大塚さんが死んだ③~スピリチュアル・ユニティ

大塚さんと鎌田さんと3人でお酒を飲む夢を見た。

鎌田さんは、大塚さんよりも早く、2015年に42歳で癌で亡くなった先輩で、生前、3人で飲むこともよくあった。

今思えば、鎌田さんの通夜が、大塚さんと最後に会った夜になる。

はっと目が覚めて、夢の中の二人の身体がずっとゆらゆらと揺れていることを思い出した。

ああ、一緒に飲んでいたあの二人は、幽霊だったんだ。

と気づいた瞬間に、もう一度目が覚めた。そして、その日がお盆の入り口の夜であることを思い出した。

怖くはなかった。

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大塚さんは、もともと論理の人だった。議論は誰にも負けないくらいの自負があっただろう。

自分が大塚さんに議論をふっかけるようなことがあれば、いつもはるか上からの視点から、論理的に言い負かされた。

お酒の席での詭弁のような論理展開で笑わせる技術は、大塚さん以外、誰にも真似できないお家芸のようだった。


そんな大塚さんは、少しづつ、変わっていった。


ガリガリで色白で長身の大塚さんが、真っ黒に日焼けしてきて現れた日があった。

「いま日サロ行ってるんだよ。自分が絶対に今までしなかったことを、やってみてるんだ」

まるっきり似合わないその姿はギャグにしか見えず

「マジすか!なにやってんすか」
と、ゲラゲラ笑った。

大塚さんにとっては、笑いではなかった。
自分への疑いであり、問いかけであり、実験だった。

もちろん、わけがわからないんだけど。


大塚さんから「矢川、お前は論理ですべてが説明できると思ってるだろう」と言われたことがある。

たしかに、若かりし自分は、愚かゆえ、自分の好きな人間のほかは全員バカで、自分の論理でこの世のすべてが説明できる、くらいに世の中を舐めてた。まあ、若いって、そんなもんでしょう。

そう指摘されたことは、自分のなかに残った。そして「大塚さんは論理ですべてが説明できないと思ってるんだ」と、当たり前のことを思った。


大塚さんは、だんだん、「気」とか「魂」とか「縁」とか、そういう言葉をよく口にするようになっていった。

2人でお酒を買いに行って、大塚さんのマンションに戻る途中にある、武蔵野八幡宮によく寄らされた。

大塚さんは、俺がそんな類のことにまったく興味がないことはわかっていた。でもそんなことは構わず「通常は二泊二礼だが、伊勢神宮には八泊八礼というのがある」とかなんとか、参拝のレクチャーを語り、やらされたりしたものだ。

それはそれで、大塚さんの口から聞くと、すべて面白いんだけど。

大塚さんが、論理では説明のつかない、その先に行こうとしていたのは明らかだった。

本をめったに読まない大塚さんが勧めてくる本は、専門的なスピリチュアル本や、超能力の本になっていった。「ムー」的なオカルト本ではなく、学者や作家によって書かれたものだった。実際、読んでみると、人間の可能性を広げる専門家による新しい研究は、なるほど興味深い点も多々あった。


ある居酒屋の夜、「このハイボール薄いですね」と何の気なしに言うと、大塚さんが

「矢川、俺がいまから気を送って、濃くしてやる。目をつぶってろ」と言った。

目をつぶって、大塚さんが俺のグラスに手のひらを近づけて気を送るのを待った。

「・・どうだ?」
「いやー・・ちょっとわかんないかもしんないですね」
「そうか、まあそうかもしれんな」

だんだん、そんな風景が珍しくないくらいにはなっていった。


そのあとくらいだろうか、大塚さんは、よく「俺は変身する」と言うようになっていた。

「変身ってどういうことですか」
「文字通り、姿形も今とはまったく違う人間になるってことだ」
「じゃあ、俺はその人が変身した大塚さんってことはわかるんですか」
「もちろん、矢川も俺のことが誰だかわからなくなる。2年以内くらいには変身できるだろう」

冗談を言ってるようではなかった。

むしろ、なにか焦りを感じていたように見えた。30過ぎて何も仕事をしてないことの焦りではなかった。長年、この生活=修行を続けているのに、何も変化が起こっていないことに、焦っているようだった。

何もしてないのだから、何も起こるわけがない。


ある夜、いつものように大塚さんのマンションのインターホンを押して、待っていると、突然、視界がグラングランに揺れたことがあった。それは数秒間で収まった。

「地震ありました?」
「いや、気づかなかったよ」
「いや、確実に揺れましたよね」と言って、ネットで調べたが、どこにも地震のニュースはなかった。

「いや、すんごい揺れたんですよ」と言うと、大塚さんは
「なるほど‥現れたか‥」とつぶやいた。

大塚さんはその時期、自分から他人と関わるのを意図的に避けていた。しかし、他人のほうから来る場合はきちんと関わる、と決めていた。そのことになんの意味があるかは知らないが、大塚さんの修行の一環として、そういうルールを課していた。

そして「そんな自分と深い関係を続ける人間にも、なにか超常現象的なことが起こる」と考えていた。大塚さんにとって、それが来るべき修行の成果だった。

「なるほど‥現れたか‥」が、そういう意味であることは、すぐにわかった。

あの時の揺れが、単なる眩暈だったのか、なんだったのかは、もちろんわからない。ただ、たしかに、大塚さんのマンションのドアの前で、まるで結界に入るかのように、自分の視界が激しく揺れた。

少しだけ、わくわくしていた。大塚さん・・変身するんじゃないの・・?(それはウソ)


大塚さんはその後しばらくして、うつ病を患った。疎遠になってしまってからの話なので、詳しくは知らない。

長い間苦しんだようで、久しぶりに会った時は、薬の影響なのか、ひどい顔色で、動作が遅く、まともに会話もできないような状態だった。
とても心配だったけど、その後、医者を変えてよくなったと聞いていた。

そして、鎌田さんの通夜で最後に会ったときは、見違えるほど元気で、出会った頃の楽しい大塚さんに戻っていた。少なくとも、自分にはそう見えた。よかった。本当によかった。時間の空いた数年間を埋めるかのように、昔のように、大塚さんとたくさん話して、笑った。

お互いに、これが最後のお酒になることは知らずに。


あの頃の大塚さんが、うつ病につながる、なにか心の病気だったのかどうかは、わからない。

でも、あの頃のまともじゃない大塚さんも、そこも含めて面白かったし、魅力的だった。「まともがわからない」。この世自体を疑うということは、本質的な意味で、極めて大塚さん的だ。

でも、すべては解決したんだ。

結果的に大塚さんと疎遠になってしまったこと、うつ病に苦しんでいる大塚さんに何もできないことを、後ろめたいような気持ちでいる自分に、自分で気づいてはいた。

ああ、あの鎌田さんの通夜、元気な大塚さんと久しぶりにたくさん話して、たくさん笑ったことは、自分にとっても、なにか救いのような時間だったんだと、いま大塚さんが居なくなってしまって、思うのだ。

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もうひとつ、誰にも話してない話がある。

大塚さんの死を知った次の夜、つまりこの文章を書いた翌日の夜に、ふらっと、吉祥寺の美舟に飲みに行った。書いた通り、学生時代に大塚さんに初めて連れて来てもらった店だ。
帰りに、大塚さんのマンションに寄って、献花するつもりだった。

美舟のカウンターでは、幼馴染だという少し上世代の男女二人と、22歳の生意気な男子学生二人という、初対面の、まるで違う種類の人間たちで、それなりに盛り上がった。一人が「吉祥寺で飲むときはこのメンバーでまた飲もう!」と言い出して、連絡先を交換した。今夜、すべてのバーで起こっている風景だ。(その後、連絡はない。)


23時頃、美舟を出て、大塚さんのマンションに向かった。武蔵野八幡宮を超えて、次の大きな角を右。
10年ほど前とはいえ、何度来たかわからない道。間違えるわけがない。
わかりにくい小道でもない。マンションも大きく、すぐわかるはずだった。

大塚さんのマンションがなかった。

隣にあったコンビニもなかった。知らない風景が奥の方に続いていた。

念のため少し戻ってみて、間違ってないか確認した。
いや、この通り沿いのはずだ。

寒い2月の夜だった。凍えながら、道行く人に声をかけて聞いてみた。「この辺で少し前に火事になったマンション知りませんか」
3-4人に声をかけたが、火事のこと自体、誰も知らなかった。火事になったのは大塚さんの部屋だけだから、そんなに有名な話ではないのかもしれない。

ネットのニュース記事にマンションの住所が出ていたのを思い出して、検索した。
やっぱり、ここら辺で間違いない。記憶とも一致している。

タクシーを止めて「この住所に行きたいんですけど」と聞いた。

運転手さんはカーナビに住所を入力して

「この住所は・・ここですね。いま居る、ここです」と言った。

そう言われて、さすがに諦めた。


結局その夜は、よく大塚さんに連れてこられた、武蔵野八幡宮に献花して、帰った。なんとなく、それがいいような気がした。

きっと、酔っぱらっていて、なにかを間違えてたんだろう。
もう一度行ったら、きっと普通にマンションはあるだろう。

しかし、あの夜は、大塚さんの「魂」は武蔵野八幡宮に居たんじゃないだろうか。

「マンションじゃないよ矢川、こっちに来てくれよ」そう言ってたのかもしれない。

幽霊の大塚さんと飲む夢を見て、そんなことを思った。


その後まだ、なんとなく、あのマンションには行かないでいる。

夏が終わったら、そろそろ確認しに行こうかな。

(気が向いたらつづく)


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