24/08/12 【感想】8つの完璧な殺人

だから、その記事は完璧なものにしたかった。文章のみならず、リストそのものもだ。選ばれる作品のなかには、有名作とあまり知られていないものが混在していなくてはならない。ミステリー黄金時代の作品も入れるべきだが、現代の小説も入れなくてはならない。

ピーター・スワンソン『8つの完璧な殺人』創元推理文庫

ピーター・スワンソン『8つの完璧な殺人』を読みました。このミステリ小説…抜群に面白い!

主人公はミステリ専門書店の経営者で、子供の頃からミステリ好きだったことを活かして店のブログに「8つの完璧な殺人」のリストを書きます。これは古今のミステリ作品から主人公が選抜したリストなのですが、選択基準は単に優れたミステリ小説であることではなく「優れた殺人」であること…つまり犯人特定や立件が困難であることを基準にしたものです。

具体的には、

  • 『赤い館の秘密』A. A. ミルン

  • 『殺意』フランシス・アイルズ(アントニイ・バークリー)

  • 『ABC殺人事件』アガサ・クリスティー

  • 『殺人保険』ジェイムズ・M・ケイン

  • 『見知らぬ乗客』パトリシア・ハイスミス

  • 『溺殺者』ジョン・D・マクドナルド(邦訳なし)

  • 『死の罠』アイラ・レヴィン(戯曲、邦訳なし)

  • 『シークレット・ヒストリー』ドナ・タート(別邦題『黙約』)

の8作。
なお本書はこの8作について真相部分までネタを割っていることに注意が必要です(あとクリスティーの『アクロイド殺し』についても決定的な言及があります)。

さて、そんな主人公のところへFBI捜査官が訪ねてきます。曰く、このリストにある作品の手口を真似たと思われる殺人事件が続いている、と。そして彼は捜査への協力を求められ、この奇妙な事件に踏み入っていくことになるのです。

本書の魅力はまずなんといってもそのミステリ愛。
冒頭に引用したくだりは主人公が「8つの完璧な殺人」のリストを作るときのものですが、一度でも「人に見せるリスト」を作ろうとしたことのある趣味人なら大いに共感できるのではないでしょうか!

FBI捜査官に問題の推理小説を貸し、読み終えた彼女とその作品の話をするとき。自分自身でも作品を読み返しながら、その作品を初読した時のことが思い出されるとき。読書という趣味がただ本を読むだけでなく人間と結びついていく感じがたまりません。書店のチャラいバイト店員に対する人物評が彼の読書態度によって上書きされてそうなところとかも読んでて楽しいったら。

そしてなんといっても「ミステリ作品の手口を真似た連続殺人をミステリマニアがFBI捜査官と協力して追う」というミステリマニアが寝る前にする妄想みたいなことを本気でやっているのが最高。そしてその妄想が、主人公にとって現実となってのしかかってくることも。

…というのが本書の魅力の前半。本書を巻措く能わざるめちゃくちゃ面白い読み物にしているのは3頭立てで物語を引っ張る抜群の馬力なのですが、これについては下のネタバレ感想で。


(ここからネタバレ)


本書の抜群のリーダビリティーに接し、思い出したのが去年読んだ『ハサミ男』のこと。

『ハサミ男』は「美少女を殺害してハサミを突き立てるという手口の連続殺人犯が次のターゲットを狙っていたところ、目の前でそのターゲットを殺され、しかもその手口は『ハサミ男』のそれそのものであった」という最高に魅力的な出だしから、ハサミ男自身が自身の模倣犯を探すというキレッキレのプロットがめちゃくちゃ面白い作品でした。

『ハサミ男』は「犯人は誰なのか」という興味以外に、主人公のハサミ男自身も連続殺人犯ではあるため警察にバレてはいけないという倒叙モノのハラハラも同時進行していることで面白さが2倍になっていました。

『8つの完璧な殺人』全編の面白さの「濃さ」にも同じことが言えると思います。
リストを模倣している殺人犯は誰なのかという興味に加えて、主人公自身も過去に殺人を犯しているということが早々に読者へ共有されるためそれがバレないかというハラハラもついてくる。更に中盤以降は姿の見えない殺人者が明らかに主人公の方へ「寄ってきている」ことが感じられ、もっと手に汗を握らせます。もっと言うと明らかに何かが隠されてそうな主人公の過去も気になるし…もうほんっとに読者の興味を惹くのがうまい!!

本書は「興味」の濃度が段違いに濃い、とにかく面白い本でした。良い読書だった!