24/04/30 【感想】冬期限定ボンボンショコラ事件

米澤穂信『冬期限定ボンボンショコラ事件』を読みました。

いやあ、本当に冬期が出るとは。『春期』が出たのは2004年、長い高校生活でしたね…。20年経ったからこそ書ける、滋味深い完結編になっていたと思います。うわ完結、完結かあ。本当に小市民シリーズが完結したんだなあ。

読み始めてまず感じたのが、紙幅を気にしないとこんな書き方になるんだ、ということ。小市民シリーズは最近短編ばかり出ていたので、じっくりと書き込まれる描写がずっと読んでいて楽しい。
本作は小鳩くんが轢き逃げに遭うという衝撃的な展開で始まるのですが、その後の治療と入院の描写が細かく書かれていて、読んでいるだけでやけに面白いんですよ。

そしてベッドの上で寝返りすら打てない小鳩くんは中学時代に遭遇した事件を回想しはじめます。それは彼と小佐内さんが出会った「最初の事件」。
病院のベッドで過去の事件といえばそう、『時の娘』スタイル! この始祖に連なる系譜では病院のベッドが定番になっているのですが、言ってしまえば安楽椅子なら別にどこだっていいわけです。でもなんでみんなやたら病床なのか、わかったような気がしました。めちゃくちゃ面白いからなんだ!
本書のほとんどは病院で過ごす現在の時間と中学時代の回想を行ったり来たりしながらゆっくりと進むのですが、特別大きなことが起きていないときでもずっと面白い。推理小説を読むことの楽しさがずっとあります。

しかし本書は同時にシリーズ完結編でもあります。
真相、そして完結についてはあらすじの下のネタバレ感想で。

小市民を志す小鳩君はある日轢き逃げに遭い、病院に搬送された。目を覚ました彼は、朦朧としながら自分が右足の骨を折っていることを聞かされる。翌日、手術後に警察の聴取を受け、昏々と眠る小鳩君の枕元には、同じく小市民を志す小佐内さんからの「犯人をゆるさない」というメッセージが残されていた。小佐内さんは、どうやら犯人捜しをしているらしい……。冬の巻ついに刊行。

冬期限定ボンボンショコラ事件 - 米澤穂信|東京創元社

ここからネタバレ


良かったですね…。

僕はずっと小市民シリーズは"ファム・ファタールもの"だと思っていて、もちろんそのファム・ファタールとは小佐内さんのことなんですが、「小佐内さんにとって小鳩くんとは」が伺える最終巻でしたね。
(あと回想の中でやたら小佐内さんが小鳩くんを評価するシーンが植えられてましたね)

小鳩くんと小佐内さんといえば「小市民を目指す互恵関係」ですが、互恵関係の成立と小市民を目指すのにはタイムラグがあったんですね。最初は非小市民的なことをやるための互恵関係だったとは。

真相はぶっちゃけて言ってしまうと特別面白い!というものではありませんでした。「実は小鳩くんの担ぎ込まれた病院は偶然看護師になった日坂くんのお姉さんが勤務していて小鳩くんの担当看護師になって毎晩睡眠薬を飲ませていたんだよ!」は素で言われたら「な、なんだってー!」としかリアクションできない気がする。
ただ良い推理小説だったかと問われたら、迷わず首肯できます。

作中でも「すごく単純なものだった」と言われている3年前の真相が事件の終わった終章で語られるのがとても良いんですね。
この真相は単純で、大したことのないものでなければいけなかったのだと思います。名探偵の推理や名犯人の操りを経てきたこのシリーズにあって、最初にして最後の謎に、実に小市民的な真相が訪れる。『虚無への供物』ふうに言えば、凶鳥が嗤って飛び去っていったようなものでしょう。そして、"小市民は空を飛ばない"。

そして「わたしはね、いまだと思う」のくだり、最高に良かったですね。

――ただ、以上をもって本シリーズが「小市民END」を迎えたかというとそうではないと思っていて。
小佐内さんの「来年小鳩くんが来るまでの間に、京都に迷路を作ってあげる」というセリフって究極のラブコールだと思うんですね。

そもそも日常の世界には名探偵も名犯人も求められてはおらず居場所はないと悟り、小市民になって日常の世界に居場所を得ようというところからはじまった本シリーズであり二人の関係なわけです。
しかし、名探偵が求められ居場所のある世界があります。それは名犯人のいる世界です。そして逆もまた然り。
そう考えると、「迷路を作って待っている」というのは「日常の世界でなく、名探偵と名犯人の世界にふたりで行こう」という運命的な告白に感じられるんです。

小佐内さんは『秋期』でいつか巡り合う白馬の王子様と比して小鳩くんを表した「次善」という表現を今回再び言うのですが、これは「小市民になって日常の世界に居場所を得ること」を最善として「名探偵のいる世界で名犯人として生きる」というプランBのことも含んでいるのではないでしょうか。

本作の刊行に添えて、米澤穂信は以下のようにポストしています。

かれらの行く先に幸と謎の多からんことを!

20年間付き合ってきたファンとしては、やっぱりふたりの行く先の幸と謎はセットなんだな、と嬉しく思わずにはいられないのです。