24/04/22 【感想】Mine! 私たちを支配する「所有」のルール

マイケル・ヘラー&ジェームズ・ザルツマン『Mine! 私たちを支配する「所有」のルール』を読みました。

本書は「所有」の概念についての本です。特に近年、「実物を店で直接購入する」以外の形で「所有」することがとても多くなりました。

本文中では最初に飛行機の座席が例として挙げられています。「ニー・ディフェンダー」という道具があるのだそうで、これを自分の座席の前のテーブルにセットすると、前の人が座席をリクライニングすることができなくなるんだとか。果たしてこれが許されるのかどうか?
自分の座席の前の空間(前の座席が倒される前のデフォルトの空間)まで座席を買った人が所有しているのだとしたら、ニー・ディフェンダーで前の座席のリクライニングをブロックする権利があることになります。
座席をリクライニングする権利まで含めて座席を買った人が所有しているのだとしたら、ニー・ディフェンダーによるブロックは認められないことになります。

こんなふうに、所有権がどこにあるのかわからない、目に見えないものがたくさんあります。そしてそれらが法律ではどのように定められているのか、ビジネスでどのようにやりとりされているのか、という話が本書では繰り広げられます。
先程のリクライニングの例だと、実態は航空会社はどちらか片方だけを認めることをしていません。なぜ明確にルールを決めないのか。それは、これをはっきりさせないことで「後ろの席の客には座席の前の空間を売り、前の席の客にはリクライニングの権利を売る」という「二度売り」ができるからだと。

さて、所有を考えると「早いもの勝ち」であるとか「種を撒いた者に収穫の権利がある」とか「アイデアは考えた人のもの」とか、直感的にしっくりくるパターンがあることがわかります(本書では「幼児の所有権ルール」と呼ばれています)。
しかし法律や判例(筆者はともに法学教授です)、ビジネスを見ていくと、実態はその直感に反することが多い。特にこの本はアメリカで書かれているのですが、「こんなものをビジネスにするのか」「こんなことまで裁判を起こすのか」とアメリカを感じます。

そして本書の特に面白かったところは、「直感的な『所有』」に重ねて「実際の『所有』」を見せるだけでなく、「あるべき『所有』の仕組み」を考えるところまで読者を導いてくれたところです。
例えば特許を所有し第三者の利用に対して権利を主張できるようにすることは当然で素晴らしいことのように思えますが、その結果製薬会社は既存の発明を数多積み重ねて画期的なアルツハイマー治療薬を開発しても数多の特許の支払いが割に合わないと考えて自社の薬をマイナーチェンジするようになってしまったりもします。このように権利を守った結果として逆にイノベーションが阻害されてしまうこともある。所有の仕組みをうまく設定してあげないと、このような所有権の渋滞グリッドロックを生んでしまうこともある、と。(ただ他の例も読んでいると、筆者は結構過激なコピーレフト論者で例の選び方には恣意性があるように思えました)

しかし本書には所有の仕組みをうまく設定することで社会全体がより良い方に向かうように人々を誘導する、いわゆるメカニズムデザインがうまくいった例も出てきます。「共有地の悲劇」と呼ばれる問題に対して、所有権を設定することで市場原理を働かせることが対策になる…ということは理論としては知っていたのですが、その実例を知れたのはとても興味深かったです。

ネットを見ているとKindleで買ったはずの本が一方的に見られなくされたり絵柄の権利が議論の的になったり、「所有」の概念に関する問題を多く目にします。本能的に持っている概念だけに直感的に考えることもできてしまうテーマではあるのですが、本書のように「実際」と「考え方」をかじっておくことには少なからず意味があると思いました。単純に読み物としても面白くて、良い本でしたね!