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これから『シン・ニホン』を読む、あるいは読みかけて挫折したあなたへ

『シン・ニホン』は読者が未来へのバトンをつなぐリレーだ


私は、今回の読書感想文を『シン・ニホン』をまだ読んだ事のない方や『シン・ニホン』を読んだけれども、本の内容に難しさを感じた方に読んでいただきたいという思いで書きはじめた。
なぜなら、正直なところ私自身が『シン・ニホン』を初めて読んだときには、途中で読むことを諦めかけたからだ。また、何度読み返しても、まだ理解できない内容もたくさんある。
しかし、内容に難しさを感じた私でも、本のはじめに書かれている著者の言葉「もうそろそろ、人に未来を聞くのはやめよう。そしてどんな社会を僕らが作り、残すのか、考えて仕掛けていこう。未来は目指し、創るものだ」という言葉が忘れられず、何とか一度目は読み終えた。
『シン・ニホン』は不思議な本だ。書かれている内容は、簡単ではない。しかし、自分の好きな言葉や心惹かれる著者の言葉が、心のコップにどんどん溜まっていくように感じた。そして何度も繰り返し読むうちに「シン・ニホンは、著者の安宅和人さんから、読者に託された未来へのバトンなのではないか」という思いが沸々と湧きあがってきた。
そのような経緯から、『シン・ニホン』の魅力について、少しでも多くの方に知っていただきたいという思いをもった。
この感想文がこれから『シン・ニホン』を誰かが手に取ったり、もう一度読み返すきっかけになってほしい。『シン・ニホン』という本を通して安宅さんから受け取った未来へのバトンを、あなたに,届けたいという願いを込めて書いていく。


『シン・ニホン』4つの魅力 

この感想文では、私が考える『シン・ニホン』の魅力について、4つの視点から伝えていきたい。


①基礎知識がなくともわかる豊富な事例
典型的な文系人間である私にとって『シン・ニホン』の魅力の一つは、著者の安宅和人さんが、AIやデータのもたらすインパクトについて、豊富な事例を基に、文章を書いていることだ。
例えば、導入部分である1章の冒頭では、韓国の囲碁棋士イ・セドルと英国のDeepMind社が開発したAIのAlphaGoの対局について書かれている。私も、以前にニュースで耳にしたことのある事例だったが、安宅さんはAlphaGoの勝利が、コンピュータと私たち人間の歴史で見るとどのような意味をもつのか、そしてこれからの生活がAIによりどのような速度で変化していくのかを基礎知識がなくとも理解できるように書く。
私も読み始めるまでは全部読み終えることができるか不安だったが、この導入の事例が文系の私にもわかりやすく、『シン・ニホン』の扉を開いて前へと進む大きなきっかけとなった。

②読者の心に勇気の火を灯すような安宅さんの言葉
『シン・ニホン』の序盤では、AI時代の到来に向けた現在の日本が置かれている危機的状況を伝えている。豊富な資料や事例を交えて、日本に希望はないのではと思うほどに次々と課題が挙げられる。
しかし、安宅さんはその知見から私の発想のはるか上を行く見解で、日本の危機的状況を一気に逆転させる道筋を示してくれた。
例えば、2章で安宅さんは「データ×AI時代において、日本は黒船が襲来した時と同じ状況だ」と警鐘を鳴らし、日本がデータの利活用、処理、人材などの面において、現在は世界から大きく引き離されていることを事実の積み重ねで示している。
しかし、その危機的な状況を示した後で、日本への文字や仏教の伝来の過程、産業革命の時代の世界と日本の動向の比較などから、「日本はAIの創成期で負けた。でも、第二、第三のフェーズで勝てばよい。そもそも、文字も仏教も日本で生まれたものではないが、日本に伝わり大きな発展を遂げた。また、産業革命の時代に日本人の多くは、鍬を持って田畑を耕していた。しかし、明治維新以降の数十年で一気に欧米の国々に追いついた日本はゼロから何かを生み出すよりも、一気にキャッチアップし、追い越すのが得意な国だ」と、これからの日本の勝ち筋を提言している。
私は、そんな視点や角度で日本の勝ち筋を考えたことはなかった。AI時代において、日本は欧米や中国に負けていることは自明である。また、現在の日本はゼロから何かを生み出す人間を排出することが難しい国になっている。これから日本は、経済、産業においても緩やかな衰退をしていくしかないのではないかとさえ思っていた。
しかし、安宅さんのこれまでの日本の辿ってきた歴史に基づく提案に、思わずニヤリとしてしまった。これは、安宅さんの持つ豊富な知見だけでなく、人柄や豊かな感性も大いに文章に表現されていると感じる。『シン・ニホン』では、全体を通して、安宅さんの明るく前向きな人柄や豊かな感性から導きだされる示唆が随所に垣間見え、私たち読者の心に勇気の火を灯してくれる。

③答え以上に、問いがある
『シン・ニホン』が、他の本と違うところは、著者が読者に答えを提供する本ではないということだ。著者の安宅和人さんは私たち読者に「あなたは、今をそしてこれからを、どのように生きていくのか」という問いを投げかける。
 安宅さんは、本の中で次のように述べている。

「世の中には振り回す側と振り回される側しかいない。・・・大切なのは、自らハンドルを握り、どうしたら希望のもてる未来になるのかを考え、できることから仕掛けていくことだ」

 私たちは、3月以降の感染症の拡大とそれに対応するための国や自治体の対策により、生活も仕事も少なからず影響を受けてきた。その中で大切だと感じたことは、自分で考え、判断し、行動すること。
私のコロナ禍での休日の過ごし方で言えば、遠くに出かけることができないのであれば、家族で近所の自然公園に足を運び、春の草花に触れたり、公園の森の中で自然の空気を感じたりするという新しい楽しみを見つけた。
休日に人ごみのできるショッピングモールで買っていたコーヒー豆を、これまで忙しさを理由に行くことのできなかった近所の個人商店の珈琲ショップで買ってみた。自分なりに今できる工夫はたくさんある。
自分の自宅から通える生活圏の中で、新しい楽しみや新しい人との出会いをつくっていくことは、『シン・ニホン』に書かれている内容からすると、とてもとても小さな出来事だと思う。
しかし、自分から考えて行動する意識をもつことで、振り回される側のいちばん遠心力のかかるところからは、距離を置いて静かに過ごすことができる。少なくとも、自らハンドルを握るきっかけにはなる。
「あなたは、今をどう生きるのか」という大きな問いについて、まずは日常生活から考えてみる。それこそが、『シン・ニホン』で投げかけられた安宅さんの問いに対する答えに続いていくように感じている。

④好きな章を自分ごととして考えることができる
『シン・ニホン』は、全6章約440ページにわたり、現代の時代観、日本の現状、これからの日本の勝ち筋、人材育成、リソース配分、残すに値する未来について書かれている。
この本の私なりの楽しみ方は、自分の好きな章を見つけ、自分の生活や仕事と関連付けて読むことだ。私は小学校の教員を仕事としているため、これからの日本の人材育成が書かれている3章について、自分の経験や現在の取り組みと近づけ読み進めた。
学校現場でも、「これから変化が激しく、予測の困難な時代を生きる子どもたちに、学校でどのように生きる力を身に付けさせていくか」ということが議論され、日々の教育活動や授業改善が行われている。
変化の激しい時代とは、どのくらいの変化なのか。「今の子ども達が大人になり社会に出る頃には、今ある仕事の60%はなくなっている」、「人間の仕事はAIにとって変わられる」ということが、様々なメディアを通して伝えられている。
わたしは地域で働く一人の教師として、子どもたちに「自ら考え、主体的に自分を表現できる大人になってほしい」、「1つの正解ではなく、様々な視点をもった他者との関わりから納得できる答え、つまり納得解を見出せる大人になってほしい(納得解は藤原和博さんが提唱されている言葉)」という思いをもち、日々の子ども達の指導や授業づくりを心がけてきた。
3章で、安宅さんは、「これからは、普通ではない人の時代だ」、「これからは誰もが目指すことで一番になる人よりも、あまり多くの人が目指さない領域、あるいはアイデアで何かを仕掛ける人が、圧倒的に重要になる」、「机上の理論や文章だけでなく、生の体験・苦労を通じて気付く力そのものを育成していくような人材に脱皮させていく必要がある」と述べている。安宅さんは、これからの日本の勝ち筋を実現させるためには、未来を変えられる人が必要だと考えている。未来を変えられる人とは、まったく枠に収まらないが何かに突き抜けている人のことだ。このような人材がこれからの時代の大きな価値創造の中心となる。
私は、このような考えを安宅さんからの問いとして受けとめた。
これまでの日本の学校教育が子ども達を育む上で大切にしてきたこと、自分が子どもたちに身に付けてほしいと思ってきたことは、本当に正しかったのか。また、安宅さんの示す未来を変える人材を、どのように育んでいけばよいのか。そのために自分には何ができるのかと、日々問いかけている。
これは、私の仕事だけではなく、きっとあなたの仕事にも言えることだと思う。自分ごととして考えることのできる言葉が、『シン・ニホン』の中には数多く出て来る。自分なりの問いとして考えられる言葉が見つかることも、この本の大きな魅力である。

未来へのバトンをつなげるために

安宅さんは『シン・ニホン』の最後を次のように締めくくっている。

「いつかどこかでお会いしたとき、こんなことを仕掛けています。そういうことを報告し合えたら素敵だナと思う。
『一日生きることは、一歩進むことでありたい。』湯川秀樹
さあ行動だ」

私も、安宅さんから投げかけられた問いについて、自分の所属するコミュニティや、自分の携わる仕事の中で、今こんなことを仕掛けています、と伝えられるようになりたい。
『シン・ニホン』に出会ったことは、安宅さんから未来へのバトンを受け取ったということだ。自分の家族や自分が関わる子ども達が、希望をもてる未来を創るために、安宅さんの底抜けの明るさに触発されながら一歩ずつ前に進み、未来へのバトンをつなげていきたい。