24/11/16 【感想】本格ミステリの構造解析 奇想と叙述と推理の迷宮

飯城勇三『本格ミステリの構造解析 奇想と叙述と推理の迷宮』を読みました。
本作は本格ミステリを本格ミステリたらしめるもの、また本格ミステリを本格ミステリとして考察する際に軸となる要素を「奇想」「叙述」「推理」の三つに分解して論じています。
奇想はいわゆるトリックや仕掛けの部分。かつてはミステリからこの部分だけを取り出して論じられたこともありましたが、それだけでは取りこぼしてしまうものがある、というのはすでに言われているところ。本書はそこに「叙述」「推理」の柱を加えることで本格ミステリの構成要素を取りこぼしなく掬わんとするものです。

これはいわば本格ミステリの歴史を振り返りながら、「本格ミステリの技術」とでも言うべきものを言語化する試みでもあり、「奇想」「叙述」「推理」それぞれの分野において革新をもたらした発明やミステリ作家たちが直面した問題、それに対する突破策を実作をベースに語っています。
読み口は将棋の戦法進化を紹介した傑作『最新戦法の話』(勝又清和)なんかに近い感じで、実に好み。

例えばトリックであれば「思いつけるトリックには限りがあるので生み出せるミステリには限りがある」という問題が叫ばれたことがありました。どんどんトリックの先例が増え、目の肥えた読者が過去に「読んだ作品と同じトリックじゃん」とガッカリされてしまう可能性が増えていくのではないか。
この問題に対して密室の巨匠J・D・カーは「先例の検索を失敗させる」手法を編み出した、というふうに本書では彼の技術を評価しています。

 
特に面白かったのが「推理」の要素を扱った第三部。
この要素を評価するのは本格ミステリ論特有で、本作の本領ともいえる部分でしょう。

第十五章はエラリー・クイーンが「本格ミステリを対人ゲームに変えた」、『ギリシャ棺の秘密』を詳しく見ています。僕も以前読んだもののややこしすぎて全然覚えていなかったこの作品をターン制の攻防として整理された状態で読むと改めてとんでもないことをやっていると実感できて興奮することしきり。

第十六章は推理における「手がかり」と「伏線」の区別を論じたもの。

〈手がかり〉は推理をすれば解釈が一つに定まるもの、〈伏線〉は定まらないもの

飯城勇三『本格ミステリの構造解析 奇想と叙述と推理の迷宮』南雲堂

という定義を書いていますが、後で「探偵役が推理で特定できない部分を伏線の回収で補って推理を強化する」とも書いていますし、「真相の特定に使われるのが手がかり、真相の説明をもっともらしくするのに使われるのが伏線」くらいで僕は捉えています。

手がかりと伏線ってちゃんと意識しながら読み解いたことがなかったんですが、ここを区別することにはかなり意味がありそうだと思いましたね。
直近で読んだ『モルグ館の客人』の推理で僕は気持ちよくなれなかったのですが、これはモロに伏線タイプの作品だったのだなあと腹落ちしました。

そして十七章「21世紀の推理――今世紀の作品を例に」では21世紀に生み出された発明を並べています。この章が一番『最新戦法の話』かも。それらの試みには成功したものも十分には機能しなかったものもあるのですが、それまでのパートで本格ミステリにおける問題と試行錯誤の歴史を読んできているとこれらの試みの言語化が実に気持ちいい。また21世紀の作品が多いので読んだことのあるタイトルも多く、ウンウン頷きながら読んでいました。


ミステリを読む楽しみのひとつとして作者の技巧を味わうというのは間違いなくあると思っています。本書は「技巧を楽しむための解説書」として読んで良かったと思える一冊でした。
本格ミステリの真相に肉薄する部分を扱う以上、特定タイトルのネタバレは避けては通れないのですが、ネタバレがある場合には必ず予告されているので安心です。(僕も結構スキップしながら読みました)