだって見つけてくださることだろう。

「見つけてくださり、ありがとうございます.....

あなたのおかげでいい歌ができました。
あなたの歌ですよ。
前世の分まで長生きしてね。」

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